通報が鳴り止まない
スマホの通知音が、止まらない。
ピロン、ピロン、ピロン。
耳障りなほどに。
「……うるせぇな」
ダンジョン入口付近。
一時帰還用の待機スペース。
さっきの配信を終えて、まだ五分も経っていない。
なのに。
通知は、すでに三桁を超えていた。
SNS、DM、配信プラットフォームからの警告、そして――
「……通報?」
表示を開く。
【あなたの配信は複数のユーザーから通報されました】
その下に並ぶ理由。
・暴力的コンテンツ
・倫理違反
・人命軽視
・不適切な発言
……笑える。
「今さらかよ」
ここまで来るのに、何人分の“声”を使ってきたと思ってる。
ただ、それが――
“生きてるやつ”になっただけだろ。
……いや。
違う。
それが問題なんだ。
画面を閉じる。
だが通知は止まらない。
コメント欄のログを開く。
『あれマジでやったの?』
『まだ生きてるって言ってたよな』
『あれ殺したってこと?』
『普通に犯罪じゃね?』
『いやダンジョン内ならセーフ説ある』
『いやアウトだろwww』
『配信BANされろ』
『でも続き気になるんだよな…』
……これだ。
炎上してるのに、離れない。
むしろ、増えてる。
同接の記録を確認する。
「……は?」
思わず声が漏れた。
過去最高。
しかも。
倍近い。
「……バグか?」
いや、違う。
これは。
“燃えてる”んだ。
そして。
その火に、人が集まってる。
人間は火事が好きだ。
特に――
他人が燃えてる時は。
椅子に腰を下ろす。
深く息を吐く。
頭の奥が、ざわついている。
「……おい」
呼びかける。
当然、返事はない。
さっきの“声”は。
もう聞こえない。
あいつは。
もう。
“死んだ”。
……だから使える。
「……残留思念」
試すように呟く。
一瞬。
静寂。
そして。
「――聞こえてるぞ」
来た。
はっきりと。
あの声。
「……ほんとに、死んだんだな」
「お前が壊したんだろ」
淡々とした声。
責めるでもなく。
怒るでもなく。
ただ、事実を述べる。
それが逆に。
気持ち悪い。
「……で、続きだ」
切り替える。
「この先、どう行けばいい」
間。
少しだけ。
「……もうやる気か」
「当たり前だろ」
笑う。
「これで終わるわけねぇだろ」
コメント欄を開く。
すでに新しい配信の待機が立っていた。
『再開まだ?』
『逃げた?』
『さすがに怖くなったか』
『いや来るだろこいつは』
『絶対来る(確信)』
……見透かされてる。
だが。
それでいい。
「配信、つけるぞ」
宣言する。
そしてボタンを押す。
画面が切り替わる。
カウントダウン。
接続数が、一気に跳ね上がる。
……早い。
異常な速度で増えていく。
「……おかえり」
軽く言う。
一瞬の沈黙。
そして。
爆発。
『きたあああああああ』
『待ってた』
『通報したわ』
『いや普通に続けるの草』
『こいつ頭おかしい』
『で、さっきのどうなった?』
『人殺し配信者www』
いい。
全部、燃料だ。
「さっきの続きな」
淡々と話す。
「結論から言うと――」
一拍。
「攻略、成功」
一瞬、静まる。
そして。
『は?』
『は?????』
『早すぎるだろ』
『何があった』
『説明しろ』
「まあ、ちょっとイレギュラーがあってな」
軽く濁す。
だが。
隠す気はない。
「“まだ死んでないやつ”の情報を使った」
沈黙。
完全に。
コメント欄が、止まる。
そして。
一気に流れる。
『それアウトだろ』
『倫理観どこいった』
『いやでも合理的ではある』
『いや怖すぎる』
『もう人間じゃねぇよ』
『でも最強じゃね?』
笑う。
自然と。
「強いよな、このスキル」
ぽつりと呟く。
その瞬間。
頭の奥で、何かが軋んだ。
ぐにゃり、と。
視界が歪む。
「……ッ」
思わずこめかみを押さえる。
『おい大丈夫か』
『今の何』
『顔やばいぞ』
『副作用?』
……違う。
これは。
「なあ」
声がする。
頭の中で。
「お前、さっき笑ったな」
「……あ?」
「人を使って、笑った」
ぞくり、とする。
違う。
これは。
さっきの声じゃない。
別の。
もっと。
濁った。
「……誰だ」
「覚えてないのか?」
ざわり、と背筋が粟立つ。
映像が、よぎる。
過去の配信。
使った“声”。
その中の。
一つ。
「……お前」
「やっと気づいたか」
笑う。
歪んだ声で。
「一回しか使えないんじゃなかったのか?」
コメント欄が荒れる。
『今の誰と話してる?』
『複数いる?』
『え、仕様違くね?』
『それバグじゃね?』
『怖い怖い怖い』
……違う。
これは。
バグじゃない。
侵食だ。
“残ってる”。
使ったはずのやつが。
消えてない。
「……ふざけんな」
吐き捨てる。
だが。
声は止まらない。
「お前さ」
囁く。
「どんどん“混ざってる”ぞ」
頭の中で。
複数の声が、重なる。
さっきのやつ。
過去のやつ。
知らないやつ。
「やめろ」
「やめる?」
笑う。
「もう無理だろ」
視界が、揺れる。
コメント欄が歪む。
文字が読めない。
なのに。
声だけは、はっきりと聞こえる。
「なあ」
低く。
囁く。
「次は誰を使う?」
息が止まる。
そして。
画面に。
一つのコメントが流れる。
『なあ、その声……俺にも聞こえてるんだけど』
――は?
思考が止まる。
コメント欄が、一瞬で凍る。
『え?』
『は?』
『今の何?』
『釣りだろ』
『いや待て』
『聞こえるってどういうこと?』
心臓が、跳ねる。
あり得ない。
これは。
俺だけの。
スキルのはずだ。
「……おい」
声を出す。
「今の、誰だ」
だが。
返事はない。
代わりに。
同じコメントが。
何度も。
何度も。
流れる。
『聞こえる』
『聞こえる』
『聞こえる』
画面が埋まる。
それだけで。
埋め尽くされる。
頭の中の声と。
画面の文字が。
完全に一致する。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
やばい。
これは。
やばい。
「なあ」
また、声。
「広がってるぞ」
背筋が凍る。
「お前の“それ”」
一拍。
そして。
「もうお前だけのものじゃない」
配信画面の向こう。
無数の視聴者。
その全員に。
“何か”が届いている。
――そんな、あり得ないことが。
今。
起きている。
『これマジならやばい』
『拡散されるぞ』
『もう止められない』
『お前、何したんだよ』
知らない。
分からない。
だが。
一つだけ。
確信している。
これは。
もう。
戻れない。
そして。
画面の端に。
新しい通知が表示される。
【運営からの重要なお知らせ】
嫌な予感しかしない。
だが。
開く前に。
頭の中の声が、囁いた。
「いいじゃん」
楽しそうに。
「もっと広げようぜ」
――誰の声だ、それは。




