もう一人の配信者
――目の前に、俺がいる。
完全に同じだ。
装備も、カメラも、立ち方も。
まるで鏡。
いや、違う。
鏡なら左右が反転する。
だがあいつは、完全に“同じ向き”で立っている。
「……なんだよ、これ」
思わず呟く。
だが。
向こうの俺も、同じタイミングで口を開いた。
「……なんだよ、これ」
完全一致。
声のトーンまで。
コメント欄が爆発する。
『え????』
『ミラー???』
『ドッペルゲンガーきた』
『これやばいだろ』
『仕込みじゃないよな?』
俺はゆっくり一歩踏み出す。
向こうも同じように動く。
同期している。
だが。
――一瞬だけ、ズレた。
ほんのコンマ数秒。
向こうの動きが先だった。
「……は?」
今のは何だ。
俺が真似してるんじゃない。
向こうが“先”に動いた。
つまり。
どっちが本物だ?
「……おい」
声をかける。
向こうも同時に言う。
「……おい」
だが。
次の言葉はズレた。
「お前、誰だ」
「お前、誰だ」
同時。
だが視線が違う。
向こうの俺は、少しだけ笑っている。
俺は笑っていない。
その違和感が、肌を刺す。
コメント欄が荒れる。
『どっちが本物?』
『怖すぎる』
『演技なら神』
『これガチなら通報レベル』
俺はカメラを少し下げる。
「……これ、配信乗ってるよな」
『乗ってる』
『全世界公開』
『逃げ場なしで草』
最悪だ。
だが同時に。
最高だ。
こんなの、バズるに決まってる。
俺はゆっくり息を吐く。
「……じゃあ、検証しようか」
向こうの俺も、同じように言う。
「……じゃあ、検証しようか」
だが。
今度は俺が先に動く。
ナイフを抜く。
向こうも抜く。
だが。
――わずかに遅い。
「やっぱりな」
俺は笑う。
「お前、俺の後追いだろ」
向こうの俺が、初めて表情を崩す。
笑う。
俺よりも、深く。
「違うよ」
ズレた。
言葉が。
「俺が先だ」
空気が変わる。
冷たい。
粘つく。
まるでダンジョンそのものが、息をしているみたいに。
「……は?」
理解が追いつかない。
だが次の瞬間。
頭の中で、声が重なる。
「そいつは偽物だ」
「そいつを殺せ」
「入れ替わるぞ」
複数の声。
死者のものじゃない。
もっと、古い。
もっと、深い。
コメント欄が加速する。
『殺せって言ってる?』
『え、戦うの?』
『これPvP?』
『いやもう意味わからん』
向こうの俺が、ナイフを構える。
「配信、してるんだろ?」
にやりと笑う。
「だったらさ」
一歩踏み出す。
「どっちが“面白い”か、決めようぜ」
ゾクッとした。
それは、俺の思考と同じだから。
俺も同じことを考えていた。
つまり。
こいつは――俺だ。
俺が、こうなる可能性。
あるいは。
もう一人の“結果”。
「……いいね」
俺はナイフを構える。
「じゃあ、やろうか」
コメント欄が爆発する。
『神回確定』
『これが本当のバトル配信』
『倫理終わってる』
『でも見る』
そうだ。
見てる時点で、もう引き返せない。
俺たちは同時に踏み込む。
金属がぶつかる。
火花。
完全に同じ動き。
同じ癖。
同じ間合い。
「チッ……!」
読み合いが成立する。
どっちも、どっちの行動が分かる。
だが。
――ズレる。
ほんのわずか。
向こうが先に動く。
「っ!」
肩をかすめる。
血が飛ぶ。
『当たった!?』
『どっち!?』
『わからん』
俺は距離を取る。
呼吸が乱れる。
だが。
おかしい。
こいつ。
俺より“強い”。
「なあ」
向こうの俺が笑う。
「なんでかわかるか?」
答えは、もう出ている。
「……情報量か」
「正解」
向こうが頷く。
「お前、一体ずつしか聞けないだろ」
心臓が跳ねる。
「俺は違う」
笑う。
「全部、聞いてる」
頭が、冷える。
全部?
そんなのありえない。
同じ死者は再利用不可。
それがルールだ。
だが。
「ルールなんて、誰が決めた?」
あいつが言う。
その瞬間。
理解する。
こいつは。
“壊れてる”。
制限を無視してる。
だから強い。
だから。
――狂ってる。
コメント欄がざわつく。
『チートじゃん』
『いやもう人間じゃない』
『あれ主人公負けるだろ』
俺は笑う。
震えながら。
「……いいね」
ナイフを構え直す。
「最高じゃん、それ」
倫理?
制限?
そんなもの。
ここでは意味がない。
強い方が、生きる。
それだけだ。
「じゃあさ」
一歩踏み出す。
「俺もやるわ」
死体の方へ、視線を向ける。
さっきの五人。
まだ、そこにある。
本来なら一度きり。
だが。
「もう一回、使う」
手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
――壊れる。
記憶が暴走する。
五人分が、一気に流れ込む。
痛み。
恐怖。
絶望。
そして。
「やめろ」
あの声が、初めて焦る。
だが。
止まらない。
俺は笑う。
「……これだろ」
限界を超える。
ルールを破る。
その代償。
頭の中で、何かが弾ける。
視界が赤く染まる。
コメント欄が絶叫する。
『やめろおおおお』
『壊れるぞ』
『それアウトだって』
知るか。
俺は立ち上がる。
そして。
向こうの俺を見る。
「これで、同条件だ」
笑う。
向こうも笑う。
「いいね」
その瞬間。
俺の中で。
“俺じゃない何か”が、囁いた。
「次は、お前が入れ替わる番だ」
――どっちが、俺だ?




