表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/74

観測される側

 ――“観測不能の死”。

 それは、これまで見てきたどのログとも違っていた。

 色がない。

 音もない。

 ただ、そこに“空白”として存在している。

「……なんだよ、これ」

 俺は思わず呟く。

 視界の端に貼り付いたそれは、消えない。

 意識を逸らしても、追ってくる。

 まるで――

 “見られている”証拠みたいに。

 ◇

 ダンジョンは静まり返っていた。

 さっきまでの戦闘の余韻が、嘘みたいに消えている。

 だが。

 空気が違う。

 重い。

 粘つく。

 そして、何より――

 “視線”がある。

「……いるな」

 俺は低く呟く。

 誰もいないはずの通路。

 だが、確信がある。

 見ている何かが。

 コメント欄がざわつく。

『また新キャラ?』

『いやボスじゃね?』

『観測不能って何だよ怖い』

『今までと違う系統だな』

『これガチでヤバいやつだろ』

 俺は、ゆっくりと歩き出す。

 ◇

 一歩、踏み出す。

 その瞬間。

 頭にノイズが走る。

「……っ」

 思わず足を止める。

 これは。

 “残留思念”じゃない。

 流れ込んでこない。

 むしろ――

 遮断されている。

 ◇

「……使えねえのか」

 俺は、舌打ちする。

 スキルが。

 効いていない。

 コメント欄が爆発する。

『は!?』

『初めてじゃね?』

『チート封じきた』

『詰みじゃん』

『どうすんのこれ』

 そう。

 これは初めてだ。

 今まで、どんな相手でも。

 死者はいた。

 情報はあった。

 だが、ここには――

 “死がない”。

 ◇

「……違うな」

 俺は、首を振る。

 違う。

 “死が観測できない”。

 それだけだ。

 なら。

 あるはずだ。

 見えていないだけで。

 ◇

「……試すか」

 俺は、小さく呟く。

 そして。

 足元の壁に、ナイフを突き立てる。

 軽く、傷をつける。

 石が削れる音。

 それだけ。

 だが。

 次の瞬間。

 頭に、微かな“引っかかり”が生まれる。

 ◇

「……来た」

 小さい。

 弱い。

 だが、確かに。

 “残留思念”が、発生した。

 コメント欄がざわつく。

『え?』

『今ので?』

『自作ログ?』

 そう。

 俺は、理解する。

「新しく作ればいい」

 過去が見えないなら。

 未来が見えないなら。

 “今”を刻めばいい。

 ◇

 俺は、壁をさらに削る。

 床を叩く。

 小さな傷を増やしていく。

 そのたびに。

 微弱なログが、生まれる。

 ◇

「……なるほどな」

 だんだん見えてくる。

 この空間。

 “観測を拒否してる”わけじゃない。

 “古い観測を消してる”。

 だから。

 新しいものなら、残る。

 ◇

「なら――」

 俺は、歩き出す。

 わざと足音を立てる。

 壁に触れる。

 空気を切る。

 全部、“記録”するように。

 ◇

 その時。

 背後で、音がした。

 コツ。

 コツ。

 ゆっくり。

 確実に。

 振り返る。

 誰もいない。

 だが。

 “来ている”。

 ◇

 俺は、ナイフを構える。

 呼吸を整える。

 そして。

 “今作ったログ”を読む。

 ◇

「……右から来る」

 小さく呟く。

 直後。

 空気が裂ける。

 何かが、通る。

 見えない。

 だが。

 そこに“いた”。

 コメント欄が爆発する。

『見えない敵!?』

『ホラーすぎる』

『これ配信映ってんの?』

『いや何も見えない』

『主人公だけ分かってる』

 ◇

「……そういうことか」

 俺は、理解する。

 こいつは。

 “観測されない存在”。

 見えない。

 記録されない。

 だから。

 死も残らない。

 ◇

 だが。

 今は違う。

 俺が、“記録している”。

 この瞬間。

 この動き。

 全部。

 “ログ化”している。

 ◇

「なら」

 俺は、一歩踏み出す。

 さっきの位置。

 さっきの速度。

 全部を再現する。

 そして。

 “そこ”に、ナイフを振る。

 ◇

 手応え。

 確かな、肉の感触。

「っ……!」

 見えない何かが、揺れる。

 空気が歪む。

 コメント欄が爆発する。

『当たった!!』

『やべえええ』

『見えない敵にヒットとかチートすぎ』

 ◇

 だが。

 次の瞬間。

 頭に、強烈な違和感。

 ログが、消える。

 今作ったばかりの記録が。

 “消される”。

「……っ!」

 まずい。

 これは。

 長期戦は無理だ。

 記録が消される前に。

 決めるしかない。

 ◇

「……来いよ」

 俺は、挑発する。

 ナイフを下げる。

 無防備に見せる。

 コメント欄が騒ぐ。

『何してんの!?』

『自殺行為』

『でもこれ誘ってる?』

 ◇

 来る。

 気配が。

 一直線。

 速い。

 だが。

 読める。

 さっき刻んだログが、まだ残っている。

 その一瞬。

 ◇

 俺は、動く。

 ギリギリまで引きつけて。

 横にずれる。

 そして。

 全力で、突き出す。

 ◇

 貫く。

 確実に。

 中心を。

 ◇

 空気が、裂ける。

 見えない何かが。

 初めて。

 “輪郭”を持つ。

 歪んだ影。

 人の形に近い。

 だが。

 顔がない。

 目がない。

 ただ。

 “穴”のような空間が、そこにある。

 ◇

「……これが」

 俺は、息を呑む。

 コメント欄が凍る。

『なにあれ』

『バグみたいな存在』

『怖すぎる』

 ◇

 影が、揺れる。

 そして。

 初めて、“声”がした。

「……観測、確認」

 無機質。

 感情がない。

「対象、適合」

 嫌な予感。

 最悪の予感。

 ◇

「なに言って――」

 言い終わる前に。

 影が、溶ける。

 そして。

 俺の中に、流れ込んでくる。

「っ……!?」

 頭が割れる。

 視界が、白くなる。

 ◇

 コメント欄が絶叫する。

『取り込まれた!?』

『終わり!?』

『これアウトだろ!!』

 ◇

 意識が、沈む。

 また。

 あの場所に。

 だが。

 今度は違う。

 声がない。

 静かすぎる。

 そして。

 目の前に、表示される。

 新しいログ。

 それは。

 ――“観測者の視点”。

 ◇

 そこには。

 俺が、映っていた。

 戦っている俺。

 もがいている俺。

 そして。

 “選ばれている俺”。

 ◇

「……は?」

 理解が、追いつかない。

 だが。

 一つだけ、分かる。

 俺は。

 見ている側じゃない。

 ◇

 ――見られている側だ。

 ◇

 その瞬間。

 ログが、更新される。

 新しい一文が追加される。

 ――“次の観測対象、確定”。

 名前。

 そこに。

 はっきりと。

 “俺の名前”が、書かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ