未来の俺は笑っていた
「――俺だよ」
その一言で、肺の空気が全部抜けた。
喉が鳴る。
声が出ない。
目の前の空間が、ひび割れるみたいに歪む。
「……ふざけんな」
やっと出た言葉は、ひどく掠れていた。
「未来の俺? そんなの……」
あり得るわけがない。
死者の声は、“死んだ探索者”のものだ。
未来の俺がここにいるはずがない。
「否定か。まあ普通はそうだよな」
声は、笑っていた。
乾いた笑い。
聞き覚えがある。
いや。
“毎日聞いてる声”だ。
「でもさ、お前もう分かってるだろ?」
「このスキル、“普通じゃない”って」
頭の奥が、じわじわと焼ける。
思い出す。
同時に複数の声。
矛盾する情報。
そして今。
“存在しないはずの声”。
「……黙れ」
俺は壁に拳を叩きつけた。
コメント:
「何が起きてる?」
「未来の俺って言った?」
「は?????」
「設定盛りすぎだろ」
「でもこいつの反応ガチ」
「これ台本じゃない」
「お前らには関係ない」
思わず配信に向かって吐き捨てる。
コメント:
「急にキレた」
「図星?」
「怖すぎ」
「今の声マジで誰?」
「……関係あるだろ」
また、あの声。
「全部見られてるんだからな」
「お前がどれだけ“死者を使ってるか”も」
ぞくり、と背筋が凍る。
「……知ってるのか」
「当然だろ」
声が近づく。
いや、近づいてくる感覚。
「俺は“お前”なんだから」
頭痛が強くなる。
視界が揺れる。
記憶が、混ざる。
知らないはずの光景。
見たことのない戦闘。
血まみれの自分。
「……っ!」
膝をつく。
コメント:
「倒れた!?」
「おい大丈夫か」
「これやばいって」
「救助呼べよ」
「でも見たい」
「……立て」
声が命じる。
「ここで止まったら、全部無駄だ」
「……うるせぇ」
俺は歯を食いしばる。
「俺は……俺のやり方でやる」
「そうか」
声が、少しだけ嬉しそうに笑う。
「じゃあ教えてやる」
「この先、三十歩で罠」
「その後、右の壁に“穴”がある」
「でもな――」
間が空く。
「そこ、入ると“死ぬぞ”」
「……は?」
情報が、また矛盾する。
進めと言いながら、死ぬと言う。
「どうしろってんだよ」
「選べよ」
未来の俺は、あっさり言った。
「いつもみたいに」
「……」
そうだ。
俺はずっと、選んできた。
死者の情報を取るか。
疑うか。
そして。
“利用するか”。
「……分かった」
俺は立ち上がる。
足が震えている。
でも、止まらない。
「三十歩、数える」
一歩。
二歩。
呼吸が浅い。
十歩。
二十歩。
心臓が跳ねる。
二十九。
三十。
止まる。
床を見る。
何もない。
だが。
「……来るぞ」
足を引いた瞬間。
床が崩れた。
「っ!」
ギリギリで回避。
その下には。
鋭い杭。
コメント:
「うわあああ」
「今の死んでた」
「また当てた」
「なんで分かるんだよ」
「マジで怖い」
「……次」
右の壁。
確かにある。
小さな穴。
「ここか」
手を伸ばす。
「やめとけ」
未来の俺が言う。
「そこは“餌”だ」
「探索者を誘い込むための」
「じゃあなんで教えた」
「試した」
即答だった。
「お前が、どこまで“信じるか”」
「……クソが」
俺は手を引いた。
その瞬間。
穴の奥から。
“手”が伸びてきた。
「――っ!?」
腐った手。
何かを掴もうとする。
すぐに距離を取る。
コメント:
「うわああああ」
「なんだ今の」
「ホラーすぎる」
「完全に罠じゃん」
「未来の俺ガチで当ててる」
「……助かった」
思わず呟く。
「だろ?」
未来の俺が笑う。
「でもな」
その声が、急に低くなる。
「全部信じるなよ」
「俺の言葉も」
「……は?」
「俺も嘘つくからな」
空気が、凍る。
コメント:
「は?????」
「自分で言うのかよ」
「信用できねえ」
「でも今助けたじゃん」
「混乱する」
「なんでだよ」
「簡単だろ」
未来の俺は、淡々と言った。
「お前が“そうなる”からだ」
「……」
言葉が出ない。
「お前はな」
声が、すぐ近くで囁く。
「最後には、“全部利用する”」
「死者も」
「仲間も」
「――視聴者もな」
「やめろ」
即座に否定する。
「俺はそこまで……」
「行くよ」
重ねられる声。
「だって今もそうだろ?」
「死者の声、使ってる」
「危険も分かってる」
「でもやめない」
「……」
否定できない。
コメント:
「正論で草」
「いや笑えん」
「これ倫理的にアウトだろ」
「でも強い」
「だから見てる」
「ほらな」
未来の俺が笑う。
「お前はもう戻れない」
「だから」
声が、静かに言った。
「――最後まで行け」
「その代わり」
「ちゃんと見ろ」
「自分が何になるか」
その瞬間。
視界が開ける。
通路の先。
巨大な扉。
そして。
その前に。
“人影”が立っていた。
ぼろぼろの装備。
血に濡れた体。
ゆっくりと顔を上げる。
その顔は。
――俺だった。
コメント欄が、悲鳴で埋まった。




