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配信の向こうで笑う者

 ――音だけが、残っていた。

 暗転した配信画面の向こうで、呼吸音が続いている。

 俺のものじゃない。

 少なくとも、“俺だけ”のものじゃない。

「……は……っ、は……」

 喉が焼ける。肺が狭い。視界は黒いままなのに、なぜか“見えている”。

 背後。

 いや、違う。

 “内側”。

 誰かが、息をしている。

 その呼吸と、俺の呼吸が、重なっている。

「……戻れ……」

 俺は小さく呟く。

 自分に言ってるのか、そいつに言ってるのか分からない。

 すると。

『戻る?どこに?』

 すぐ近くで、声がした。

 耳元じゃない。

 頭蓋の“裏側”。

 ぞくり、と背骨が冷える。

「……出てけ」

『もう入ってる』

 短い返答。

 軽い調子。

 それが、逆に怖い。

『お前が呼んだんだろ?』

 違う。

 呼んでない。

 俺は、ただ――使っただけだ。

 死者を。

 情報を。

 攻略のために。

 それだけだ。

『だから来た』

「……何が」

『“次”が』

 意味が分からない。

 だが、分かってしまう。

 これまでの声は、全部“過去”だった。

 死んだやつらの、最後。

 でも、今のこれは違う。

 これは――

 “現在”だ。

 その瞬間、視界が弾けた。

 暗闇が剥がれ落ちる。

 映像が戻る。

 配信が、復帰した。

コメント:

「うおお戻った!?」

「今の何だったんだよ」

「音だけずっと流れてたぞ」

「誰と喋ってた?」

「おい顔やばいぞ」

 俺はゆっくり顔を上げる。

 カメラに映る自分。

 目が、違う。

 焦点が合っていない。

 でも、笑っている。

「……ただいま」

 口が勝手に動く。

 違う。

 “動かされてる”。

コメント:

「声違くね?」

「お前誰だよ」

「こわ」

「なりきりやめろ」

 俺は首を傾ける。

「誰って……」

 一瞬、言葉が詰まる。

 その間に、別の声が割り込む。

『お前だろ?』

 俺の口が、笑う。

「そうだよな。俺だ」

 ……違う。

 違う。

 これは俺じゃない。

 だが、配信は続く。

 視聴者は、増えている。

 同接が跳ねている。

コメント:

「なんだこの配信」

「ホラーすぎる」

「でも離れられん」

「これ演出なら神」

「ガチなら通報案件」

 “それ”は嬉しそうに息を吐く。

「いいね、増えてる」

 俺の声で、俺じゃない感情が混ざる。

「ほら、見ろよ。お前が欲しかったやつだろ」

 頭の奥で、俺に話しかけてくる。

『バズだ』

 否定したい。

 だが、できない。

 確かに、増えている。

 数字が、跳ねている。

 今までで一番だ。

「……黙れ」

 かろうじて声を絞り出す。

 すると、“それ”は笑う。

『でも嬉しいだろ?』

 答えられない。

 沈黙が、肯定になる。

 その隙を突くように、足音が響いた。

 コツ、コツ、コツ。

 今度は外だ。

 通路の奥から、誰かが歩いてくる。

コメント:

「来てる」

「やばいやばい」

「人?」

「モンスターだろ」

 俺は顔を上げる。

 暗闇の中から、“人影”が現れる。

 ボロボロの装備。

 血に濡れた剣。

 目が、死んでいる。

 だが、立っている。

「……灰崎?」

 思わず名前を呼ぶ。

 だが、違う。

 “それ”は、口を開いた。

「……お前も、聞こえたか」

 低い声。

 だが、その奥に、別の何かが混じっている。

 ズレている。

 人格が、二重に重なっている。

コメント:

「誰だよあれ」

「NPCじゃないよな?」

「死体じゃね?」

「動いてるぞ」

 灰崎だったものが、一歩踏み出す。

「ここは……出口じゃない」

 その言葉。

 第54話で聞いた内容と一致する。

 だが、違和感がある。

 “遅い”。

 言葉が、少しズレている。

 録音を再生しているみたいに。

 そして――

 急に、表情が変わった。

 笑った。

「……でも、いいだろ?」

 声が変質する。

 軽くなる。

 さっきの“中のやつ”と同じトーン。

 背筋が凍る。

「増えるから」

「……何がだよ」

 俺が問う。

 灰崎は、首を傾ける。

「声だよ」

 その瞬間。

 耳鳴り。

 ノイズ。

 そして――

 無数の声。

『助けて』

『まだ終わってない』

『こっちじゃない』

『痛い』

『違う』

『違う違う違う違う違う』

 頭の中が、破裂しそうになる。

「……っ!」

 膝をつく。

コメント:

「やばいやばいやばい」

「音バグってる」

「なんだこれ」

「マジで危険だろ」

 灰崎が、近づく。

「なあ」

 手を伸ばしてくる。

「お前も、残るか?」

 その手。

 触れたら終わる。

 本能が叫ぶ。

 だが――

 “中のやつ”が囁く。

『触れろ』

「……は?」

『そうすれば、全部分かる』

 誘惑。

 甘い。

 危険だと分かってるのに。

 知りたい。

 このスキルの正体。

 ダンジョンの真実。

 全部。

コメント:

「触るな!!!」

「やめろ!!」

「それ絶対アウト」

「でも見たい」

 俺は笑った。

 自嘲だ。

「……ほんと、最低だな俺」

 分かってる。

 これは、完全に“越える”一線だ。

 倫理とか、どうでもいい。

 死者利用なんて、もう可愛いもんだ。

 これは――

 侵入だ。

 踏み込みだ。

 戻れない。

「……でも」

 手を伸ばす。

「ここまで来て、やめるわけねえだろ」

 指先が、触れる。

 その瞬間。

 世界が、ひっくり返った。

 光。

 闇。

 声。

 記憶。

 全部が、流れ込む。

 そして――

 “それ”の正体が、見えた。

 ダンジョンの奥。

 最深部。

 巨大な“穴”。

 そこから、無数の手が伸びている。

 探索者の手。

 死者の手。

 全部、引きずり込まれている。

 そして、中心に――

 “笑っている何か”。

 それが、こちらを見る。

 俺を見る。

 そして――

『やっと、繋がった』

 その瞬間。

 俺の視界が、完全に“向こう側”に切り替わった。

コメント:

「画面おかしい」

「何映ってる?」

「これダンジョンじゃない」

「やばいの見えてる」

 俺の口が、ゆっくり開く。

「……次は」

 声が重なる。

 俺と、“それ”。

「外に行く番だ」

 配信が、爆発的に伸びた。

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