それは誰の声だ
その声は、俺の中で“順番を無視して”喋り始めた。
——違う、それは開けるな。
足を止める。
目の前には、崩れかけた石扉。深層第五区画。誰もまだ配信で到達していない未踏エリア。だからこそ、ここまで来た俺の配信は今、異様なほど伸びている。
だが。
「……今の、誰だ」
俺は思わず口に出した。
今まで聞こえていた“死者の声”とは、明らかに違う。
順番があるはずだった。
死体に触れる。
思念を拾う。
最後の記憶を“再生”する。
それが【残留思念】だ。
なのに今のは——
触れていない。
何も、拾っていない。
なのに、聞こえた。
それも、“未来を止める声”。
背筋に、冷たいものが這う。
「……いや、関係ない」
俺は小さく息を吐いた。
ここまで来たんだ。躊躇う理由はない。
この扉の先に、ボスがいる。
そして——
その攻略情報は、もう“聞いている”。
さっき、通路で見つけた探索者の遺体。
首が捻じ切れたまま、壁に寄りかかっていた男。
あいつの最後の声は、はっきりしていた。
——扉を開けた瞬間、右に飛べ。
——左は、死ぬ。
——中央も、遅れる。
——右だけが、生きる。
完璧な情報だ。
だから、迷う理由はない。
なのに。
さっきの“別の声”が、頭から離れない。
——違う、それは開けるな。
誰だよ。
お前。
「……開ける」
俺は配信カメラに向かって笑った。
「ここが、最深部の入口っぽい。いくぞ」
コメント欄が、一気に流れる。
コメント:
「きたああああああ」
「未踏じゃね?」
「これガチ初?」
「やばすぎるだろ」
「なんでそんな冷静なんだよ」
「また“聞いた”のか?」
俺は答えない。
答えられない。
答えたくない。
だって、これは——
“利用”してるだけだ。
死んだ奴らの情報を。
それで、俺はここまで来た。
正しいかどうかなんて、どうでもいい。
結果がすべてだ。
「——いくぞ」
石扉に手をかける。
その瞬間。
また、声がした。
——開けるな。
今度は、はっきりと。
さっきより近く。
耳元で囁くように。
「……うるせぇな」
俺は無視した。
そして——開けた。
◆
開いた瞬間、俺は右に跳んだ。
反射じゃない。
“知っていた”からだ。
次の瞬間、床が爆ぜる。
中央が陥没。
左側には無数の槍。
そして——
俺がいた右側だけが、何も起きない。
「……正解」
俺は着地しながら呟いた。
やっぱり、あいつの情報は正しかった。
死体の声は、嘘をつかなかった。
コメント欄が爆発する。
コメント:
「なんでわかるんだよ!!」
「今の初見で避けれるわけないだろ」
「チートすぎ」
「いやマジでおかしい」
「運じゃね?」
「いや毎回それ言ってる奴いるけど無理だろ」
笑いそうになる。
そうだよな。
普通は、無理だ。
でも俺は普通じゃない。
死者の“最後”を知ってる。
だから、生き残れる。
それだけだ。
「トラップはこれで終わりだな」
俺は奥を見た。
広い空間。
中央に、黒い塊。
ゆっくりと動いている。
ボスだ。
間違いない。
そして、その攻略も——
聞いている。
あの遺体は、ここまで来ていた。
そして、死んだ。
その理由も、俺は知っている。
「……正面から行くな」
俺は呟いた。
——背後だ。
——あいつは、正面が囮だ。
——本体は、影の中。
記憶が蘇る。
死ぬ直前の視界。
恐怖。
絶望。
そして、理解。
「影……か」
ボスを見る。
確かに、違和感がある。
影が、濃すぎる。
動きが遅い。
まるで、“別物”。
「じゃあ——」
俺はナイフを構えた。
影に向かって投げる。
その瞬間。
影が、蠢いた。
そして——
裂けた。
「当たり」
ボスが、初めて“声”を上げた。
◆
配信の視聴者数が、さらに跳ね上がる。
コメント:
「影に攻撃!?」
「いや意味わからん」
「なんでわかる?」
「まただよこいつ」
「絶対なんかあるだろ」
「裏で情報もらってる?」
「いやそれでも無理だろ」
ざわめきが、熱に変わる。
疑念と興奮が混ざる。
これだ。
これが“バズ”だ。
「簡単だろ」
俺は軽く言う。
「ちゃんと見れば、違和感ある」
嘘だ。
見ただけじゃ分からない。
“聞いた”から分かる。
でも、それは言わない。
言ったら終わる。
倫理だの何だの、面倒な話になる。
コメント欄も荒れる。
スポンサーも離れる。
だから——
黙る。
「次で終わりだ」
俺は影に近づく。
だが、その時。
また、声がした。
——違う。
足が止まる。
——それは、本体じゃない。
「……は?」
思わず声が漏れる。
今のは——
さっきの“順番を無視した声”。
しかも、内容が違う。
さっきの死者は、“影が本体”と言っていた。
なのに、今の声は——
それを否定している。
「……どっちだよ」
喉が乾く。
頭がざわつく。
複数の声が、重なり始める。
——影を壊せ。
——違う、影は罠だ。
——正面を見ろ。
——いや、後ろだ。
——逃げろ。
——殺せ。
「……うるせぇ!!」
思わず叫んだ。
コメント欄がざわつく。
コメント:
「急にどうした?」
「今の誰に言った?」
「怖いんだけど」
「幻聴?」
「やばくね?」
呼吸が荒い。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
これまで、こんなことはなかった。
一体の死者。
一つの情報。
それがルールだった。
なのに今は——
複数いる。
混ざっている。
順番がない。
「……どれが、本当だ」
目の前の影が、揺れる。
まるで笑っているみたいに。
その瞬間。
理解した。
「……そういうことか」
背筋が凍る。
これは——
“ボスの能力”だ。
死者の記憶を、混ぜる。
歪める。
嘘を混ぜる。
だから、あいつは死んだ。
正しい情報を持っていたのに、最後に“間違えた”。
——騙されたんだ。
「……クソが」
笑いが漏れる。
最悪だ。
俺の最大の武器が、ここで“壊されてる”。
コメント欄が加速する。
コメント:
「なんか気づいた?」
「顔やばいぞ」
「これ初めてじゃね?迷ってるの」
「終わるか?」
「いやでもこいつなら……」
期待と不安。
その全部が、俺に向いている。
いいね。
最高だ。
「……なら」
俺はナイフを構えた。
「全部、潰す」
声を、無視する。
情報を、切り捨てる。
自分で、選ぶ。
その瞬間。
頭の奥で、何かが“割れた”。
——やっと、こっちを見たね。
知らない声。
優しい声。
でも、冷たい。
「……誰だよ、お前」
返事はない。
ただ——
影が、ゆっくりと“こちらを向いた”。
目が、あった気がした。
次の瞬間。
コメント欄が、凍りつく。
コメント:
「今……」
「影、笑った?」
「やばい」
「逃げろ」
「これ無理だろ」
俺は、気づいた。
このボス。
“俺の声”を使ってる。
さっきの囁き。
あれは——
俺自身の声だった。
「……は?」
理解が追いつかない。
でも、確信がある。
あの声は、俺だ。
未来の、俺。
あるいは——
もう壊れた、俺。
影が、口を開いた。
俺と同じ声で、言った。
——お前、もう戻れないよ。
その瞬間、俺の視界が暗転した。




