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切ったのは誰だ

 ――首が落ちた。


 音が、遅れて届く。


 鈍い。


 湿った。


 嫌に現実的な音。


 正面にいた“俺”の首が、床に転がる。


 目が、まだ動いている。


 口が、わずかに開く。


「……は?」


 自分の声が遠い。


 背後。


 そこにいた“最後まで行った俺”が、ゆっくりとナイフを引いた。


 血が、刃を伝う。


 俺と同じ顔で。


 俺よりも静かな目で。


「言っただろ」


 そいつが言う。


「正解だって」


 ぞわっと背筋が冷える。


 俺は振り返る。


 距離は近い。


 近すぎる。


 だが。


 足が動かない。


『は??????』

『今のなに???』

『え、後ろのやつがやったの?』

『いや主人公も振ってたよな?』

『どっちが斬った???』


 コメント欄が混乱で崩壊する。


 当然だ。


 俺も分からない。


 今。


 俺は確かに振り下ろした。


 だが。


 同時に。


 後ろの“俺”も動いていた。


 結果は一つ。


 だが原因は二つ。


「……どっちだ」


 俺は呟く。


 喉が乾く。


「俺がやったのか」


 背後の“俺”が、首を傾げる。


「さあな」


 あっさりと。


 無責任に。


「重要か?」


 その一言で。


 思考が止まる。


 重要か?


 ――重要だろ。


 誰が殺したのか。


 誰が“進む”のか。


 だが。


 そいつは続ける。


「結果だけ見ろ」


 指で、転がった首を示す。


「一つ、減った」


 シンプルすぎる事実。


 それだけ。


 そこに倫理も何もない。


『怖すぎる』

『完全に人じゃない』

『これBANされるって』

『でも見ちゃうんだよな…』


 コメントが揺れる。


 拒絶と。


 依存。


 その両方。


 俺はゆっくりと息を吐く。


 血の匂い。


 濃い。


 気持ち悪い。


 だが。


 ――慣れている自分がいる。


「……最低だな」


 口に出す。


 誰に向けてかも分からない。


 だが。


 背後の“俺”は笑った。


「今さら?」


 短く。


 乾いた笑い。


「死者使ってる時点で終わってるだろ」


 刺さる。


 その通りだ。


 俺は、死者の記憶を使っている。


 利用している。


 それで勝ってきた。


 それで稼いできた。


 今さら。


 何を言ってるんだって話だ。


「……違う」


 俺は言う。


「それとこれとは」


「同じだ」


 即答。


 迷いなし。


「線引きしてるだけ」


 心臓が嫌な音を立てる。


「“ここまではOK”ってな」


 一歩、近づいてくる。


「でも、その線」


 俺の目を覗き込む。


「誰が引いた?」


 答えが出ない。


 出したくない。


 だが。


 頭の中で声がする。


「お前だ」


 俺自身の声。


 重なっている。


 誰のものか分からないくらいに。


『哲学始まった』

『でも核心ついてる』

『こいつらやばすぎ』

『倫理完全崩壊してる』


 コメント欄も、少しだけ静かになる。


 笑いじゃない。


 引いている。


 それでも離れない。


 それがこの配信だ。


「……で」


 俺はナイフを構え直す。


「次はお前か」


 背後の“俺”が頷く。


「そうなるな」


 当たり前のように。


 だが。


 動かない。


 距離も詰めない。


 ただ見ている。


「来ないのか」


「来る必要がない」


 その一言で。


 空気が変わる。


 嫌な予感。


 直感が叫ぶ。


「なんでだよ」


 そいつは、床に転がる首を軽く蹴る。


 転がる。


 止まる。


 その目が、こっちを見ている気がした。


「そいつ、まだ使ってないだろ」


 ――凍る。


「は?」


「残留思念」


 淡々と。


「まだ残ってる」


 理解する。


 いや。


 理解してしまう。


 今まで。


 同じ死者は再利用不可。


 それがルールだった。


 だが。


 今は。


 状況が違う。


「……一回も聞いてない」


 俺は呟く。


 さっきの“俺”。


 まだ使っていない。


 つまり。


 “新規の死者”扱い。


 頭がぐらつく。


『え、使えるの?』

『それアウトだろ』

『自分の死体使うの???』

『倫理どこ行った??』


 コメント欄が再び爆発する。


 当然だ。


 俺も同じこと思ってる。


「やれよ」


 背後の“俺”が言う。


「お前ならやるだろ」


 試すように。


 見ている。


「どうする?」


 選択。


 まただ。


 ずっとこれだ。


 俺は選ばされてる。


 倫理か。


 勝利か。


 人間か。


 化け物か。


「……はは」


 笑いが漏れる。


 もう。


 分かってる。


「やるに決まってるだろ」


 手を伸ばす。


 転がった首へ。


 触れる。


 冷たい。


 だが。


 その奥に。


 “情報”がある。


 濃い。


 強い。


 そして。


 ――歪んでいる。


「来るぞ」


 背後の“俺”が言う。


 その瞬間。


 流れ込む。


 記憶。


 視点。


 思考。


 “俺の別の可能性”。


「――やめろ」


 声がする。


 俺の声。


 違う俺の声。


「それ以上は」


 だが止まらない。


 もっと奥。


 もっと深く。


 覗く。


 見る。


 知る。


 そして。


 ――見てしまう。


 最深層。


 その先。


 “何か”。


「……は?」


 思わず声が出る。


 理解が追いつかない。


 いや。


 理解したくない。


 だが。


 確定する。


「ダンジョンは」


 俺が呟く。


 震えながら。


「作られてる」


 沈黙。


 配信も。


 コメントも。


 一瞬、止まる。


「しかも」


 続ける。


 止まらない。


「俺たちを、増やすために」


 空気が凍る。


『は?????』

『人工ダンジョン??』

『人増殖装置?』

『やばすぎるだろ』


 コメント欄が爆発する。


 炎上。


 考察。


 恐怖。


 全部混ざる。


 俺は顔を上げる。


 背後の“俺”を見る。


「知ってたな」


 そいつは笑う。


 静かに。


「だから来た」


 ゾクッとする。


「ここで終わらせるために?」


「違う」


 首を振る。


「完成させるために」


 意味が分からない。


 だが。


 嫌な予感だけは確定する。


「お前も」


 そいつが言う。


「次になる」


 その瞬間。


 頭の中で。


 声が重なる。


 何人分も。


 何十人分も。


「増えろ」

「増やせ」

「次だ」


 視界が歪む。


 意識が揺れる。


 人格が混ざる。


「……っざけんな」


 俺はナイフを握る。


 血がにじむ。


 それでも。


 手放さない。


「俺は」


 息を吐く。


「俺のままだ」


 踏み込む。


 最後の“俺”へ。


 その瞬間。


 そいつが囁いた。


「じゃあ証明しろ」


 笑う。


「次の“お前”が、お前じゃないってな」


 ――視界の端で、もう一人の“俺”が立ち上がった。

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