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来訪者は生きている

 ――足音がする。


 それも、ひとつじゃない。


 乾いた床を踏む、確かな“生者”のリズム。


 さっきまでまとわりついていた死者の気配とは、明らかに違う。重さがある。体温がある。こちらに向かってくる意志がある。


 俺は反射的にライトを絞った。通路の奥、暗がりの中に影が揺れる。


「……誰かいるのか」


 思わず口に出す。


 その声に、奥の影がぴたりと止まった。


 数秒の沈黙。


 やがて、低い声が返ってくる。


「配信、してるやつだな」


 ぞくり、と背筋が冷えた。


 コメント欄が一斉に加速する。


『人いる!?』

『やばい遭遇イベント』

『NPCじゃないよな?』

『他の探索者か』


 影が、ゆっくりと近づいてくる。


 現れたのは、三人組だった。


 全員、装備は上等。動きに無駄がない。明らかに場数を踏んでいる。


 先頭の男が、俺をじっと見た。


「……お前、あの“当てるやつ”か」


 心臓が、ドクンと鳴る。


 配信は切っていない。


 つまり、この会話は全部、流れている。


『きたあああ』

『特定された?』

『有名人じゃんもう』


 男は腕を組んだまま、視線を外さない。


「なんでここにいる」


 短い問い。


 だが、その奥にあるのは警戒と疑念だ。


 俺は肩をすくめた。


「たまたま見つけたルートです」


 嘘ではない。


 だが、本当でもない。


 男は、鼻で笑った。


「嘘だな」


 即断だった。


 コメント欄が荒れる。


『バレてるwww』

『圧やば』

『詰められてる』


 男の後ろにいた女が、一歩前に出る。


 冷たい目。


「あなた、さっきのボス……初見で倒したって本当?」


 その問いに、コメント欄がざわつく。


『見てたのか』

『同業者か』

『検証勢きたな』


 俺は少しだけ考えて、頷いた。


「まぁ、そんな感じです」


 曖昧な返答。


 だが、それで十分だったらしい。


 女の眉がわずかに動く。


「……ありえない」


 その一言に、空気が変わる。


 敵意ではない。


 だが、明確な“違和感”。


 理解できないものを見る目。


 そのとき、後ろの男が口を開いた。


「こいつ、さ」


 軽い調子。


 だが、声は低い。


「全部“知ってる”よな?」


 沈黙。


 コメント欄が止まる。


『核心きた』

『どう答える?』

『詰んだ?』


 俺は、笑った。


「運がいいだけですよ」


 その瞬間。


 三人の視線が、揃って鋭くなる。


 嘘だと、全員が理解している。


 だが、それ以上踏み込まない。


 踏み込めば、何かが壊れるとわかっているみたいに。


 ◇


「一緒に来い」


 先頭の男が言った。


「ここ、俺たちも調べてる」


 予想外の提案。


 コメント欄が一気に動く。


『パーティきた』

『共闘イベント』

『裏切られるやつだろこれ』


 俺は一瞬だけ迷った。


 だが、断る理由がない。


 むしろ――。


 “他人の動き”を見られるチャンスだ。


「いいですよ」


 あっさりと頷く。


 その瞬間、耳元で声が囁いた。


「やめとけ」


 低い声。


「そいつら、死ぬぞ」


 背筋が冷える。


 だが、表情は変えない。


 男たちは気づいていない。


 俺だけが知っている。


 ――この先で、誰かが死ぬ。


 コメント欄がざわつく。


『今なんか言った?』

『また独り言?』

『怖いって』


 俺は軽く咳払いした。


「じゃあ、行きましょう」


 ◇


 四人で進む通路は、妙に静かだった。


 さっきまでの“声の洪水”が、少しだけ遠のいている。


 代わりに、現実の音が増える。


 足音。装備の擦れる音。呼吸。


 生きている音。


 それが、逆に不安を煽る。


「この先、広間がある」


 俺は何気なく言った。


 男がちらりと見る。


「知ってるのか?」


「まぁ、なんとなく」


 曖昧に流す。


 だが、その一言で、全員の警戒が一段上がるのがわかる。


 当然だ。


 “なんとなく”で当たる領域じゃない。


 コメント欄が盛り上がる。


『また当てるのか』

『同行者どう思ってるんだろ』

『空気やばい』


 やがて、通路が開けた。


 円形の広間。


 中央に、何もない。


 だが。


「……ここだ」


 耳元で声がする。


「始まる」


 同時に。


 空気が歪んだ。


 床に、魔法陣が浮かび上がる。


「来るぞ!」


 男が叫ぶ。


 次の瞬間、影が現れた。


 人型。


 だが、歪んでいる。


 輪郭がぶれている。


 まるで、映像が乱れているみたいに。


「――残像系か」


 誰かが呟く。


 敵が動く。


 速い。


 視界から消える。


 次の瞬間、横に現れる。


「くっ!」


 女が防ぐ。


 火花が散る。


 俺は、一歩下がった。


 耳元で声が囁く。


「三秒後、後ろ」


 その通りに動く。


 振り返る。


 そこに、敵が現れる。


 ナイフを振る。


 手応え。


 コメント欄が爆発する。


『また当てた』

『位置わかってる!?』

『何者だよ』


 だが。


 次の瞬間。


 別の声が叫ぶ。


「違う!」


 視界が揺れる。


 敵が、消える。


 どこだ。


「上だ!」


 その声に従う。


 だが。


 遅い。


 上から、影が落ちる。


「っ!」


 男が吹き飛ばされる。


 壁に叩きつけられる。


 血が飛ぶ。


『うわあああ!?』

『当たった!?』

『完璧じゃないのかよ』


 コメント欄が一気に荒れる。


 俺は歯を食いしばった。


 ――また、ズレた。


 情報が、噛み合わない。


 死者の声が、食い違っている。


「集中しろ!」


 女の声。


 戦闘が激化する。


 敵は消え、現れ、攻撃する。


 パターンが読めない。


 いや。


 読めるはずなのに。


 “複数の記憶”が邪魔をする。


「右だ」

「違う左だ」

「後ろ」

「前」


 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。


「……くそ!」


 叫ぶ。


 その瞬間。


 ひとつの声が、はっきりと響いた。


「“最初の動き”を思い出せ」


 ピタリと、時間が止まった気がした。


 最初の動き。


 俺は、さっきの戦闘を思い出す。


 あの動画。


 あの全滅。


 最初に何が起きたか。


 ――横から来た。


「……右!」


 叫ぶ。


 体が動く。


 ナイフを振る。


 手応え。


 影が、崩れる。


 静寂。


 敵が消えた。


『倒した!?』

『最後当てた!』

『やっぱすげぇ』


 コメント欄が盛り上がる。


 だが。


 俺は、笑えなかった。


 振り返る。


 男が、壁にもたれている。


 肩から血が流れている。


 浅くはない。


 確実に、“ミス”の結果だ。


 視線が合う。


 男が、苦く笑う。


「……今の、外したな」


 否定できない。


 俺は黙った。


 コメント欄がざわつく。


『今のはミスだろ』

『でも最後当てたし』

『どっちなんだよ』


 そのとき。


 耳元で、あの声が囁いた。


「ほらな」


 低く、静かに。


「“誰かが死ぬ”って言ったろ」


 背筋が冷える。


 男の傷は、まだ致命的じゃない。


 だが。


 “まだ”だ。


 俺は、ゆっくりと拳を握った。


 ――このままだと、本当に死ぬ。


 そして。


 それを。


 俺は、“知っている”。


 コメント欄が流れる。


『どうする?』

『続行か?』

『撤退しろよ』


 俺は、カメラを見た。


 笑う。


「……大丈夫です」


 そう言った。


 その言葉が、誰に向けたものなのか。


 もう、自分でもわからなかった。

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