表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/74

配信の向こう側で泣いた声

――画面が落ちた瞬間、世界から“俺”が切り離された気がした。


 真っ暗だ。


 音も、光もない。


 だが――声だけが、ある。


『来い』

『残れ』

『代われ』


 耳の奥に直接流れ込んでくる。


 逃げ場がない。


「……っ、うるさい」


 声を出したつもりだった。


 だが、返ってきたのは自分の声じゃない。


「――うるさい、はこっちの台詞だ」


 背後。


 振り向く。


 そこにいたのは――俺だった。


 いや、違う。


 顔がズレている。


 目の位置がおかしい。


 口が二つある。


 その“俺”が、笑っている。


「ようやく“混ざる気”になったか?」


「……誰だよ、お前」


「誰って……お前が拾ってきた“俺たち”だよ」


 ゾッとする。


 背後にも、横にも、同じような“俺”がいる。


 全部、少しずつ違う。


 声も、仕草も、表情も。


 だが共通しているのは――


 全部、“俺の中にいたやつら”だということ。


 残留思念。


 これまで使ってきた死者たち。


 その“残りカス”。


「……使い捨てたと思ってたか?」


 一体が、俺の肩に手を置く。


 冷たい。


 生きていない温度。


「お前、借りてたんだよ。ずっと」


「……違う。俺は利用しただけだ」


「同じだろ」


 笑い声が重なる。


 不協和音。


 耳が裂けそうになる。


「情報をもらって、踏み台にして、安全に進んで、金稼いで……配信で英雄ごっこ」


「でもさ」


 一体が、顔を近づけてきた。


「“代償”払ってないと思ってた?」


 その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。


 記憶が流れ込んでくる。


 知らない景色。


 知らない死に方。


 焼ける痛み。


 落ちる恐怖。


 裏切られた絶望。


「っ……あああああ!!」


 叫ぶ。


 だが止まらない。


 全部が俺の中に流れ込む。


 視界が崩壊する。


 自分が誰か分からなくなる。


「いいねぇ、その顔」


「やっと“同じ側”に来た」


「もう戻れないぞ」


 笑い声。


 無数。


 そして――


 その中で、一つだけ違う声があった。


「……まだだ」


 低い。


 静かな声。


 今までとは違う。


「そいつに、全部預けるな」


 俺は反射的に振り向く。


 そこにいたのは――


 顔が崩れていない“人”だった。


 傷だらけ。


 だが、意思がある。


「お前……」


「覚えてないか。最後に使っただろ」


 ――あの時のやつだ。


 深層で死んだ探索者。


 最後に聞いた声。


 だが――本来、もう聞こえないはず。


「なんで……」


「例外だ。お前、使いすぎた」


 そいつは苦笑する。


「境界が曖昧になってる」


 周囲の“俺たち”がざわつく。


「裏切り者」

「そいつは消せ」

「混ざれ」


「黙れ」


 低く言い放つ。


 一瞬だけ、空気が静まる。


 その隙に、そいつが俺の胸ぐらを掴んだ。


「いいか、聞け」


「今のお前は、“選ばれてる”んじゃない」


「“食われてる”」


 心臓が跳ねる。


「残留思念は情報じゃない。人格だ」


「使えば使うほど、お前の中に“居座る”」


「そして――一定を超えたら」


「“乗っ取る”」


「……っ」


 理解してしまう。


 さっきの違和感。


 判断が勝手に動いた理由。


 あれは――


 もう“俺じゃなかった”。


「じゃあ……どうすればいい」


「簡単だ」


 そいつは言う。


「捨てろ」


「全部?」


「全部だ」


 無理だ。


 それを捨てたら、俺は――


 何も分からない。


 進めない。


 稼げない。


 落ちる。


 終わる。


「……できるわけねぇだろ」


 笑う。


 乾いた声。


「ここまで来て、今さら善人ぶれってか?」


「違う」


 そいつは首を振る。


「生きるか、残るかだ」


 沈黙。


 重い。


 そのとき――


 視界が一気に開けた。


 光。


 ノイズ。


 配信が、復帰する。


コメント:

「うわ復活した!!」

「生きてる!?」

「顔やばすぎ」

「さっき何が起きた」

「怖すぎるんだけど」

「これ放送事故だろ」


 俺は、カメラを見た。


 映っている。


 自分の顔。


 だが――


 口元が、勝手に笑っていた。


「……続き、やるか」


 俺の声。


 なのに、少しだけ違う。


コメント:

「今の声誰?」

「お前じゃないだろそれ」

「マジで怖い」

「やめろって」

「配信切れ!!」


 手が動く。


 意思と関係なく。


 ダンジョンの奥へ。


「止まれ……」


 頭の中で、さっきの“まともなやつ”が叫ぶ。


「そっち行ったら終わる!」


 だが、身体は止まらない。


 むしろ、加速する。


 笑い声が重なる。


『行け』

『進め』

『残れ』


 俺は――


 もう半分、“そっち側”にいる。


 そして、通路の先。


 完全な闇。


 その中に、“椅子”があった。


 石でできた、古びた椅子。


 誰も座っていない。


 なのに――


 分かる。


 あれは“席”だ。


 “残る者”の。


コメント:

「なんだあれ」

「ボス部屋?」

「いや雰囲気おかしい」

「座るなよ絶対」

「やめろ」


 足が止まる。


 ほんの一瞬だけ、俺の意思が戻る。


「……座ったら、どうなる」


 誰に聞いたのか分からない。


 だが答えは来た。


『完成する』


 背筋が凍る。


 完成。


 つまり――


 “俺じゃなくなる”。


「……っ」


 手が震える。


 だが同時に、甘い誘惑がある。


 ここに座れば。


 すべての思念が統合される。


 完全な“攻略者”になる。


 ミスはなくなる。


 死なない。


 稼げる。


 最強。


「……悪くないな」


 口が勝手にそう言った。


コメント:

「やめろおおおお」

「それ絶対ダメなやつ」

「戻ってこい!!」

「お前じゃなくなるぞ」

「頼むやめて」


 うるさい。


 全部。


 外も、中も。


 だが――


 最後に、あの声がもう一度。


「……まだ、選べる」


 静かな声。


「“お前として生きるか”、それとも――」


 言葉が途切れる。


 俺は、椅子の前に立った。


 手を伸ばす。


 触れる寸前。


 そのとき――


 椅子に“誰かが座っていた”。


 いつの間にか。


 俺にそっくりな“何か”が。


 ゆっくりと顔を上げる。


 そして、笑った。


「遅かったな」


 心臓が止まる。


 そいつは言った。


「席は、もう埋まってる」


 ――その瞬間、俺の身体が“外側から”動かされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ