見られている側
画面が落ちた瞬間、世界が一段深く沈んだ。
真っ暗。
だが完全な闇じゃない。
ノイズがある。
ざらついた“視線”みたいなものが、俺の皮膚を撫でていく。
「……回線落ちか?」
呟く。
だが、違う。
カメラのインジケーターは死んでいるのに、俺は“見られている”。
誰に?
『観測、継続』
あの声だ。
死者じゃない。
温度がない。
感情もない。
なのに――確実に“意志”がある。
「……ふざけんなよ」
吐き捨てる。
ダンジョンが、こっちを見ている?
そんな馬鹿な話――
――いや。
今までだって、十分に“おかしかった”。
死者の記憶を覗くスキル。
その記憶が、俺に干渉してくる。
なら。
逆もあり得る。
“向こう側”が、こっちを覗くことも。
『干渉値、上昇』
頭がズキンと痛む。
視界が揺れる。
――誰かの視界が混ざる。
知らない場所。
もっと深い層。
巨大な何か。
壁のような、目のような。
理解した瞬間、吐き気が込み上げた。
「……っ、やめろ……!」
膝をつく。
その瞬間。
――画面が戻った。
ノイズと共に、配信が復活する。
コメント:
「うわ復活した!!」
「今の何!?」
「ブラックアウト怖すぎ」
「おい大丈夫か」
「顔やばいぞ」
呼吸が荒い。
だが、俺は無理やり笑った。
「……ちょっとした通信トラブル」
コメント:
「嘘つけ」
「今の普通じゃない」
「震えてるぞ」
「やっぱこいつ何かやってる」
ざわつきが収まらない。
いい。
むしろ加速してる。
炎上の燃料としては、最高だ。
だが――
耳の奥で、まだ“あれ”がいる。
『観測対象、安定せず』
冷たい声。
俺は歯を食いしばる。
「……黙れ」
コメント:
「誰と話してる?」
「今の誰?」
「一人芝居?」
違う。
これは――本物だ。
俺は立ち上がる。
さっき倒した三人を見下ろす。
動かない。
だが。
――違和感。
「……おい」
足で軽く蹴る。
反応なし。
なのに。
“気配”がある。
死んでるはずなのに。
“残ってる”。
濃い。
今までの残留思念より、明らかに濃度が違う。
嫌な予感しかしない。
「……使うか」
コメント:
「は???」
「まさか」
「また死体使う気かよ」
俺は一瞬、迷う。
さっきの“観測”。
あれの後で、さらに使うのは――明らかに危険。
だが。
情報は力だ。
ここで引けば、終わる。
「……一回だけだ」
自分に言い聞かせる。
そして、手を伸ばす。
触れる。
冷たい。
その瞬間。
――流れ込んだ。
映像。
音。
感情。
だが。
違う。
これは“最後”じゃない。
途中だ。
まだ――終わっていない。
「……は?」
視界の中で、男が笑っている。
さっきの三人の一人。
だが、様子がおかしい。
目が、濁っている。
誰かに“操られている”みたいに。
そして。
背後。
“何か”がいる。
人じゃない。
形が定まらない。
黒い。
揺れている。
それが、囁く。
『返せ』
ぞくりと背筋が凍る。
同じ言葉。
最初に聞いた声と。
だが、違う。
これは――複数。
無数。
「……集合体……?」
コメント:
「何が見えてる?」
「また黙った」
「怖いんだけど」
映像が加速する。
三人が、その“何か”に触れる。
そして。
――侵される。
意識が混ざる。
人格が削られる。
だから。
あいつらは、ああなった。
ただの強盗じゃない。
“何かに動かされていた”。
「……そういうことかよ」
俺は呟く。
コメント:
「説明しろ」
「何がわかった?」
「もったいぶるな」
「こいつらさ」
俺はゆっくり言う。
「ただのクズじゃない」
一拍置く。
「“中身、半分違う”」
コメント:
「は????」
「意味わからん」
「ホラーやめろ」
「鳥肌立った」
その瞬間。
頭が弾けた。
『接続、確認』
あの声。
近い。
さっきより、ずっと。
「……来るな……!」
視界が歪む。
さっき見た“深層”が重なる。
巨大な存在。
それが、こちらを覗いている。
いや。
違う。
――“繋がろうとしている”。
「……っ、切れ……!」
俺は無理やり手を離す。
スキルを強制解除。
息が荒い。
コメント:
「今の何!?」
「顔色やばすぎ」
「ガチで危ないだろ」
「やめろって」
だが、遅い。
耳元で、はっきり聞こえた。
『お前も、使える』
冷たい。
確定した声。
ぞくりとする。
俺は理解した。
これ。
スキルじゃない。
“回路”だ。
死者の記憶を通じて、何かと繋がるための。
「……ふざけんなよ」
笑いが漏れる。
最低だ。
でも――最高でもある。
これ、使い方次第で。
もっと“見える”。
もっと“読める”。
もっと“稼げる”。
コメント:
「なんで笑ってる?」
「こいつ壊れた?」
「やばいやばい」
「でも見たい」
俺はカメラを見た。
「なあ」
軽く言う。
「もっと深いとこ、行きたくない?」
コメント:
「行きたい」
「絶対やばい」
「でも見たい」
「こいつ止まらねえ」
いい。
完全に掴んだ。
恐怖と好奇心。
両方。
その瞬間。
通知が弾けた。
“同時接続:過去最高更新”
チャットが爆発する。
コメント:
「バズってる!!」
「トレンド入りしてる」
「炎上してるぞ」
「ニュースサイト載った」
俺は小さく息を吐く。
来た。
完全に。
だが――
同時に。
別の通知。
赤い。
重い。
“ダンジョン管理局:強制呼び出し”
空気が変わる。
コメント:
「うわああああ」
「ガチでやばい」
「終わったな」
「逮捕くる?」
俺は、少しだけ考える。
行くべきか。
逃げるべきか。
――いや。
決まってる。
「無視で」
コメント:
「は????」
「草」
「こいつやべえ」
「最高」
俺は振り返る。
奥へ。
さらに深い通路。
暗い。
重い。
だが――
“呼ばれている”。
『来い』
無数の声。
死者じゃない。
もっと、深い何か。
俺は笑った。
「じゃあ、続きやるか」
一歩、踏み出す。
その瞬間。
背後で――倒したはずの三人のうち、一人が。
ゆっくりと、起き上がった。




