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先に壊れた方が負け

――耳鳴りが、止まらない。


 キィン、と細い音が、脳の奥に刺さり続ける。


 それなのに。


 妙に、世界はクリアだった。


 視界が、鮮明すぎる。


 血の色も、床のひびも、相手の呼吸の揺れも。


 全部、見える。


「……はは」


 笑いが漏れる。


 俺じゃない声が混じる。


 いや、混じってるんじゃない。


 “重なってる”。


「いい顔してるな」


 向こうの俺が言う。


 その声が、やけに遠く感じる。


「そっちもな」


 返す。


 だが、返事の中に、別の誰かの言葉が紛れる。


「右から来るぞ」


「距離を詰めろ」


「喉を狙え」


 五人分の声。


 いや、それ以上。


 さっきの五人だけじゃない。


 知らない声が、混ざってる。


 ありえない。


 再利用は、できないはずだ。


「……お前、どこまで聞いてる?」


 思わず聞く。


 向こうの俺が、にやりと笑う。


「聞いてるんじゃない」


 一歩、踏み込む。


「もう、“なってる”んだよ」


 次の瞬間。


 来る。


 ――速い。


 俺が知っている自分の速度じゃない。


 だが。


 見える。


 全部、見える。


「そこだ」


 誰かの声。


 身体が勝手に動く。


 ナイフがぶつかる。


 火花。


 衝撃。


 腕が痺れる。


『やばいやばいやばい』

『動きおかしいだろ』

『人間じゃない』

『これ放送していいの?』


 コメント欄が流れる。


 だが、読める。


 全部読める。


 同時に、戦える。


 頭が、増えてるみたいだ。


「楽しいか?」


 向こうの俺が笑う。


 攻撃が止まらない。


 連撃。


 隙がない。


「……ああ」


 息が荒い。


 だが、止まらない。


「めちゃくちゃ楽しい」


 それは本音だ。


 恐怖もある。


 吐き気もある。


 でも、それ以上に。


 快感がある。


 全部が見える。


 全部が分かる。


 世界が、単純になる。


 勝つか、負けるか。


 それだけだ。


「だろ?」


 向こうの俺が、嬉しそうに言う。


「だからやめられない」


 刃が走る。


 頬が裂ける。


 血が垂れる。


『当たってる当たってる』

『どっちが優勢?』

『わからん』

『怖すぎて草』


 俺は距離を取る。


 呼吸を整える。


 ……整わない。


 心臓がうるさい。


 頭の中が、もっと、うるさい。


「左だ」


「フェイントだ」


「下がれ」


 声が増えてる。


 増え続けてる。


「……なんで増えてんだよ」


 思わず呟く。


 その瞬間。


 ひとつの声が、はっきりと答えた。


「もう、お前は境界を越えた」


 ゾクッとする。


 この声。


 さっきから混ざってる。


 でも、死者じゃない。


 もっと古い。


 もっと深い。


「誰だ」


 問いかける。


 返事はない。


 代わりに。


 視界が、歪む。


 一瞬。


 向こうの俺が、“二人”に見えた。


「……は?」


 瞬き。


 戻る。


 だが。


 確信する。


 俺の認識が、壊れ始めてる。


「気づいたか」


 向こうの俺が言う。


 笑っている。


「そろそろだな」


「何がだよ」


「分離だよ」


 背筋が冷える。


「お前、今、何人分だ?」


 言葉が、刺さる。


 数えられない。


 もう、数える意味がない。


「そのうちさ」


 向こうが、ゆっくり近づく。


「“お前”がどれか、分からなくなる」


 足が止まる。


 違う。


 止められた。


 頭の中の誰かが、躊躇した。


「今だ」


 別の声が叫ぶ。


 身体が動く。


 衝突。


 刃が交差する。


 だが。


 遅い。


「甘い」


 向こうの俺のナイフが。


 ――腹に入る。


「ぐっ……!」


 熱い。


 遅れて、痛み。


『刺さった!?』

『終わった?』

『いやまだ動いてる』


 膝が揺れる。


 だが。


 倒れない。


「立て」


「まだいける」


「動け」


 声が支える。


 いや、押し上げる。


 俺じゃない力で。


「……うるせえな」


 笑う。


 血が口から垂れる。


「勝つのは、俺だろ」


 その瞬間。


 視界が切り替わる。


 自分の身体を、“外から”見た。


 俺が、俺を見ている。


「……は?」


 一瞬の離脱。


 その隙。


「もらった」


 向こうの俺が、振りかぶる。


 死角。


 完全な一撃。


 だが。


 その時。


 頭の中で、あの声が囁く。


「入れ替われ」


 世界が、反転する。


 ガクン、と感覚が落ちる。


 次の瞬間。


 俺は。


 ナイフを振っていた。


 目の前には。


 驚いた顔の、“俺”。


「……え?」


 向こうの俺が、初めて動揺する。


 俺は、そのまま。


 刃を振り抜く。


 肩が裂ける。


 血が舞う。


『え?????』

『今どうなった?』

『視点バグってる』

『どっちがどっち!?』


 俺も分からない。


 だが、ひとつだけ分かる。


 今、主導権は――俺だ。


「……今の、何した」


 向こうの俺が後退する。


 警戒している。


 初めてだ。


 あいつが、俺を警戒している。


「さあな」


 笑う。


「でも、見えただろ」


 一歩、踏み出す。


「入れ替えられる」


 その言葉で。


 空気が凍る。


「は?」


「お前がやってることと同じだよ」


 指で頭を叩く。


「境界、越えたんだろ?」


 向こうの俺の顔から、笑みが消える。


 初めてだ。


「……それは」


 言いかけて。


 止まる。


 その一瞬の迷い。


 それが。


 致命的になる。


 俺は踏み込む。


 今度は、俺が先だ。


 完全に。


 読み切っている。


「終わりだ」


 ナイフを突き出す。


 胸に。


 確実に。


 届く――


 その瞬間。


 視界が、また歪む。


 声が、叫ぶ。


「違う!」


「そいつじゃない!」


「本体は――」


 ブツン、と。


 音が切れる。


 世界が静まる。


 目の前の“俺”が、ゆっくり笑った。


「惜しかったな」


 ナイフが止まる。


 いや。


 止められている。


 見えない力で。


「それ、“俺”じゃない」


 背後で。


 足音がした。


 ゆっくり。


 確実に。


 振り返る。


 そこにいたのは。


 ――三人目の、俺だった。

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