声が嘘をつく瞬間
――最初に感じたのは、「違和感」だった。
強い。
速い。
見える。
なのに。
“ズレている”。
「……は?」
俺は一瞬、動きを止めた。
目の前の男。
踏み込み。
重心移動。
全部、見えている。
見えすぎている。
頭の中の声が、同時に叫ぶ。
「右に来る」
「いや左だ」
「違う、フェイント」
「刺されるぞ」
うるさい。
全部、違う。
いや――
全部、“正しく見える”。
その瞬間。
男が踏み込んできた。
「っ!」
遅れる。
ほんの一瞬。
だが致命的。
刃が、肩を裂く。
血が弾ける。
『当たった!!』
『今の避けれただろ!?』
『なんで止まった!?』
『バグってるぞこいつ』
コメント欄が一斉にざわつく。
俺は後退する。
呼吸が乱れる。
「……おかしい」
口に出す。
こんなはずじゃない。
全部見えてるのに。
全部、正解なのに。
――選べない。
「それだよ」
男が笑う。
ナイフを構えたまま。
「“見えすぎる”やつの末路」
一歩、近づく。
「お前、今“複数の未来”見てるだろ」
心臓が跳ねる。
図星だ。
「その中にさ」
にやりと笑う。
「“嘘”混ざってるぞ」
凍る。
「……は?」
「全部が正しいわけじゃない」
刃が、ゆっくりこちらを指す。
「死者の記憶だってそうだろ?」
言葉が刺さる。
「勘違い。恐怖。願望」
一つ一つ。
「それ、“真実”じゃない」
頭の奥で。
何かが崩れる音がした。
『え、それまずくね?』
『今まで全部信じてたのに?』
『じゃあこいつの無双って…』
コメント欄がざわつく。
疑いが混ざる。
俺の“強さ”に。
「……嘘、だろ」
呟く。
だが。
頭の中の声が、答える。
「嘘だよ」
あの声。
“もう一人の俺”。
「でもさ」
笑う。
「お前、今まで気づかなかったよな?」
言葉が、刺さる。
「便利だから、使ってた」
事実だ。
「都合いい情報だけ、信じてた」
反論できない。
「それってさ」
囁く。
「ただの“選択的現実”だろ」
呼吸が止まる。
『うわ…』
『倫理終わってる』
『いや最初からだろ』
『でもそれで助かってきたんだよな?』
コメント欄が割れる。
擁護。
批判。
混ざる。
俺は、笑った。
「……はは」
乾いた笑い。
「今さらだろ」
ナイフを構える。
「嘘だろうがなんだろうが」
一歩踏み出す。
「使えるなら、使う」
男が目を細める。
「開き直ったか」
「違う」
首を振る。
「最初からそうだ」
踏み込む。
今度は迷わない。
声が何を言おうが。
無視する。
「っ!」
刃がぶつかる。
火花。
男の目がわずかに驚く。
「判断、変えたな」
「うるせえ」
押し込む。
「全部、信じない」
弾く。
斬る。
「でも、全部使う」
矛盾。
だが。
それでいい。
「……面白い」
男が笑う。
本気の笑いだ。
次の瞬間。
速度が上がる。
「っ!」
速い。
さっきよりも。
だが。
今度は迷わない。
直感で動く。
声を切る。
体に任せる。
――当たる。
浅いが確実に。
男の腕に傷をつける。
『おおおお!!』
『戻った!?』
『今の完全に勘だろ』
『でも当てた』
コメント欄が再び熱を帯びる。
男が距離を取る。
血を見て、笑う。
「なるほどな」
ナイフを回す。
「“選ばない”って選択か」
「そうだ」
息を整える。
「全部嘘なら」
構える。
「全部、同じだ」
静寂。
一瞬。
空気が止まる。
その中で。
頭の奥から、声がする。
「それでいいの?」
優しい声。
今までと違う。
「それだとさ」
囁く。
「“俺”が選ぶよ?」
ゾクッとする。
次の瞬間。
体が勝手に動いた。
「っ!?」
踏み込む。
俺の意思じゃない。
男も驚く。
「なっ……!」
速い。
明らかに。
さっきまでと違う。
「これだよ」
声が笑う。
「貸してやる」
刃が走る。
鋭い。
正確。
迷いがない。
男の肩を深く裂く。
血が飛ぶ。
『は!?速すぎ』
『別人だろこれ』
『また乗っ取られてる!?』
コメント欄が混乱する。
俺は叫ぶ。
「やめろ!!」
だが止まらない。
「なんで?」
声が言う。
「勝ちたいんだろ?」
その通りだ。
だが。
「それでさ」
笑う。
「勝ったの、誰になると思う?」
凍る。
答えは、明白だ。
体が止まる。
その一瞬を。
男は見逃さない。
「隙だ」
踏み込んでくる。
速い。
さっき以上に。
――避けられない。
その時。
別の声がした。
「それ、嘘だ」
静かな声。
コメント欄。
あの一行。
『それ嘘』
まただ。
反射で動く。
ほんの少し、ずれる。
刃が空を切る。
「っ!?」
男が驚く。
俺はそのまま踏み込む。
今度は自分で。
自分の意思で。
突き刺す。
深く。
確実に。
男の腹に。
止まる。
時間が。
男が、俺を見る。
息が荒い。
「……なんで」
震える声。
「読めた……」
俺は息を吐く。
「読んでない」
首を振る。
「“選んだ”だけだ」
男が笑う。
血を吐きながら。
「……それが、一番厄介だ」
その体が崩れる。
ゆっくりと。
地面に。
倒れる。
静寂。
俺は立っている。
震えながら。
『勝った…?』
『やばすぎる』
『でも今の完全に運じゃね?』
『いや違うだろ』
コメント欄がざわつく。
評価が割れる。
信頼も、疑いも。
全部。
混ざってる。
その中で。
俺は気づく。
さっきのコメント。
――また消えてる。
「……誰だよ」
呟く。
その瞬間。
頭の奥で。
声がした。
二つ。
同時に。
「次は、俺だ」
「次は、私だよ」
男と。
あの“俺”。
違う声。
混ざる。
そして。
視界の端で。
倒れた男の手が。
――動いた。




