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コメント欄が割れた日

 ――違和感は、勝敗より先に来た。


 刃がぶつかる音。

 火花。

 血。


 それよりも先に。


 「……ズレてる」


 俺が呟いた瞬間。

 向こうの俺も、同じ言葉を口にした。


 だが。


 ほんの一拍。

 遅い。


 さっきまで、あいつが先だった。

 今は違う。


 俺が先に動いている。


「……なんだよ、それ」


 向こうの俺が眉をひそめる。

 初めて“余裕”が崩れた。


 頭の奥がざわつく。

 五人分の記憶が、まだ渦巻いている。


 痛い。

 気持ち悪い。


 でも。


 ――見える。


「右、来るぞ」


 口が勝手に動いた。


 俺の意思じゃない。


 次の瞬間。

 向こうの俺が、まさに右から踏み込んでくる。


「っ!」


 受ける。

 弾く。

 逆に切り返す。


 浅い。

 だが確実に当てた。


 血が飛ぶ。


『当たった!!』

『今の予知?』

『なんでわかるの??』

『いやもう意味わからん』


 コメント欄が一気に沸騰する。


 向こうの俺が距離を取る。


「……お前、それ」


 息が荒い。

 俺も同じだ。


「“混ざってる”な?」


 笑う。

 俺も笑っていた。


「お前もだろ」


「いや」


 首を振る。


「俺は“使ってる”だけだ」


 一歩踏み出す。


「お前は“食われてる”」


 その言葉が、妙にしっくり来た。


 ――食われてる。


 確かにそうだ。


 さっきから、俺の中で“俺じゃない何か”が喋っている。


「左、フェイント」


「下がるな、刺される」


「違う、踏み込め」


 声が増える。

 増え続ける。


 死者じゃない。


 もっと古い。

 もっと濁った何か。


『これヤバくない?』

『人格崩壊してるだろ』

『配信止めろって』

『いや神回だから止めるな』


 コメント欄も割れている。


 止めろ派。

 見せろ派。


 その真ん中で。

 俺は笑った。


「……最高だな」


 ナイフを構える。


「これが、限界突破ってやつか」


「違う」


 向こうの俺が即答する。


「それは“破損”だ」


 次の瞬間。

 突っ込んでくる。


 速い。


 さっきよりも、明らかに。


「っ……!」


 受ける。

 間に合う。


 だが重い。

 圧が違う。


「なんでわかると思う?」


 斬り合いながら、あいつが言う。


「お前、今“同時に見てる”だろ」


 心臓が跳ねる。


 図星だ。


「複数の視点。複数の死に方。複数の選択」


 金属が鳴る。


「それ、便利そうに見えてさ」


 ぐい、と押し込まれる。


「判断、遅れるんだよ」


 その瞬間。


 ――空白。


 頭の中が、ほんの一瞬止まる。


 選択肢が多すぎる。


 どれが正解か、迷う。


「ほらな」


 刃が迫る。


 間に合わない。


「終わりだ」


 ――その時。


「違う、それ外れる」


 知らない声が言った。


 反射で動く。


 体が勝手に。


 ほんのわずか、ずれる。


 刃が空を切る。


「なっ……!」


 逆に、俺の刃が入る。


 深い。


 確実に。


 向こうの俺の脇腹を裂いた。


 血が噴き出す。


『うおおおおおお』

『今の何!?』

『未来見えてる??』

『いやもう人間じゃない』


 向こうの俺がよろける。


 だが。


 笑っている。


「いいね」


 血を吐きながら。


「やっと“そこ”まで来たか」


 嫌な予感がする。


「なあ」


 あいつが言う。


「それ、“誰の声だ?”」


 止まる。


 頭の中の声。


 今のは。


 ――知らない。


 五人の中に、こんな声はなかった。


「……誰だ?」


 思わず口に出る。


 その瞬間。


 頭の奥で、笑い声がした。


 ぞくり、と背筋が冷える。


「やっと気づいた?」


 それは。


 俺の声だった。


 でも。


 違う。


 もっと冷たい。

 もっと乾いてる。


「それ、“お前”だよ」


 世界が歪む。


「は……?」


「お前が“壊れた先”の声」


 向こうの俺が言う。


「俺と同じだ」


 理解する。


 遅すぎる理解。


「このダンジョン」


 あいつがゆっくり言う。


「“可能性”を拾うんだよ」


 空気が重くなる。


「死者だけじゃない」


 一歩近づく。


「“まだ死んでない未来”も」


 頭が割れそうになる。


 つまり。


 今、俺の中にいるのは。


「俺、なのか……?」


「そう」


 にやりと笑う。


「だから外れる」


 ナイフを構える。


「未来なんて、確定してないからな」


 踏み込んでくる。


 さっきよりも速い。


 だが。


 俺は動かない。


 いや。


 動けない。


 頭の中で、声がぶつかる。


「避けろ」


「いや踏み込め」


「違う、受けろ」


「違う、違う、違う」


 選べない。


 どれも“正解に見える”。


『止まった!?』

『動けよ!!』

『これ死ぬぞ!!』


 コメント欄が叫ぶ。


 だが。


 その中に。


 一つだけ。


 静かなコメントが流れた。


『その声、嘘だよ』


 目が止まる。


 たった一行。


 流されそうな小さな文字。


 でも。


 なぜか。


 ――信用できた。


「……そうか」


 息を吐く。


 全部、無視する。


 頭の中の声を。


 全部、切る。


 静かになる。


 その瞬間。


 体が軽くなった。


「遅い」


 向こうの俺が迫る。


 だが。


 今度は迷わない。


 俺は踏み込む。


 真正面から。


 ぶつかる。


 刃と刃。


 力と力。


「なんで……!」


 あいつが驚く。


「読めない……!」


 当然だ。


「俺もわからないからな」


 笑う。


 そのまま押し込む。


「でも」


 距離を詰める。


「お前よりは、マシだ」


 突き刺す。


 深く。


 確実に。


 向こうの俺の胸に。


 止まる。


 時間が。


 血が、ゆっくりと流れる。


『決まった!?』

『どっち!?』

『これ終わり!?』


 あいつが俺を見る。


 笑っている。


「……やっぱり」


 血を吐きながら。


「面白いな、お前」


 その体が、崩れる。


 霧みたいに。


 消えていく。


「また会おうぜ」


 最後にそう言って。


 完全に消えた。


 静寂。


 俺だけが残る。


 荒い呼吸。


 震える手。


 頭の中は、まだざわついている。


『勝った!?』

『主人公!?』

『いやでも今の何!?』

『人格やばすぎだろ』


 コメント欄が爆発する。


 称賛。

 恐怖。

 嫌悪。


 全部混ざってる。


 その中で。


 さっきのコメントを探す。


 ――ない。


 消えている。


「……誰だよ」


 呟く。


 その瞬間。


 頭の奥で。


 また、あの声がした。


「次は、ちゃんと選べよ」


 背筋が凍る。


 これはまだ終わってない。


 むしろ。


 始まったばかりだ。


 俺はカメラを見る。


 無理やり笑う。


「……なあ」


 視聴者に向けて。


「今の、どう思う?」


 コメント欄が一瞬、止まる。


 そして。


 一斉に流れ出す。


『怖い』

『神』

『人じゃない』

『フォローした』

『通報する』


 割れている。


 完全に。


 そして。


 その中に。


 また、あの一文が混ざる。


『次は入れ替わるね』


 ぞくり、とする。


 画面の向こう。


 誰かが見ている。


 俺を。


 いや。


 ――俺の“中身”を。


 気づいた時には。


 カメラのレンズに。


 一瞬だけ。


 “俺じゃない顔”が映っていた。

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