それは“俺の声”だった
「――違う」
思わず口に出ていた。
耳の奥で、何かが囁いたからだ。
だがそれは、いつもの“死者の声”とは違う。
もっと近い。
もっと、粘つく。
まるで。
“内側から鳴っている”みたいに。
「……またかよ」
俺は額を押さえた。
視界の端が揺れる。
ダンジョン深層、第六階層。
ここまで来る探索者は少ない。
当然、死者の“残留思念”も濃い。
濃すぎる。
配信はオンのままだ。
カメラの赤ランプが、やけにうるさく感じる。
コメント:
「顔色やばくね?」
「また演技か?」
「いや今回ガチっぽい」
「精神やられてきてるだろこれ」
「見てて不安になるんだが」
「大丈夫だ。進む」
嘘だ。
全然大丈夫じゃない。
でも止まれない。
ここで引いたら終わる。
評価も、収益も、全部。
俺は足元の骨を見た。
探索者のものだ。
装備からして、中堅以上。
「……使う」
喉が乾く。
それでも俺は、スキルを発動した。
――残留思念。
瞬間、世界が歪む。
「……左……罠……踏むな……」
低い男の声。
掠れている。
苦しそうだ。
「その先……壁……偽物……抜けられる……」
映像が流れ込む。
暗い通路。
崩れる床。
血。
逃げ遅れた“こいつ”の最期。
「……ありがとう」
小さく呟く。
感謝しているのか。
それとも利用しているのか。
もう分からない。
俺は言われた通りに進む。
左の床を避ける。
壁を押す。
抜ける。
正解だ。
コメント:
「なんで分かる?」
「ガチで怖い」
「また的中してる」
「いやこれ絶対おかしいって」
「裏で情報貰ってるだろ」
「でもどうやって?」
「……ほらな」
俺は笑った。
だが頬が引きつる。
その瞬間。
「――違う」
また聞こえた。
さっきと同じ声。
でも今度は、はっきりしている。
「……誰だ?」
思わず口に出す。
コメント:
「誰に言ってんの?」
「独り言やば」
「ガチで壊れてきた?」
「演出なら天才」
「いや笑えない」
「違う……そっちは……嘘だ……」
声が続く。
俺は足を止めた。
さっきの死者の情報。
“壁を抜けろ”。
それを信じて進んできた。
だが。
「……嘘?」
背中に冷たい汗が流れる。
「行くな……そこは……落ちる……」
声が、重なる。
最初の死者の声と。
今の声が。
真逆のことを言っている。
「ふざけんなよ……」
どっちだ。
どっちが正しい。
コメント:
「止まった?」
「どうした?」
「判断ミスった?」
「ここで死ぬとかやめろよ」
「逆に見たいけど」
「……選ぶしかないか」
俺は壁を見る。
さっき通った“偽の壁”。
その奥。
確かに空間はある。
だが。
“落ちる”と言われた。
「……」
心臓がうるさい。
どっちの声を信じる?
死者の情報は万能じゃない。
嘘も混じる。
それは分かっていた。
でも。
“同時に矛盾する声”は初めてだ。
「……じゃあ」
俺は笑った。
「両方、使う」
コメント:
「は?」
「どういうこと?」
「意味わからん」
「来たなこいつの無茶」
俺はロープを取り出す。
壁の手前に固定。
「落ちても戻れるようにする」
そして。
壁の向こうへ、踏み出した。
――空だった。
足場がない。
落ちる。
「やっぱりか!」
だが。
ロープが引っかかる。
体が止まる。
下を見る。
闇。
その奥。
“何か”が蠢いている。
コメント:
「うわあああ」
「落ちてる!!」
「これ死ぬぞ」
「いや止まった!」
「神判断」
「……で、こっからだ」
俺は壁を見上げる。
さっきの死者の言葉。
“抜けられる”。
つまり。
「横か」
ロープを支点に、体を振る。
壁の側面。
わずかな突起。
そこに足をかける。
さらに奥へ。
すると。
「……あった」
隠し通路。
完全に見えない位置。
コメント:
「えぐ」
「天才かよ」
「いや怖すぎる」
「これ普通無理だろ」
「でも今の判断おかしいって」
俺は中に入り、ロープを回収する。
「……正解だ」
息を吐く。
だが。
安心した瞬間。
「――違う」
また聞こえた。
さっきの声。
「まだ……終わってない……」
「……何がだよ」
その時。
視界が揺れた。
床が、歪む。
いや違う。
俺の認識が歪んでいる。
「……おい」
壁が脈打って見える。
空気が重い。
頭の中で、複数の声が重なる。
「右だ」
「違う左だ」
「戻れ」
「進め」
「落ちるぞ」
「大丈夫だ」
「……うるせぇ」
頭を叩く。
コメント:
「やばいってこれ」
「完全に侵食されてる」
「見てられん」
「でもやめられない」
「これが本物か」
「……一人ずつ話せ」
思わず呟く。
その瞬間。
――静寂。
ぴたりと止まる。
そして。
たった一つの声だけが、残った。
「――やっと聞こえたな」
ぞくり、と背筋が凍る。
この声。
知っている。
いや。
“知っているはずがない”。
でも。
確実に、分かる。
「お前……」
喉が震える。
「誰だよ」
その声は、笑った。
「分からないのか?」
「一番使ってきた“声”だろ」
「お前が一番、頼ってきた“思念”だ」
そして。
それは。
こう言った。
「――俺だよ」
「お前の、“未来の死体”だ」
コメント欄が、一瞬で凍った。




