それは誰の正義だ
配信のコメント欄が、珍しく静かだった。
いや、静かというより――“様子を見ている”。
俺はダンジョン第五層の入り口に立っていた。湿った石壁。足元に広がる黒ずんだ染み。それが何かなんて、考えなくても分かる。
「……ここ、事故多いんだよな」
つぶやいた瞬間、頭の奥で“何か”が軋んだ。
――来るぞ。
――足、止めるな。
――振り返るな。
違う声が三つ、同時に響いた。
思わず歯を食いしばる。
まただ。数が増えている。
以前なら一人分の“残留思念”しか拾えなかった。だが今は違う。近くに死者が多いほど、声は重なり、濁り、混ざる。
「……うるせぇな」
小さく吐き捨てる。
コメント:
「今なんか言った?」
「独り言増えてね?」
「大丈夫かこいつ」
「でもここ危険エリアだぞ」
配信は続けている。
止める理由はない。むしろ――止められない。
「進むぞ」
俺は足を踏み出した。
◇
数歩進んだ瞬間、違和感。
床の石が一枚だけ、微妙に沈んでいる。
――踏むな。
――右、壁寄り。
――違う、それフェイクだ。
声がぶつかる。
「……どっちだ」
直感で選ぶしかない。
俺は、あえて中央を踏んだ。
瞬間、床が沈み――壁から槍が飛び出す。
だが。
「遅い」
体をひねって回避。
槍は頬をかすめるだけで終わった。
コメント:
「今の初見で避けた?」
「いやいやいや」
「見えてた?」
「絶対知ってたろ」
「……まあな」
俺は軽く笑う。
だが内心は違う。
外した。
本来なら、完璧に避けられたはずだ。
今のは“反応”で避けただけ。
つまり――情報がズレている。
「嘘、混ざってるな」
ぼそりと呟く。
コメント:
「は?」
「何が嘘?」
「怖いこと言うな」
◇
さらに奥へ進む。
死体が一つ、壁際に転がっていた。
まだ新しい。装備もそこそこ良い。
「……悪いな」
俺はしゃがみ込み、手をかざす。
スキル発動。
【残留思念】
視界が歪む。
音が遠のく。
――逃げろ。
――違う道がある。
――あいつは裏切る。
「……あいつ?」
思わず声に出る。
映像が流れ込む。
パーティ。三人。
一人が振り返り、笑う。
次の瞬間。
背中から剣。
「……は?」
裏切り。
コメント:
「今何見えた?」
「またなんか分かった?」
「顔色やばいぞ」
俺はゆっくり立ち上がる。
「ここ……罠じゃない」
「人だ」
コメント:
「え?」
「どういうこと」
「まさかPK?」
◇
その時だった。
奥の通路から、足音。
誰か来る。
俺は反射的にカメラを向ける。
現れたのは、二人組の探索者。
「お、配信者か」
「ちょうどいいな」
軽い口調。だが目が笑っていない。
ゾクッとした。
さっきの映像。
背中から刺した“あいつ”。
顔が――一致した。
「……あんたら」
俺は一歩下がる。
コメント:
「え、知り合い?」
「空気おかしくね」
「やばいやつ?」
男の一人が笑う。
「なんだよ。そんな警戒すんなって」
もう一人が続く。
「情報、持ってるんだろ?」
心臓が跳ねた。
バレてる。
「……なんの話だ」
とぼける。
だが。
「お前、有名だぜ」
「“死体から情報抜くやつ”」
コメント:
「は?」
「それマジ?」
「都市伝説じゃなかったのかよ」
空気が変わる。
配信の向こう側まで、ざわつきが広がるのが分かる。
「……勝手に言ってろ」
俺は視線を逸らす。
だが男は一歩近づく。
「いい商売してるよな」
「死人は文句言わねぇし」
その一言。
胸の奥が、妙にざらついた。
コメント:
「最低だな」
「でも効率はいい」
「倫理的にアウトだろ」
「いや現実的ではある」
分裂する意見。
いつもの流れだ。
でも――今日は違う。
「……で?」
俺は低く返す。
男はニヤリと笑った。
「俺らにも使わせろよ、そのスキル」
「代わりに――守ってやる」
◇
その瞬間。
頭の奥で、声が爆ぜた。
――信用するな。
――そいつは殺す。
――次はお前だ。
ノイズが走る。
視界がブレる。
「っ……」
膝が一瞬、沈む。
コメント:
「大丈夫か!?」
「顔やばい」
「今の何?」
男が顔を覗き込む。
「おい、平気か?」
その手が伸びる。
――その手、掴むな。
誰かの声。
だが。
俺は、その手を――
掴んだ。
「いいぜ」
口が、勝手に動いた。
自分の意思じゃない。
コメント:
「え?」
「今の即答?」
「おかしくね?」
男たちが笑う。
「話が分かるじゃねぇか」
その瞬間。
頭の中で、別の声が囁いた。
――そいつら、次に殺すのは“お前”だ。
「……知ってるよ」
俺は小さく呟く。
笑みを浮かべながら。
◇
配信のコメント欄は、すでに炎上寸前だった。
コメント:
「今の何」
「完全におかしい」
「操られてる?」
「いや演技だろ」
「こいつ信用できない」
「でも続き見たい」
その中で、一つだけ。
やけに目に焼きつくコメントがあった。
「それ、本当に“お前”の判断か?」
俺はカメラを見た。
そして、笑った。
「さあな」
次の瞬間。
背後で、何かが“動いた”。
さっきの死体。
――起き上がった。




