お前は誰だ
画面の中の“俺”が、笑っている。
乾いた笑みだった。
だが、その奥にあるのは――確信だ。
「――見てるぞ」
同じ声。
同じ抑揚。
同じ癖。
なのに。
決定的に違う。
温度が、ない。
「……ふざけるな」
俺は低く吐き捨てた。
指先が震える。
怒りか、恐怖か、自分でも分からない。
コメント:
「これ演出?」
「いやガチで別配信っぽい」
「声一致してるのやばすぎ」
「合成じゃね?」
「いやリアルタイムだぞこれ」
『信号解析……一致率98.7%……音声パターン、同一人物と判定』
「は?」
AIの無慈悲な判定。
同一人物。
つまり。
“あれは俺だ”と、システムが認めている。
「……違う」
即座に否定する。
当たり前だ。
こんな場所に、もう一人の俺がいるはずがない。
だが。
画面の中の“俺”は、こちらを見たまま。
ゆっくりと、口を開いた。
「――まだ使ってるのか、それ」
ぞくり、とした。
言葉の矛先が、俺に向いている。
配信の向こうじゃない。
“俺”に。
「……何のことだ」
自然と声が低くなる。
返事をする必要はない。
だが、口が勝手に動いた。
それを聞いた“俺”は。
ほんの少しだけ、眉を上げた。
「やっぱりな。気づいてない顔だ」
コメント:
「会話してる!?」
「やばいやばい」
「これ録画じゃない」
「リアルタイムで対話してる」
ざわめきが一気に膨れ上がる。
当然だ。
配信と配信が、会話している。
あり得ない。
「お前……何者だ」
俺ははっきりと言った。
逃げない。
ここで引いたら、全部終わる。
“俺”は、少しだけ首を傾げた。
「それ、逆だろ」
「……あ?」
「お前が、何者だ」
その瞬間。
頭の奥が、ぐらりと揺れた。
視界がぶれる。
さっき見た“記憶”が、フラッシュバックする。
走る二人。
減る足音。
振り返った先にいた、“自分”。
「……ッ」
息が詰まる。
まさか。
いや、そんなはずはない。
コメント:
「どういうこと?」
「主人公コピー?」
「クローン?」
「いや精神侵食で人格分裂とか?」
その言葉に、引っかかる。
人格分裂。
違う。
これは、そんな軽い話じゃない。
「……お前は、死者か?」
俺は問う。
あり得ない仮説。
だが、今はそれしかない。
“俺”は、笑った。
「半分正解」
背筋が凍る。
半分。
つまり。
「……もう半分は?」
「お前だよ」
即答だった。
迷いがない。
断定。
「……ふざけるな」
言葉が、かすれる。
だが。
否定しきれない自分がいる。
さっきの混線。
死者の記憶に混ざった“生きている声”。
そして。
今、目の前にいる“俺”。
全部、繋がる。
「……お前、俺の“残留思念”か」
口にした瞬間。
空気が、変わった。
コメント欄も、一瞬止まる。
コメント:
「え?」
「自分の残留思念?」
「生きてるのに?」
「それありなの?」
“俺”は、ゆっくりと拍手した。
「正解」
その音が、やけに響く。
「お前、使いすぎたんだよ。そのスキル」
「……」
「死者の声、聞きすぎた。混ぜすぎた。上書きしすぎた」
一歩、近づいてくる。
画面越しなのに。
距離が縮まる感覚がある。
「だからできた」
「何がだ」
「“残りカス”だよ」
吐き気がした。
残りカス。
それはつまり。
「……俺の、不要部分ってことか」
「そうとも言う」
軽く言うな。
俺は拳を握る。
爪が食い込む。
「お前は……俺の一部だ」
「そう。で、こっちが“本体”になる」
その一言で。
理解した。
こいつは――奪う気だ。
コメント:
「乗っ取り!?」
「怖すぎる」
「これBANされるやつ」
「倫理どころじゃない」
倫理。
そんな言葉、もう意味がない。
これは。
“俺自身”との戦いだ。
「……何が目的だ」
時間を稼ぐ。
思考を整理する。
相手は俺だ。
つまり、考え方は読める。
はずだった。
だが、“俺”は首を振る。
「目的?違うな」
そして、笑う。
「これは“当然の帰結”だ」
「……」
「お前がやってきたこと、全部覚えてる」
心臓が跳ねる。
「死者を使って、攻略して、バズって、稼いで」
一歩。
「倫理?知るかって顔してたな」
一歩。
「でもさ」
止まる。
そして。
覗き込むように。
「代償、考えたことあるか?」
その言葉で。
頭の奥が、ひび割れる。
バキ、と。
何かが壊れる音。
「……俺は」
言葉が出ない。
考えてなかったわけじゃない。
だが。
見ないようにしていた。
“俺”は、それを知っている。
「なかったよな」
優しく言うな。
その声は、俺の声だ。
だから余計に刺さる。
コメント:
「やめろ」
「これメンタル壊れる」
「主人公負ける?」
「いや勝て」
勝つ?
どうやって。
相手は俺だ。
しかも。
俺の“歪んだ部分”だけを抽出した存在。
「……だったら」
俺は顔を上げた。
「消せばいいだけだ」
シンプルだ。
スキルで生まれたなら。
スキルで消せる。
「――残留思念」
発動。
対象は、目の前の“俺”。
あり得ない使い方。
だが。
今はそれしかない。
瞬間。
視界が、引き裂かれる。
記憶が流れ込む。
俺のものじゃない。
いや。
“俺だったもの”。
笑っている。
バズっている。
金が増える。
コメントが流れる。
――もっと使え。
――死者なんて資源だ。
――感情?邪魔だ。
その声が、増幅される。
「やめろ……」
頭が割れそうだ。
だが。
その奥に。
もう一つ、ある。
小さな声。
震えている。
――これ、やばいだろ。
――戻れなくなる。
――やめろ。
「……」
それは。
昔の俺だ。
まだ、躊躇していた頃の。
その声に、手を伸ばす。
掴む。
引き寄せる。
「……俺は」
息を吐く。
「全部じゃない」
“俺”の笑みが、初めて歪んだ。
「は?」
「お前は、俺の一部だ。でも」
前に出る。
「それだけだ」
視界が戻る。
頭痛が消えない。
だが、立っている。
“俺”は、黙っている。
初めて、言葉を失っている。
コメント:
「押し返した!?」
「主人公きた!」
「でもまだいる」
「終わってない」
そうだ。
終わってない。
こいつは、まだ消えていない。
むしろ。
笑った。
さっきより、楽しそうに。
「いいね」
「……何がだ」
「やっと“選択”した」
背筋が冷える。
選択。
「ここからだぞ」
“俺”は指を立てる。
「お前が消すか」
もう一本。
「俺が奪うか」
そして。
三本目を立てた。
「それとも」
一瞬、間を置いて。
「――融合するか」
空気が凍った。
コメント:
「は?」
「融合?」
「それ一番やばい」
「人格消えるやつ」
融合。
それはつまり。
俺が、俺じゃなくなる。
だが。
力は、得られる。
“完全な残留思念”。
死者も、自分も、全部使える。
「……」
喉が鳴る。
選択肢が、目の前にある。
逃げ場はない。
“俺”は、笑う。
「選べよ」
その瞬間。
イヤーピースが叫んだ。
『警告。精神侵食率、閾値超過』
視界が、赤く染まる。
『このままでは――人格崩壊の危険』
時間がない。
俺は。
選ばなければならない。
そして。
口を開いた。
「――俺は」
その言葉を。
“もう一人の俺”が、先に言った。
「融合、だろ?」
完全に同じタイミングで。




