俺の中にいる“誰か”
――視界が、沈む。
黒い。
どこまでも、底のない闇。
だが、ただの暗闇じゃない。
“ざわざわ”している。
声だ。
無数の、声。
「……聞こえるか?」
低い声が、すぐ近くで響いた。
俺は、息を飲む。
振り返る。
誰もいない。
なのに。
確かに“いる”。
◇
「ここは……どこだ」
声がかすれる。
返事は、すぐに来た。
「お前の中だ」
即答。
迷いがない。
俺は、眉をひそめる。
「……ふざけてるのか」
「むしろ逆だ」
くすり、と笑う気配。
「やっと、真面目な話ができる」
ぞくり、と背筋が冷える。
この感覚。
――知っている。
ダンジョンで、何度も感じた。
“残留思念”。
だが。
規模が違う。
数が、桁違いだ。
◇
気づく。
足元。
黒い水面のようなものが広がっている。
そこに。
無数の顔が、浮かんでいる。
歪んだ表情。
苦痛。
恐怖。
絶望。
全部、“死ぬ瞬間”。
「……っ」
息が詰まる。
コメント欄が爆発する。
『え、なにここ』
『精神世界!?』
『怖すぎるんだが』
『今までの死者全部?』
『これヤバい領域入ってる』
そう。
分かる。
これは。
俺が今まで“使ってきた”もの。
全部だ。
◇
「ようこそ」
声が、近づく。
そして。
目の前に、現れる。
――俺。
そっくりの姿。
だが。
目が違う。
冷たい。
底がない。
「お前……」
言葉が出ない。
そいつは、笑う。
「“次の俺”だよ」
軽く言う。
冗談みたいに。
だが。
冗談じゃない。
◇
「……何が、目的だ」
俺は、睨む。
そいつは、肩をすくめる。
「目的?」
少し考えて。
あっさり言った。
「引き継ぎ」
コメント欄が凍る。
『は?』
『引き継ぎって何』
『乗っ取り確定じゃん』
そいつは、続ける。
「お前、もう限界だろ」
「使いすぎた」
足元の顔たちが、ざわめく。
「こいつら、全部“お前の中”だ」
「溜まってる」
「腐ってる」
「混ざってる」
言葉が、刺さる。
否定できない。
◇
「だから」
そいつが、一歩近づく。
「次は俺がやる」
手を伸ばしてくる。
触れれば。
終わる。
直感で分かる。
コメント欄が絶叫する。
『逃げろ!!』
『触るな!!!』
『それアウト!!』
だが。
足が、動かない。
体が重い。
意識が、沈む。
◇
「安心しろよ」
そいつが、優しく言う。
「悪い話じゃない」
「お前は楽になる」
「俺は強くなる」
「Win-Winだ」
笑う。
その顔が。
自分と同じなのが、気持ち悪い。
◇
「……ふざけるな」
やっと、声が出た。
小さい。
震えている。
だが。
確かに、言った。
そいつが、眉を上げる。
「まだ抵抗するのか」
「当然だ」
俺は、歯を食いしばる。
「これは……俺のだ」
足元の顔たちを、見る。
苦しんでいる。
叫んでいる。
恨んでいる。
でも。
全部。
俺が“使った”ものだ。
◇
「だから」
俺は、一歩踏み出す。
重い。
だが。
動く。
「逃げねえ」
はっきり言う。
コメント欄が揺れる。
『主人公…』
『やめとけって』
『でもここで逃げたら終わる』
そいつが、ため息をつく。
「面倒だな」
その瞬間。
空間が、歪む。
◇
無数の“俺”が現れる。
さっきと同じ。
だが。
今度は、違う。
全部。
“壊れてる”。
目が死んでいる。
口元が歪んでいる。
「これが未来だ」
そいつが言う。
「抵抗した場合のな」
一斉に襲いかかってくる。
◇
動け。
動け。
動け。
体が言うことを聞かない。
だが。
俺は、叫ぶ。
「……聞け!!」
その瞬間。
足元の顔たちが、静まる。
ざわめきが止まる。
俺は、続ける。
「お前らの声だろ」
「最後の情報だろ」
「だったら――貸せよ」
一瞬の静寂。
そして。
爆発する。
◇
声が、一斉に流れ込む。
「左だ!」
「後ろ来るぞ!」
「フェイントだ!」
「足元崩れる!」
無数の声。
全部、違う。
全部、本物。
頭が割れそうになる。
だが。
今は、それでいい。
◇
体が、動く。
勝手に。
だが、完璧に。
攻撃を避ける。
流す。
捌く。
さっきまでとは違う。
これは。
――“共有”。
コメント欄が爆発する。
『やばいこれ』
『集合知!?』
『死者パーティーきた!!』
俺は、踏み込む。
迷いはない。
声が導く。
◇
「……なるほど」
そいつが、笑う。
「そう使うか」
だが。
表情に、余裕がない。
初めてだ。
俺は、止まらない。
一気に距離を詰める。
ナイフを振る。
避けられる。
だが。
次。
次。
次。
全部、読まれる前に。
全部、ずらす。
◇
「っ……!」
ついに。
刃が届く。
そいつの頬を裂く。
血が流れる。
コメント欄が爆発する。
『当たった!!』
『逆転あるぞ!!』
『主人公覚醒2段階目』
だが。
次の瞬間。
頭に、ノイズが走る。
声が、乱れる。
◇
「……限界だ」
そいつが、静かに言う。
「それ、長くは持たない」
確かに。
分かる。
崩れている。
声が、混ざる。
嘘と真実が、分からなくなる。
◇
「選べ」
そいつが、手を広げる。
「ここで終わるか」
「それとも」
一歩近づく。
「俺になるか」
沈黙。
コメント欄も、止まる。
◇
俺は、息を吐く。
そして。
笑った。
「……どっちも嫌だな」
小さく言う。
そいつが、眉をひそめる。
俺は、ナイフを構える。
「だから」
一歩踏み出す。
「壊す」
◇
その瞬間。
全ての声が、止まる。
世界が、ひび割れる。
そいつの表情が、初めて崩れる。
「……お前、まさか」
俺は、迷わない。
ナイフを、自分の胸に向ける。
コメント欄が絶叫する。
『やめろ!!』
『それダメだ!!』
『詰みじゃん!!』
だが。
俺は、笑う。
「これ、俺の中だろ」
なら。
――壊せる。
◇
刃を、突き立てる。
その瞬間。
世界が、砕ける。
声が、消える。
そいつが、叫ぶ。
「やめろ!!」
だが。
止まらない。
全部が、崩れる。
◇
そして。
静寂。
◇
次に目を開けた時。
俺は、ダンジョンに戻っていた。
息が荒い。
体が重い。
だが。
――意識は、俺のままだ。
コメント欄が爆発する。
『戻った!?』
『生きてる!!』
『何したんだ今!?』
俺は、ゆっくり立ち上がる。
だが。
違和感。
視界の端に。
小さなログが浮かぶ。
それは。
――“観測不能の死”。
初めて見る種類。
そして。
その下に。
小さく、書かれていた。
――“観測者:不明”。
背筋が、凍る。
コメント欄も、ざわつく。
『なにそれ』
『新要素きた』
『これやばいやつ』
俺は、呟く。
「……まだ、終わってねえな」
ダンジョンの奥から。
何かが、こちらを“見ていた”。




