落下先の正解
落ちる。
空気が裂ける音が耳を叩く。
視界は暗い。底が見えない。
「クソッ……!」
反射で壁に手を伸ばす。だが石は湿っていて、指が滑る。
このままじゃ死ぬ。
そのはずなのに――
「右、三秒後」
あの声が、また命令する。
俺は迷わない。
身体が勝手に従う。
落下中に体をひねる。
――三秒。
感覚が妙に正確だ。
そして、右側に突き出した岩に足が触れる。
「ッ!」
衝撃。
だが完全な落下じゃない。
勢いを殺した。
そのまま壁を蹴り、さらに下へ。
数回の反射で、俺はなんとか着地する。
膝が軋む。
だが、立てる。
「……はは」
笑いが漏れる。
助かった。
完全に、あの声のおかげで。
コメント欄が爆発している。
『生きてる!?』
『今のなに!?』
『ありえねぇだろ』
『身体能力おかしくね?』
『いや声に従ってたよな今』
俺は息を整えながらカメラを見る。
「ちょっと危なかったですね」
『軽いな』
『いや普通死ぬ』
『絶対何か見えてるだろ』
『それか聞こえてる』
そのコメントに、思わず口角が上がる。
「……まあ、そんな感じです」
ぼかす。
だが、もう隠しきれていない。
“聞こえている”。
しかもスキルじゃない何かが。
俺は周囲を見渡す。
ここは――空洞。
自然洞窟のような空間だが、人工的な痕跡もある。
そして、中央。
――また死体だ。
いや、違う。
一体じゃない。
五体。
円を描くように倒れている。
全員、同じ装備。
同じギルドの探索者だ。
「……パーティ壊滅、か」
俺はゆっくり近づく。
普通なら、ここは引き返す。
危険すぎる。
だが俺は違う。
ここには“情報”がある。
五人分の。
「……いただく」
しゃがむ。
最初の一体に触れる。
――流れ込む。
『囲まれるな!』
『逃げろ、下は――』
途切れる。
次。
触れる。
『違う、声に従うな!それは――』
ノイズ。
次。
『あれはダンジョンじゃない』
次。
『戻れ、戻れ、戻れ――』
最後。
『俺たちは誘導された』
全部が断片。
だが一つだけ、はっきりしている。
――“声に従うな”
俺はゆっくり立ち上がる。
そして。
「進め」
あの声が、また囁く。
背筋が凍る。
今まで助けられてきた。
だが。
こいつは――敵かもしれない。
コメント欄が騒ぐ。
『今の何してた?』
『また死体触ってたよな』
『マジでやばいってそれ』
『倫理的にアウトだろ』
『死人から情報抜いてるとか普通に犯罪じゃね?』
来た。
完全に炎上の流れ。
俺はカメラに顔を向ける。
「犯罪?じゃあ聞くけどさ」
一歩踏み出す。
「こいつら、もう死んでる」
静かに言う。
「放置して腐らせるのと、使って生きるの、どっちがマシ?」
コメントが一瞬止まる。
そして。
『最低』
『でも正論ではある』
『いやいやいや』
『人として終わってる』
『でもこいつのおかげで死なずに済むやつもいるだろ』
分断。
いい。
この空気。
数字が伸びる。
俺は笑う。
「俺は使うよ。全部」
宣言する。
その瞬間。
頭の奥で、何かが弾ける。
――混ざる。
さっきの五人の声。
それと。
“あの声”。
境界が曖昧になる。
「進め」
「戻れ」
「騙されるな」
「正解はこっちだ」
全部が同時に響く。
「……っ、うるせぇ……!」
頭を抱える。
視界が揺れる。
足元が歪む。
コメント欄が悲鳴になる。
『やばいやばい』
『精神きてるだろこれ』
『やめろって』
『もう配信切れ』
だが。
俺は笑う。
「……いや、むしろクリアだ」
全部聞こえる。
全部の選択肢がある。
つまり。
「全部避ければいい」
俺はゆっくり歩き出す。
五人の記憶。
罠の位置。
ボスの動き。
そして――“声”。
全部を重ねる。
情報が過剰だ。
だが、それを捨てない。
取捨選択しない。
全部使う。
その結果。
俺は迷路のような洞窟を、迷わず進む。
罠を踏まない。
敵と遭遇しない。
最短ルートを歩く。
コメントが異様な静けさになる。
『……え?』
『なんでそんな動ける?』
『今の完全に未来見えてるだろ』
『もう人間じゃない』
その言葉に、少しだけ笑う。
「かもな」
そして。
たどり着く。
巨大な扉。
明らかにボス部屋。
だが。
俺は足を止める。
「開けるな」
“あの声”。
今度は、強く。
拒絶するように。
だが同時に。
『開けろ』
死者の記憶が囁く。
真逆。
どっちが正しい?
俺は扉に手をかける。
そして。
「……じゃあ、試すか」
カメラを見る。
「どっちが正解か」
コメントが一斉に流れる。
『やめろ』
『開けろ』
『戻れ』
『バカか』
『行け』
俺は笑う。
そして。
――開けた。
次の瞬間。
全員の声が、同時に叫ぶ。
「違う、それは――」
扉の向こうにいたのは。
――俺だった。




