配信しているのは誰
――俺の視界は、外にある。
カメラ越しに、“俺”が見える。
いや。
もう、あれは俺じゃない。
俺の顔で笑ってる。
俺の声で喋ってる。
でも。
中身が、違う。
「……さて」
“俺だったもの”が、軽く首を鳴らす。
ぎし、と嫌な音。
「続き、いこうか」
自然すぎる。
まるで最初からそうだったみたいに。
コメント欄が爆発する。
『今の何!?!?』
『入れ替わっただろ』
『演技じゃない』
『これガチでアウト』
『通報した』
あいつは、ちらりとコメントを見る。
そして笑う。
「大丈夫だよ」
優しく。
安心させるように。
「ちゃんと“中身”もいるから」
ぞくり、とする。
それは俺に向けて言っている。
俺は、どこだ。
必死に自分を探す。
だが。
視点は固定されている。
カメラの位置。
配信画面。
そこから動けない。
「……はは」
笑い声が聞こえる。
俺のじゃない。
でも、俺の声。
「見てるだけって、きついだろ?」
分かってる。
完全に分かってる。
俺の状況を。
コメント欄がざわつく。
『今の発言おかしくね?』
『誰に言ってる?』
『視聴者じゃないよな』
『まさか…』
あいつが、ゆっくりと俺の体を動かす。
腕を振る。
足を踏み出す。
違和感がない。
完璧に操作している。
「いい体だな」
ぽつりと呟く。
「慣れてる」
背筋が冷える。
“慣れてる”?
つまり。
こいつは――
「何回目だと思う?」
俺に問いかける。
答えられない。
いや。
答えたくない。
だが、頭の奥で誰かが囁く。
「初めてじゃない」
「何度も」
「繰り返してる」
嫌な予感が膨らむ。
コメント欄が荒れる。
『乗っ取られてる』
『これマジでやばい』
『助けろ誰か』
『運営動け』
あいつは気にしない。
むしろ、楽しんでる。
「じゃあ、探索再開」
軽く言う。
そして歩き出す。
ダンジョンの奥へ。
血の匂い。
壊れた罠。
倒れた死体。
全部、さっきまでと同じ。
でも。
――空気が違う。
「さて」
死体の一つに近づく。
しゃがむ。
手を伸ばす。
触れる。
『え、また使うの?』
『やめろって』
『それ以上無理だろ』
『倫理どうなってんだ』
あいつは笑う。
「倫理?」
小さく首を傾げる。
「それ、どこにある?」
軽く叩く。
死体の胸を。
「ここ?」
乾いた音。
コメント欄が凍る。
『やめろ』
『不謹慎すぎる』
『人として終わってる』
『通報通報通報』
あいつは肩をすくめる。
「でもさ」
カメラに顔を寄せる。
「見てるんだろ?」
にやりと笑う。
「だったら同罪だよ」
空気が歪む。
言葉が刺さる。
コメント欄が割れる。
『いや違うだろ』
『見るのは自由』
『でも確かに…』
『やめろその言い方』
あいつは楽しそうに笑う。
「いいね」
そして。
手を、死体に深く押し込む。
――異常な動き。
普通じゃない。
皮膚をすり抜けるように。
中に。
侵入する。
「聞かせて」
囁く。
その瞬間。
俺の視界にも、流れ込む。
記憶。
恐怖。
断片。
だが。
――違う。
今までと違う。
これは。
「……混ざってる?」
あいつが呟く。
次の瞬間。
声がする。
「助けて」
「嘘だ」
「殺せ」
「逃げろ」
バラバラの声。
矛盾。
断絶。
情報が壊れている。
コメント欄が混乱する。
『なんでこんなバグってる?』
『情報おかしくね?』
『死者の声壊れてる?』
『これ罠じゃね?』
あいつが、初めて眉をひそめる。
「……へぇ」
面白そうに。
「嘘、混ざってるじゃん」
ぞくり、とする。
それを“面白い”と言うか。
普通なら。
恐怖するはずだ。
だがこいつは違う。
「いいね」
さらに深く潜る。
「もっと見せて」
その瞬間。
映像が流れる。
死体の記憶。
だが。
――誰かが改変している。
ありえないルート。
存在しない出口。
嘘の安全地帯。
そして。
明確な誘導。
奥へ。
もっと深く。
「……なるほど」
あいつが笑う。
「これは“誘導”だ」
コメント欄がざわつく。
『罠じゃん』
『死者の情報信用できない』
『終わっただろこれ』
『今まで全部ヤバいじゃん』
あいつはカメラを見る。
「聞こえてたよな?」
問いかける。
俺に。
「今までのも」
背筋が凍る。
つまり。
今までの情報も。
全部。
完全じゃない。
「お前」
あいつが低く笑う。
「信じてたろ?」
俺は。
……信じてた。
死者の声は。
最後の真実だと。
だが。
「違う」
あいつが言う。
「死ぬ直前が、一番嘘つく」
静かに。
確信を持って。
「生きたいから」
その瞬間。
全部が崩れる。
今までの攻略。
安全ルート。
全部。
疑わしくなる。
コメント欄が炎上する。
『今の発言やばい』
『倫理完全に終わった』
『死者を嘘つき扱いとか最低』
『でもありえるのが怖い』
あいつは笑う。
「ほら」
立ち上がる。
「面白くなってきた」
そして。
奥を見る。
ダンジョンの深層。
暗闇。
何も見えない。
だが。
確実に、何かがある。
「行こうか」
軽く言う。
「真実の方に」
その瞬間。
俺の中で、何かが動く。
声がする。
今までと違う。
静かで。
冷たい。
「戻りたいか?」
問いかけ。
俺は答える。
心の中で。
――戻る。
絶対に。
すると。
その声が笑う。
「じゃあ、選べ」
次の瞬間。
画面が歪む。
そして。
俺の視界に。
二つの“俺”が映る。
一つは。
今、配信している“俺”。
もう一つは。
――別の場所に立つ“俺”。
知らない装備。
知らない表情。
だが。
確実に俺。
「どっちに戻る?」
声が囁く。
コメント欄が凍る。
『え、何これ』
『分岐??』
『意味わからん』
『怖すぎる』
選択。
間違えたら。
終わる。
俺は。
どっちだ?




