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その声は誰を裏切る

 ――違う。

 足を止めた瞬間、そう思った。

 ここは“安全ルート”のはずだった。

 俺は確かに聞いた。あの死者の声を。崩落する直前、彼は言っていたはずだ。

「左の通路は……安全だ……」

 だから俺は、迷わず左を選んだ。

 なのに。

 視界の先、通路の床が、ゆっくりと沈み始める。

 嫌な音。石が擦れる、重たい音。

 罠だ。

「……は?」

 思考が一瞬止まる。

 おかしい。完全におかしい。

 今まで、外したことはなかった。多少の誤差はあっても、致命的な間違いはなかった。

 なのに――

 今回は、完全に“外れ”だ。

 それも、致死レベルで。

 床が崩れる。

 反射的に後ろへ跳ぶ。

 だが遅い。

 足場が消え、体が落ちる。

「チッ……!」

 とっさに壁にナイフを突き立てる。

 ガキン、と金属音。腕に衝撃。

 なんとか落下を止める。

 下を見た。

 底が見えない闇。

 そして、ゆっくりと蠢く影。

 モンスターだ。

 落ちたら終わる。

 間違いなく死ぬ。

 ――なんでだ。

 頭の中で、同じ言葉がぐるぐる回る。

 なんで、外れた?

 あの声は確かに言っていた。

 “左は安全”だと。

 なのにこれは――

「……嘘?」

 その瞬間、ぞくりと背筋が冷える。

 初めての感覚だった。

 死者の声を、疑ったのは。

 だが、考える余裕はない。

 腕が限界に近い。

 上に戻るしかない。

 俺はナイフを引き抜き、壁を蹴って一気に跳ぶ。

 縁に手をかけ、這い上がる。

 息が荒い。

「……クソ」

 床は完全に崩れ落ちていた。

 戻れない。

 つまり。

 ここから先に進むしかない。

 “嘘のルート”を。

 ――配信は、続いている。

「……聞こえてるか」

 カメラに向かって言う。

 コメントが一気に流れる。

コメント:

「今の何!?!?」

「落ちかけたぞ」

「いやおかしいだろ」

「安全ルートじゃなかったの?」

「なんでミスった?」

 ……来たな。

 違和感。

 疑問。

 そして、疑い。

「……予定外だ」

 短く言う。

「情報が……違ってた」

コメント:

「は?」

「今まで全部当ててたのに?」

「急に?」

「それ信じるやついる?」

「俺も信じてるわけじゃない」

 自分でも驚くくらい、冷静な声が出た。

「でも、今まで外れたことはなかった」

コメント:

「じゃあなんで外れた?」

「説明しろよ」

「インチキバレた?」

 ざわざわと、空気が変わる。

 信者とアンチの境界が、揺れ始める。

コメント:

「いやたまたまだろ」

「こんだけ当ててきてるんだぞ?」

「逆に今までが異常すぎる」

「……異常、ね」

 思わず笑いそうになる。

 その通りだ。

 俺は、異常なことをしている。

 死者の声を聞いて、それを利用している。

 それが“普通”なわけがない。

 むしろ今までが――

 出来すぎていた。

「……進む」

 俺は前を向いた。

 戻れない以上、進むしかない。

 だが。

 ここから先は、“保証がない”。

 スキルに頼れない可能性がある。

 ――いや。

 頼るしかない。

 俺は目を閉じる。

「……来い」

 意識を沈める。

 残留思念。

 この場で死んだ誰かの“最後”を拾う。

 ノイズ。

 ざらついた音。

 そして――声。

『……右……行くな……』

 低い声。

 男だ。

 息が荒い。

 苦しそうだ。

『右は……ダメだ……』

 ……右はダメ。

 つまり左か?

 さっきと同じだ。

 だが。

 今度は、すぐに決めない。

「……なんで?」

 俺は問いかける。

 当然、返事はない。

 残留思念は一方通行だ。

 だが――

 “違和感”は残る。

 さっきの声と、似ている。

 いや。

 同じだ。

「……同じ奴か?」

 ありえない。

 同じ死者は再利用できないはずだ。

 なのに。

 感触が一致する。

 声の質。

 息遣い。

 恐怖の温度。

 全部、同じ。

 ――おかしい。

 これは、ルール違反だ。

コメント:

「またなんか聞いてる?」

「こいつ今何してる?」

「無言こわ」

「……右はダメらしい」

 そう言った瞬間。

 コメント欄が爆発する。

コメント:

「なんでわかるんだよ!!」

「またそれかよ」

「いや怖すぎる」

「絶対何かあるだろ」

 来た。

 この流れ。

 疑念が確信に変わる直前の、ざわめき。

「信じるかどうかは任せる」

 俺は言う。

「でも俺は、そっちに行かない」

 そして、左へ足を向ける。

 ――さっき失敗した“左”へ。

 普通なら選ばない。

 だが今は。

 “右がダメ”という情報しかない。

 なら、左しかない。

 一歩。

 踏み出す。

 床は、崩れない。

 二歩。

 三歩。

 問題なし。

 ……当たり、か?

 その瞬間。

 空気が変わる。

 冷たい。

 いや、違う。

 “重い”。

 圧がかかる。

「……っ!」

 視界が歪む。

 頭が痛い。

 ノイズが走る。

『なんで……聞いた……?』

 声。

 さっきの男だ。

 だが今度は、はっきりと聞こえる。

『なんで……使うんだよ……俺たちを……』

 心臓が跳ねる。

 これは。

 ただの記憶じゃない。

 “問い”だ。

「……」

 答えられない。

 いや、答えはある。

 でも、それを言葉にしたら。

 終わる気がした。

『俺は……死んだんだぞ……』

 声が近づく。

『怖かった……苦しかった……』

 頭の中に、映像が流れ込む。

 崩れる天井。

 潰れる体。

 叫び。

 絶望。

 ――死。

「……やめろ」

 思わず口に出る。

 だが止まらない。

『なのにお前は……それを……』

 利用する。

 その言葉が、言われる前に分かる。

「……ああ」

 俺は、目を開いた。

「使ってるよ」

 はっきり言った。

「お前らの死を」

 コメント欄が、一瞬止まる。

コメント:

「え?」

「今なんて?」

「やばくね?」

「でもな」

 俺は続ける。

「それで生きてる奴もいる」

「それで助かる奴もいる」

「それで――俺も、生きてる」

 静寂。

 そして、爆発。

コメント:

「開き直った!?」

「最低だろこいつ」

「でも正論ではある」

「いや無理だわ」

 炎上。

 だが。

 同時に、視聴者数が跳ね上がる。

 数字が伸びる。

 バズっている。

 皮肉みたいに。

『……最低だな』

 声が、呟く。

「知ってる」

 俺は答えた。

「でも、やめない」

 その瞬間。

 視界の奥。

 暗闇の中に。

 “何か”が見えた。

 人影。

 ぼやけた輪郭。

 だが、確実にこちらを見ている。

 そして。

 口が、動いた。

『次は……お前だ』

 背筋が凍る。

「……は?」

 次の瞬間。

 地面が、割れた。

 足場が消える。

 今度は逃げ場がない。

 落ちる。

 真っ逆さまに。

 闇の底へ。

 そして、最後に聞こえた。

 無数の声。

『ようこそ』

 ――“残留思念の底”へ。

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