それは誰の死か
コメント欄に貼られたリンクは、妙に静かにそこにあった。
流れの速いチャットの中で、沈むことなく浮かび続ける異物。
『これ、例の全滅動画』
『見たことあるやついるだろ』
『マジで同じ動きしてる』
指が、動かない。
開くべきじゃないと、どこかでわかっているのに。
それでも――見た。
◇
画面の向こうで、四人の探索者が戦っている。
装備は中堅クラス。動きも悪くない。連携も取れている。
だが。
「右! 右だって!」
誰かが叫ぶ。
その瞬間、画面がぶれる。
巨大な腕が振り下ろされる。
一人、吹き飛ぶ。
残り三人が崩れる。
「三連だ、避けろ!」
叫び。
焦り。
そして。
――三撃目で、首が飛ぶ。
映像が止まる。
コメント欄が荒れる。
『うわ……』
『これか……』
『トラウマ動画じゃん』
俺は、スマホを持つ手を下ろした。
息が浅い。
さっきの戦闘。
俺がやった動き。
全部、この動画と同じだった。
完全に。
「……偶然、だろ」
口に出すが、声は軽い。
自分でも信じていない。
耳元で、声がする。
「だから言ったろ」
低く、乾いた声。
「それ、俺らの最期だって」
喉がひりつく。
俺は、ゆっくりとカメラを見る。
配信はまだ続いている。
コメントは、止まらない。
『説明しろ』
『なんで同じ動きなんだよ』
『怖すぎる』
『こいつ何か知ってるだろ』
視聴者数は、さらに増えていた。
もう、引き返せないところまで来ている。
「……たまたま、似ただけです」
そう言った瞬間。
『嘘だろ』
『いや無理ある』
『偶然でここまで一致しねぇよ』
否定が、雪崩のように流れる。
心臓がうるさい。
だが――。
その奥で、別の音が鳴っている。
カチ、カチ、と。
何かが、はまっていく音。
――これ、バズってる。
恐怖と一緒に、興奮が湧き上がる。
俺は、笑った。
「……じゃあ、証明しますか」
自分でも驚くくらい、軽い声だった。
コメント欄が一瞬止まる。
そして、爆発する。
『は?』
『何を?』
『証明?』
俺はカメラに近づいた。
「次の行動も、当てます」
言い切った瞬間、空気が変わる。
信者とアンチが、同時に騒ぎ出す。
『きたwww』
『やってみろよ』
『外したら終わりな』
逃げ道はない。
だが。
耳元の声は、はっきりしていた。
「この先、分岐。左行くと……」
言葉が、頭に流れ込む。
まるで、自分の記憶みたいに。
◇
俺は立ち上がった。
裏ボスを倒した広間の奥。
さらに続く通路。
本来のルートじゃない、完全な“外側”。
普通なら、誰も来ない場所。
「この先、分かれ道があります」
俺は歩きながら言った。
「左に行くと、三分後に崩落。右が正解です」
コメント欄がざわつく。
『またかよ』
『未来予知か?』
『いやもう確信犯だろ』
通路を進む。
数十秒後。
分かれ道が現れる。
コメント欄が加速する。
『ほんとにあった』
『左行け左www』
『試せよ』
俺は、迷わず右へ進んだ。
数秒後。
背後で、轟音。
振り返る。
左の通路が、崩れ落ちていた。
『え』
『は?』
『マジで?』
沈黙。
そして、一気に流れる。
『なんでわかるんだよ』
『怖い怖い怖い』
『こいつやばい』
視聴者数が跳ね上がる。
数字が、止まらない。
手が、震える。
――楽しい。
明らかに、異常な状況なのに。
それ以上に、快感が勝っていた。
「次もいきます」
自分から、踏み込んでいく。
もう止まれない。
◇
進むほどに、声は増えていった。
一つじゃない。
二つでもない。
重なる。
重なりすぎて、ノイズみたいになる。
「……うるせぇな」
思わず漏れる。
すると、ひとつの声が前に出た。
「整理してやるよ」
さっきの男だ。
「この先、罠は三つ。順番に来る。最初は――」
情報が流れ込む。
だが、その途中で。
別の声が割り込んだ。
「違う、順番逆だ。最初は二つ目だ」
「は? 違うだろ」
「俺は見たんだよ!」
言い争い。
頭の中で。
ぐらりと視界が揺れる。
「……どっちだよ」
思わず呟く。
コメント欄が反応する。
『今なんて言った?』
『誰と会話してる?』
『独り言?』
俺は舌打ちした。
――まずい。
情報が、食い違っている。
今までと違う。
今までは“正解”だけが来ていた。
だが、今は。
“複数の死者の記憶”が、混ざっている。
「……右だ」
最初の声を選んだ。
足を踏み出す。
一歩、二歩。
そして。
――三歩目。
床が、沈んだ。
「っ!?」
咄嗟に後ろへ飛ぶ。
足元で、槍が突き出る。
間一髪。
だが。
『今ミスったよな?』
『避けたけど当たりかけた』
『おいどうした』
コメントが鋭くなる。
俺は息を整えた。
「……ちょっとズレましたね」
誤魔化す。
だが、内心は冷えていた。
――間違えた。
初めて、外した。
耳元で、声が笑う。
「ほらな」
「だから言っただろ」
複数の声が、混ざる。
頭が痛い。
ズキズキと、内側から叩かれるような感覚。
これが――代償か。
『今の説明しろよ』
『完璧じゃなかったのか?』
『ボロ出てきたな』
アンチが勢いづく。
信者が反論する。
『たまたまだろ』
『今まで全部当ててるし』
『嫉妬乙』
対立が、加速する。
配信が、燃え始めている。
俺は、笑った。
痛みを押し殺して。
「……人間なんで、外すこともあります」
そう言いながら。
次の一歩を、踏み出す。
――まだいける。
そう思った、そのとき。
耳元で、今まで聞いたことのない声がした。
「お前、使われてるぞ」
低く、冷たい声。
「俺たちの“記録”をなぞってるだけだ」
足が、止まる。
「この先――」
声が、続く。
「出口、ないぞ」
心臓が、強く鳴る。
コメント欄が流れる。
『どうした?』
『止まったぞ』
『次行けよ』
俺は、ゆっくりと前を見る。
暗い通路。
その先に、何があるのか。
もう、わからない。
それでも。
俺は、笑った。
「……行きます」
その一歩が。
本当に、自分の意思なのか。
もう、わからなくなり始めていた。




