それは誰の“最期”だ
それは、今までと明らかに違った。
ダンジョン第十五層。
ここまでは“安全に来られた”。
いや、違う。
正確には――安全に“させてもらっていた”。
「……変だな」
足を止める。
空気が重い。湿っている。腐敗臭ではない。もっと、静かな違和感。
“声”が、ない。
いつもなら。
どこかに死体があって、そこから“最後の断片”が滲み出る。
だが今は違う。
静寂。
まるで、この階層だけ――
“死んでいない”。
コメントが流れる。
『なんか雰囲気違くね?』
『ここ初見?』
『おい急に黙るな』
『いつもみたいに教えてくれよw』
……教える?
違う。
“聞く”んだよ、俺は。
「……残留思念」
呟く。
スキルを発動する。
――何も来ない。
……は?
もう一度。
「残留思念」
沈黙。
耳鳴りすらない。
背中に、じわりと汗が滲んだ。
「……おかしいだろ」
ここまで“外れ”はなかった。
多少の誤差や嘘はあっても、“何も聞こえない”ことはない。
なのに。
『スキル不発?』
『ざっこw』
『いやこれヤバくね?』
『今まで全部演技説』
コメントが荒れる。
……違う。
これは――
“使えない”んじゃない。
“いない”んだ。
死者が。
この階層には。
「……全員、生きてる?」
そんなはずがない。
ここは第十五層。
中堅探索者でも事故る場所だ。
死者がゼロ?
あり得ない。
なら答えは一つ。
“消されてる”。
死体ごと。
情報ごと。
「……誰が?」
その時。
ガリッ、と。
奥から音がした。
石を引きずるような音。
配信カメラがそちらを向く。
暗闇。
ゆっくりと、何かが動く。
……人影?
いや。
違う。
“積み重なってる”。
人が。
何人も。
潰れて、重なって、繋がって。
それが、動いている。
『え』
『なにあれ』
『グロすぎ』
『集合体?』
『ボス?』
それは、こちらを向いた。
顔が、いくつもある。
目が、合う。
その瞬間。
――声が、来た。
爆発的に。
「たすけて」
「いたい」
「やめろ」
「ちがう」
「ころすな」
「うそだ」
「にげろ」
「こいつが」
「こいつが」
「こいつが」
頭が割れそうになる。
「……ッ!!」
膝が崩れる。
視界が揺れる。
コメント欄が爆速で流れる。
『おい大丈夫か!?』
『なんか聞こえてるだろ』
『顔やばいぞ』
『これマジで危険じゃね?』
『やめろ帰れ!!!』
……違う。
これは。
“いつもの”残留思念じゃない。
これは――
“まだ残ってる”。
“生きたままの断末魔”。
「……あれ、全部……」
あの集合体。
あれは死体じゃない。
“未完了の死”だ。
だから消えていない。
だから、聞こえる。
……いや。
違う。
聞こえすぎている。
「――来るぞ」
誰かの声が、混じる。
それは他の断末魔と違った。
冷静で。
はっきりしていて。
“指示”だった。
「足元、罠だ。動くな」
反射的に止まる。
次の瞬間。
さっきまで踏んでいた場所が、崩れた。
底なしの穴。
『え!?』
『今の見た!?』
『回避した!?』
『なんでわかる!?』
……今の声。
今までのとは違う。
明確に“導いている”。
「右に三歩」
動く。
「そのまま振り向け」
従う。
集合体が、すぐそこまで来ていた。
だが。
動きが止まる。
「そこは来れない。境界だ」
「……お前、誰だ」
問いかける。
一瞬、沈黙。
そして。
「――俺は、“まだ死んでない”」
背筋が凍る。
コメントが止まる。
『は?』
『え?』
『今なんて?』
『死んでない???』
「俺はあれに取り込まれてる。だが、意識が残ってる」
「……は?」
「お前のスキル、便利だな」
笑った。
頭の中で。
「“死者の声を聞く”んだろ?」
「……そうだ」
「じゃあ今はどうだ?」
言葉に詰まる。
「俺は死んでない。だから本来、お前には聞こえない」
「……」
「でも聞こえてる」
ぞくり、とする。
「つまりお前のスキル――」
一瞬、間。
そして。
「“死者限定じゃない”」
心臓が跳ねた。
コメント欄が爆発する。
『は?????』
『設定崩壊www』
『いやこれやばいだろ』
『何でもありじゃん』
『それもうチートじゃなくてバグだろ』
違う。
違う。
これは。
“拡張”じゃない。
“侵食”だ。
スキルが壊れてる。
境界が曖昧になってる。
「なあ」
声が囁く。
「俺を、使うか?」
「……は?」
「ここを抜ける方法、全部教える」
甘い。
異様に。
危険なほど。
「その代わり――」
息を呑む。
「“あれ”を、壊せ」
視線の先。
集合体が、蠢く。
顔が一斉にこちらを見る。
無数の目。
無数の“未完了”。
「壊せば、俺は死ぬ」
「……」
「そしたらお前は、俺を“完全に使える”」
沈黙。
コメントが割れる。
『やれ』
『やめろ』
『それ人殺しだろ』
『でも助かるなら…』
『最低だなお前ら』
『主人公どうする』
……決まってるだろ。
俺は。
最初から。
そういうやつだ。
「――案内しろ」
静かに言った。
コメント欄が凍る。
『え』
『今なんて言った?』
『マジかこいつ』
『終わったわ』
『人として終わってる』
知るか。
俺は。
“死者を使ってここまで来た”。
今さら一人増えたところで――
「違うぞ」
声が笑う。
「これは“最初の一人”だ」
意味が分からない。
だが。
次の言葉で、すべてが崩れる。
「ここから先、“死ぬ前に使う”ことになる」
――は?
「お前はこれから、“生きてる人間”を使う」
思考が止まる。
コメント欄も止まる。
完全な静寂。
そして。
たった一行。
『それ、もう人間じゃないだろ』
画面に残った。
配信は、過去最高の同時接続を記録していた。
そして。
通報数も。




