配信の外にいる俺
――白い。
音が、ない。
血の匂いも、湿った空気も、全部消えている。
ダンジョンじゃない。
確実に。
「……どこだよ、ここ」
声がやけに乾く。
足音だけが、やけに響く。
床も白い。
壁も白い。
天井も白い。
影すら、薄い。
現実感がない。
だが。
目の前に、それだけがある。
――画面。
四角い枠。
配信画面。
そして、その中に。
俺がいる。
「……は?」
間抜けな声が出る。
画面の中の俺は、椅子に座っている。
ダンジョン装備じゃない。
私服。
部屋。
普通の部屋。
そして。
カメラに向かって、喋っている。
「――いや、マジでやばいってこれ」
音が、聞こえる。
遅延なし。
リアルタイム。
コメント欄も流れている。
『さっきの何?』
『三人目ってどういうこと』
『バグ?』
『演出なら天才』
『でも血出てたよな?』
俺は、画面に近づく。
指で触れる。
硬い。
ただのモニターみたいだ。
「……おい」
声をかける。
当然、反応はない。
だが。
画面の中の俺が、一瞬だけ視線を逸らした。
――こっちを見た。
「……は?」
心臓が、ドクンと鳴る。
次の瞬間。
画面の中の俺が、笑った。
「聞こえてるよ」
ゾクッとする。
背筋に氷を流されたみたいな感覚。
「お前、外に出たんだな」
コメント欄が一瞬止まる。
そして爆発。
『今の誰に言った?』
『視線やば』
『こっち見たよな?』
『鳥肌立った』
俺は後ずさる。
「……お前、誰だ」
分かってる。
聞く意味はない。
それでも聞く。
画面の中の俺が、肩をすくめる。
「お前だよ」
軽い。
軽すぎる。
あの三人目と同じ匂い。
いや、それ以上に。
“完成されてる”。
「じゃあなんで」
言葉が詰まる。
「なんでそこにいる」
問いかける。
答えは、すぐ来た。
「そっちが外だからだろ」
意味が、分からない。
理解が、拒否する。
「お前さ」
画面の中の俺が、肘をつく。
リラックスした姿勢。
「今までどこにいたと思ってる?」
その質問。
やけに重い。
頭の中の声が、ざわつく。
「ダンジョンだろ」
即答する。
だが。
返ってきたのは、笑いだった。
「違う」
短い。
「配信の中だよ」
世界が、ひっくり返る。
「……は?」
「ずっと見られてただろ」
コメント欄が、さらに加速する。
『は????』
『メタすぎ』
『怖い怖い怖い』
『これ演出じゃないだろ』
画面の中の俺が続ける。
「お前が見てたコメント」
「お前が気にしてた数字」
「お前が狙ってたバズ」
一つ一つ、刺さる。
「全部、“外”のためだ」
息が詰まる。
「お前はコンテンツだよ」
笑う。
その顔。
俺と同じはずなのに。
決定的に違う。
「だから今」
指を立てる。
「切り離された」
頭が、ぐらぐらする。
「切り離し……?」
「そう」
軽く頷く。
「“使える部分”だけ、残した」
ゾクッとする。
「使える部分?」
「そう」
笑う。
「残留思念」
その単語。
やけに重い。
「それが、お前の価値だから」
喉が渇く。
「……じゃあ俺は」
言葉が、震える。
「何なんだよ」
沈黙。
一瞬。
そして。
「素材だよ」
あっさりと。
言い切られる。
頭が、真っ白になる。
『倫理終わってる』
『これやばすぎ』
『人間扱いじゃない』
『でも続き気になる』
コメントが、刺さる。
どれも。
どれも正しい。
そして。
どれも、どうでもいい。
「ふざけんな」
気づけば、拳を握っていた。
「俺は俺だろ」
画面に向かって叫ぶ。
「勝手に切り離してんじゃねえよ」
画面の中の俺は、少しだけ目を細める。
「いいね」
呟く。
「その反応」
評価するように。
「まだ“残ってる”」
背筋が冷える。
「何がだよ」
「人間」
短い。
だが。
それが一番、怖い。
「でもさ」
肩をすくめる。
「それ、邪魔なんだよね」
静かに。
「バズるには」
その言葉で。
全部が繋がる。
倫理。
炎上。
批判。
全部。
全部。
「……切り捨てたのか」
呟く。
画面の中の俺が、頷く。
「効率悪いから」
淡々と。
「感情も、罪悪感も、全部」
喉の奥が、熱くなる。
怒りか。
恐怖か。
分からない。
「だからお前は」
指を向けられる。
「今、ここにいる」
白い部屋。
何もない場所。
ここが。
“捨てられた側”。
「……戻せ」
低く言う。
画面の中の俺が、首を傾げる。
「なんで?」
「俺はまだ使える」
即答する。
自分でも、ぞっとする。
言っていることが。
「いいね」
また、評価される。
「ちゃんと分かってる」
だが。
首を振る。
「でもダメ」
「なんでだよ」
「もう代替がいるから」
心臓が止まる。
「代替……?」
嫌な予感。
最悪の予感。
画面の中の俺が、カメラを少しずらす。
映る。
別の画面。
そこにいるのは。
――三人目の俺。
ダンジョンで。
笑っている。
「今、あっちで続いてる」
軽く言う。
「お前の代わりに」
コメント欄が爆発する。
『え????』
『入れ替わった?』
『本体あっちじゃん』
『こっち誰だよ』
呼吸が乱れる。
「……じゃあ俺は」
声が震える。
「何なんだよ」
もう一度聞く。
答えは、同じだった。
「切り落とした部分」
静かに。
「不要になった“良心”」
その言葉で。
何かが、壊れる。
頭の中で。
静かに。
確実に。
「……じゃあさ」
笑う。
自分でも分かる。
おかしい笑い方だ。
「それ、戻したらどうなる?」
画面の中の俺が、初めて黙る。
一瞬。
ほんの一瞬。
「……試すか?」
その沈黙を、逃さない。
俺は、画面に手を伸ばす。
触れる。
さっきは硬かった。
だが。
今は。
――沈む。
「なっ……!?」
画面が、液体みたいに揺れる。
『うわああああ』
『触った!?』
『やばいやばい』
『戻る気か!?』
俺は、そのまま腕を突っ込む。
引きずり込まれる。
光。
ノイズ。
声。
「やめろ」
画面の中の俺が、初めて焦る。
「それ混ぜたら――」
遅い。
もう止まらない。
俺は、笑う。
「全部、俺だろ」
その瞬間。
意識が弾ける。
世界が、ひとつになる。
そして。
ダンジョンに戻る。
血の匂い。
痛み。
そして。
目の前にいるのは。
――“三人分の俺が重なった何か”だった。




