それを教えたのは誰だ
――違和感は、いつも“正解の顔”をしてやってくる。
俺の足は、迷いなく進んでいた。
右でも左でもない。
さっき“踏み出したはずの方向”のまま、気づけば別の通路に出ている。
「……は?」
足を止める。
振り返る。
来たはずの道が、ない。
いや――
「最初から、なかった……?」
壁は滑らかだ。
崩落の痕も、分岐も、痕跡すらない。
なのに俺は確かに“選んだ”。
どちらかを。
「……おい」
喉が乾く。
頭の奥で、声が重なる。
「こっちで合ってるよ」
「違う、戻れ」
「そのまま進め」
「振り返るな」
四方八方から囁きが降る。
数が増えている。
明らかに。
「……増えすぎだろ」
俺はこめかみを押さえる。
【残留思念】の使用回数は、制御していたはずだ。
同じ死者は使えない。
だから一回ごとの“価値”は重い。
なのに――
「なんでこんなに……」
答えは出ない。
だが一つだけ確かなことがある。
“勝手に流れ込んできている”。
俺が使っていないのに。
配信は続いている。
――コメント:
「今の移動なに?」
「ワープした?」
「地形バグってね?」
「いや演出だろ」
「でも本人も困ってるぞ」
俺はカメラを見た。
「……今の、どう見えた?」
――コメント:
「普通に歩いてただけ」
「何もおかしくない」
「お前が止まっただけ」
「幻覚じゃね?」
食い違い。
完全に。
「……マジかよ」
笑うしかない。
俺の見ている世界と、配信の世界がズレている。
どっちが“正しい”?
「決まってる」
俺は小さく呟く。
「生きてる方だ」
そうだ。
俺が今ここに立っている。
それが現実だ。
だから――
「進む」
足を踏み出す。
その瞬間。
足首に、何かが触れた。
「っ!?」
反射で飛び退く。
見る。
何もない。
だが――
「……いる」
確信だけがある。
見えない“何か”が、足元にいる。
――コメント:
「今なに?」
「ビビりすぎw」
「いや反応ガチだろ」
「演技にしてはリアル」
「なんかいる?」
俺はゆっくりとしゃがむ。
床に手を伸ばす。
冷たい。
石の感触。
だが、その奥に――
“別の温度”。
人肌。
「……触ってる」
指先が、誰かの手に触れている。
見えないのに。
確かに、そこに“いる”。
「離せ」
呟く。
その瞬間。
ぐい、と引かれた。
「っ!?」
身体が前に引っ張られる。
床に倒れ込む寸前で、腕を突く。
滑る。
そのまま――
“落ちた”。
視界が反転する。
暗闇。
落下。
「……はは」
笑いが漏れる。
「これ、配信的には神展開だろ」
――コメント:
「落ちたああああ」
「は!?穴あった?」
「見えてなかったぞ!」
「どうなってんだよ」
「これガチで死ぬやつ」
風が唸る。
だが数秒後、衝撃は来なかった。
代わりに――
“止まった”。
ふわり、と。
「……は?」
宙に浮いている。
いや、違う。
“支えられている”。
見えない手に。
「……おい」
声が震える。
そのとき。
耳元で囁き。
「助けたよ」
優しい声。
あの声だ。
「……なんで」
「だって君、まだ使えるでしょ?」
ぞくりとする。
背中に冷たいものが走る。
「……俺を、利用してるのか」
問いかける。
返事はない。
代わりに、身体がゆっくりと地面に下ろされた。
そこは――
広間だった。
円形。
中央に、巨大な石像。
そして――
無数の“跡”。
引きずられた痕。
血の染み。
焼け焦げ。
「……ここが」
直感する。
「死に場、か」
――コメント:
「ボス部屋?」
「雰囲気やば」
「これ絶対強い」
「でもまたノーダメで勝つんだろ?」
「さすがに無理じゃね?」
俺は立ち上がる。
視線を石像に向ける。
その瞬間。
“全員”が喋った。
「そこだ」
「違う、後ろ」
「上を見ろ」
「逃げろ」
「進め」
情報が爆発する。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「……うるせえ!!」
叫ぶ。
静寂。
一瞬だけ。
その隙に、俺は見る。
石像の“影”。
動いた。
「そこか」
踏み込む。
ナイフを抜く。
影に向かって突き刺す。
手応え。
硬い。
だが――
「当たってる」
――コメント:
「え!?見えてんの?」
「なんでそこ?」
「チートすぎる」
「いや今のは勘じゃない」
影が裂ける。
黒い液体が飛び散る。
その瞬間。
頭に“声”が流れ込む。
「そこは違う」
冷たい声。
知らない。
今まで聞いたことがない。
「そいつは――“本体じゃない”」
「……は?」
思考が止まる。
ナイフを引く。
その瞬間。
背後。
殺気。
「っ!」
振り向く。
そこにいたのは――
“俺”。
さっき記憶で見た、あの顔。
笑っている。
「遅いな」
そいつが言う。
「その情報、もう古いぞ」
世界が歪む。
コメント欄が爆発する。
――コメント:
「は!?!?!?」
「分身!?」
「いや人じゃね?」
「顔同じじゃね!?」
「これヤバすぎる」
俺は一歩下がる。
「……誰だ、お前」
そいつは肩をすくめる。
「簡単だろ」
笑う。
「“お前を教えたやつ”だよ」
血の気が引く。
「……なんだ、それ」
そいつは一歩近づく。
距離が詰まる。
逃げ場がない。
「お前、思ったことないか?」
「なんでそんなに“都合よく情報が揃う”のか」
言葉が刺さる。
「なんで“外れない”のか」
呼吸が乱れる。
「なんで“死者がそこまで親切”なのか」
俺は、何も言えない。
そいつは笑う。
ゆっくりと。
「答えは簡単だ」
耳元で囁く。
「全部、“仕込まれてた”からだよ」
その瞬間。
視界が真っ黒に染まった。
そして――
無数の“俺”の声が重なった。
「ようやく気づいたな」




