それは“目”ではな2話
それは、目じゃなかった。
そう理解した瞬間、全身の血が冷えた。
巨大な円形。闇の中でゆっくりと開閉するそれは、確かに“視線”を感じさせる。だが構造が違う。瞳孔も白目もない。ただの穴だ。底の見えない、深淵の裂け目。
なのに――
見られている。
確実に。
「……何だよ、それ」
声が乾く。
落下の勢いはいつの間にか消えていた。俺は空中に“固定”されている。見えない何かに掴まれているみたいに。
逃げ場がない。
『器が、来た』
低い声が、頭の中に直接響く。
鼓膜じゃない。脳の内側を爪でなぞるみたいな感覚。
「……誰だ」
分かってる。
さっきの連中とは違う。
“底”そのものだ。
『名は要らぬ』
声が、笑う。
『お前は、聞く側だろう?』
――ぞくり。
その言葉。
今まで、俺がやってきたことを、そのまま突き返された。
聞く側。
死者の声を“聞く”存在。
「……だったら、答えろ」
喉の奥が震える。
「ここは何だ」
間。
そして。
『捨て場だ』
「……は?」
『使われた者の、捨て場』
理解が追いつかない。
だが。
嫌なピースが、繋がる。
今まで聞いてきた“声”。
あれは、ただの残留じゃない。
ここに落ちた“何か”の欠片だ。
「……嘘だろ」
否定したい。
だが。
思い出す。
あの違和感。
同じ声。
重なり。
群れ。
――全部、繋がっている。
コメント:
「何と話してるんだ?」
「声聞こえないんだけど」
「表情やばすぎ」
コメント:
「これ演技じゃないよな?」
「ガチでやばいやつ?」
「通報レベルじゃね?」
配信は生きている。
この状況も、全部見られている。
だが。
コメントが遠い。
意識が、引っ張られている。
『お前は、よく聞いた』
声が続く。
『よく使った』
『よく、削った』
「……削った?」
『そうだ』
笑い。
『声は、消耗品だ』
頭の中で、何かが弾ける。
今まで考えたこともなかった。
残留思念は“有限”なのか?
使えば減るのか?
『お前は、削り続けた』
『だから、ここに来た』
「……ふざけんな」
思わず吐き捨てる。
「俺は、生きるためにやってるだけだ」
「利用してる自覚はある。でも、それで助かってる奴もいる」
言い訳だ。
分かってる。
でも、止まらない。
『正当化か』
声が、冷たくなる。
『いいだろう』
『では、見せてやる』
次の瞬間。
視界が反転する。
暗闇が、剥がれる。
そこにあったのは――
“人”だった。
無数の。
崩れた体。
歪んだ顔。
目を開いたまま、何かを訴えるように固まっている。
だが、動かない。
死体。
いや。
違う。
“残っている”。
「……これが」
喉が詰まる。
『そうだ』
『お前が聞いてきたものの“元”だ』
足元が震える。
違う。
これは違う。
俺が聞いてたのは、もっと――
『断片だ』
言葉を読まれた。
『これは、削られる前の姿』
理解したくない。
でも、分かってしまう。
俺が使うたびに。
この中の何かが、削られていた。
減っていた。
壊れていた。
「……嘘だ」
声が震える。
『では、見てみろ』
一体の死体が、ゆっくりと崩れる。
砂みたいに。
音もなく。
消えていく。
『お前が最後に使った“声”だ』
心臓が、強く打つ。
あの男。
右はダメだと言った、あの声。
それが――
「……消えた?」
『そうだ』
『もう二度と、聞けない』
ルール。
同じ死者は再利用不可。
その理由。
“消えるから”。
コメント:
「何これ……」
「映像バグってる?」
「人っぽいの見えるんだが」
コメント:
「怖すぎ」
「これフェイクじゃないよな?」
「ガチでやばい」
配信がざわつく。
だが、もうそれどころじゃない。
頭が、ぐちゃぐちゃだ。
「……じゃあ俺は」
口が勝手に動く。
「殺してるのか?」
静寂。
そして。
『近い』
肯定でも否定でもない。
曖昧な答え。
だが、それが一番残酷だ。
『お前は、終わらせている』
声が囁く。
『残るはずだったものを』
足が震える。
今までの“気持ちよさ”が、反転する。
無双。
安全攻略。
バズ。
全部。
この上に成り立っていた。
「……っ」
吐き気が込み上げる。
だが。
同時に。
別の感情が、顔を出す。
――それでも。
「……それでも、俺はやめない」
自分でも驚くくらい、はっきり言った。
コメント欄が一瞬止まる。
コメント:
「え?」
「今なんて?」
「やば」
「だって、もう戻れない」
笑う。
乾いた笑い。
「ここまで来て、今さら綺麗ごとは無理だ」
「俺は使う」
「使って、生きる」
沈黙。
そして。
“目”が、細くなる。
いや。
穴が、歪む。
『いいだろう』
声が低くなる。
『ならば、与える』
空間が震える。
死体たちが、一斉にこちらを向く。
目が、合う。
全部と。
『次の声を』
ぞわり。
今までとは違う。
強制的に。
大量に。
流れ込んでくる。
『逃げろ』
『裏切るな』
『右だ』
『左だ』
『全部嘘だ』
「……っ!!」
頭が割れる。
情報が矛盾する。
方向がバラバラ。
どれが正しいか分からない。
『選べ』
声が笑う。
『お前の好きな“真実”を』
最悪だ。
今までの前提が崩れた。
死者の声は、答えじゃない。
ただの“素材”だ。
しかも。
嘘混じり。
コメント:
「何が起きてる?」
「さっきから独り言やばい」
「精神やられてるだろこれ」
息が荒い。
思考がまとまらない。
だが。
決めるしかない。
「……だったら」
俺は、目を開く。
「全部、使う」
ナイフを握る。
そして。
あえて――“何も信じずに”進む。
直感だけで。
その瞬間。
“目”が、笑った。
『いい』
『壊れてきたな』
その言葉と同時に。
視界が、一気に引き戻される。
暗闇が消える。
元のダンジョン。
崩れた通路。
俺はそこに立っていた。
「……は?」
一瞬、理解が追いつかない。
戻った?
助かった?
だが。
違和感がある。
音が、変だ。
コメントが流れている。
コメント:
「おい今の何」
「画面飛んだぞ」
「急に戻った?」
そして。
自分の声が、遅れて聞こえた。
「……進む」
――え?
俺、今それ言ったか?
口は動いていない。
なのに。
“俺の声”が、勝手に再生されている。
録音じゃない。
リアルタイムだ。
「……は?」
喉が冷える。
そして。
もう一度、声がした。
「右だ」
――俺じゃない。
でも、俺の声だ。
頭の奥で。
“誰かが喋っている”。
その瞬間。
理解した。
これは。
侵食だ。
そして。
その声は、はっきりと続けた。
「――今回は、俺が案内する」
――誰だよ、お前。




