本体はどこだ
――三人目の、俺が笑っている。
その笑みは、薄い。
だが、底が見えない。
呼吸が止まる。
いや、止められる。
「……は?」
声が出る。
自分のものじゃないみたいに軽い。
目の前に二人。
そして背後に一人。
どれも“俺”。
だが。
どれも、同じじゃない。
正面の“俺”は、血を流している。
さっき斬った個体。
横にいる“俺”は、無傷。
最初に戦っていたやつ。
そして――背後。
ゆっくりと歩いてくる。
足音が、やけに重い。
「惜しかったな」
三人目が言う。
声が、少し低い。
俺の声なのに、違う。
「もう少しで“外れ”を殺してた」
外れ。
その言葉に、脳が拒否反応を起こす。
「……外れ?」
聞き返す。
同時に、横の俺が動く。
距離を取る。
警戒している。
あいつも、分かってない。
「そう」
三人目が頷く。
視線が、俺ともう一人を順に舐める。
「お前ら、もう“分裂”してる」
ゾクッとする。
言葉の意味が、理解できる。
理解したくないのに。
「どっちも本物で、どっちも偽物だ」
空気が、ねっとりと重くなる。
「そして俺が」
足が止まる。
目が合う。
「本体だ」
コメント欄が、一瞬止まる。
そして。
爆発する。
『は????』
『三人目!?』
『意味わからん』
『本体って何』
『誰が本物なんだよ』
俺は歯を食いしばる。
頭の中が、騒がしい。
「嘘だ」
即答する。
「そんなの、あるわけ――」
「あるよ」
遮られる。
三人目の声。
静かだ。
静かすぎる。
「お前、自分がどこから見てるか分かるか?」
言葉が刺さる。
視界が揺れる。
……どこから?
俺は、今、どこにいる?
身体はここだ。
目もここにある。
なのに。
一瞬前、俺は自分を“外から”見ていた。
あれは何だ。
「気づいてるだろ」
三人目が、さらに一歩近づく。
「お前、もう“中”にいない」
背筋が冷える。
頭の中の声が、一斉にざわめく。
「違う」
「嘘だ」
「戻れ」
否定。
拒絶。
だが。
別の声が、囁く。
「外に出たから、見えたんだ」
心臓が跳ねる。
「……黙れ」
思わず呟く。
すると。
横の俺が笑う。
「お前も聞こえてんのか」
同じだ。
あいつも、侵食されてる。
「いいな、それ」
三人目が、楽しそうに言う。
「そのまま壊れろ」
瞬間。
動く。
横の俺が、先に。
ナイフを振る。
三人目へ。
だが。
――当たらない。
いや。
すり抜けた。
「なっ……!?」
ありえない。
刃が、身体を通り抜ける。
影みたいに。
「実体、ないのかよ」
俺が叫ぶ。
三人目は、肩をすくめる。
「あるよ」
次の瞬間。
俺の腹に、衝撃。
「ぐっ……!」
遅れて、痛み。
見下ろす。
ナイフが、刺さっている。
俺の腹に。
「な……」
視線を上げる。
三人目が、目の前にいる。
いつの間に。
「見えてる位置が違うんだよ」
耳元で囁かれる。
「お前ら、ズレてる」
引き抜かれる。
血が噴く。
『また刺さった!?』
『どっち!?』
『もう分からん』
『怖すぎる』
膝が崩れる。
だが。
倒れない。
「立て」
「まだだ」
「動け」
声が押し上げる。
また増えている。
知らない声。
知らない記憶。
頭が裂けそうだ。
「やめろ……」
呻く。
その時。
映像が流れ込む。
――見たことのないダンジョン。
――知らないパーティ。
――誰かが、同じように“聞いている”。
「……は?」
違う。
これは俺じゃない。
でも。
同じことをしている。
「気づいたか」
三人目が言う。
「それ、お前のじゃない」
背筋が凍る。
「他の“残留思念使い”の記憶だ」
空気が止まる。
「……は?」
そんなの、ありえない。
死者の記憶しか、聞けないはずだ。
「誰が決めた?」
また、その言葉。
ルールを否定する声。
「境界を越えれば、全部繋がる」
頭がぐらつく。
「死者も、生者も、関係ない」
吐き気が込み上げる。
「やめろ……」
「お前、もう聞いてるだろ」
確信。
逃げ場がない。
「それが“次の段階”だ」
コメント欄が荒れる。
『他人の記憶!?』
『やばすぎ』
『倫理どこいった』
『これ犯罪じゃね?』
倫理。
そんな言葉が、遠く感じる。
今の俺には。
ただ。
“情報”があるだけだ。
「……いいな、それ」
気づけば、口が勝手に動いていた。
三人目が、目を細める。
「欲しいだろ?」
問いかける。
俺は、笑う。
「全部、知れるんだろ?」
止まらない。
思考が。
欲求が。
「なら、取る」
立ち上がる。
血を垂らしながら。
ナイフを構える。
横の俺も、同じように動く。
だが。
少しズレる。
遅い。
俺の方が、先に動ける。
「なるほど」
三人目が頷く。
「そっちが“進んでる”か」
その一言で。
理解する。
横の俺は、過去。
俺は、現在。
そして三人目が。
未来。
「ふざけんな」
吐き捨てる。
「俺は、俺だ」
踏み込む。
今度は迷わない。
全部の声を使う。
全部の記憶を使う。
世界が、スローモーションになる。
動きが読める。
位置が分かる。
“そこ”だ。
刃を振る。
当たる。
確実に。
――手応え。
三人目の身体が、初めて揺れる。
「ほう」
笑う。
「触れたか」
だが。
次の瞬間。
視界が暗転する。
声が、叫ぶ。
「やめろ!」
「それ以上は――」
ブツン。
切れる。
静寂。
そして。
目を開ける。
そこは。
ダンジョンじゃなかった。
白い部屋。
無機質な壁。
そして。
目の前に座っているのは。
――配信画面の中の、俺だった。




