影は配信を見ている
――あいつは、ここにいる。
確信だった。
根拠はない。
だが、“見た”。
自分の死の中で。
俺は確かに、“誰か”に殺されていた。
それも――このダンジョンの中で。
「……行くぞ」
俺は小さく言った。
足を前に出す。
さっきまでの軽さはない。
空気が違う。
ダンジョンが、静かすぎる。
男が顔をしかめる。
「待て。さっきの話、本当なのか?」
「本当だ」
即答する。
隠しても意味がない。
どうせ配信で全部流れている。
女が小さく呟く。
「……自分の死を見た、ってこと?」
「ああ」
短く答える。
その瞬間。
コメント欄が爆発した。
『また新能力!?』
『未来視じゃん』
『いや怖すぎるだろ』
『でもそれチートすぎね?』
『流石に嘘くさい』
アンチも混ざる。
いつも通り。
だが。
今回は違う。
「チートじゃない」
カメラを見て、はっきり言う。
「これ、“死亡ログ”だ」
空気が、止まる。
『は?』
『意味わからん』
『未来じゃなくてログ?』
俺は続ける。
「まだ起きてないけど、“起きたことになる可能性”」
言いながら、自分でも整理している。
「つまり――」
少し間を置く。
「俺は、“死者側”に片足突っ込んだ」
その一言。
コメント欄が、一瞬で凍る。
そして。
『それやばいだろ』
『戻れなくなるやつじゃん』
『倫理的にアウトどころじゃない』
炎上の匂いが、濃くなる。
だが、今はそれどころじゃない。
◇
俺は、歩き出した。
暗い通路。
壁は湿っている。
水滴が落ちる音が、妙に響く。
そして。
――視線。
誰かに見られている。
確実に。
「……気づいてるか?」
男が小声で言う。
「ああ」
短く返す。
女も武器を構える。
「さっきから、気配が消えない」
そう。
普通の敵じゃない。
近づいてくるわけでもない。
逃げるわけでもない。
ただ。
――見ている。
コメント欄がざわつく。
『ストーカー系か?』
『これ絶対ボスじゃない』
『人間系だろ』
俺は、足を止めた。
そして。
ゆっくりと、振り返る。
「……出てこいよ」
声をかける。
反応はない。
静寂。
だが。
確実に、いる。
そのとき。
耳元で、声がした。
「……見えてるくせに」
ぞわりと背筋が震える。
振り返る。
誰もいない。
だが。
今のは、間違いなく――。
コメント欄が爆発する。
『今の誰!?』
『声入ったぞ』
『ガチでやばい』
◇
「……配信、見てるな」
俺は呟いた。
男が眉をひそめる。
「は?」
「俺たちの動き、全部知ってる」
女が息を飲む。
「……まさか」
そう。
あの“死の映像”。
あれは、ただの未来じゃない。
“観測された結果”だ。
つまり。
――誰かが、見ている。
コメント欄が騒ぐ。
『メタきた』
『配信者狩り?』
『リスナー犯人説』
俺は、カメラに近づいた。
そして。
低く言う。
「見てるんだろ」
沈黙。
数秒。
そして。
コメント欄に、一つの書き込みが流れた。
『見てるよ』
空気が、凍る。
『え?』
『今の誰?』
『ネタだろ?』
だが。
違う。
直感が告げている。
――こいつだ。
俺は、そのコメントを凝視する。
ユーザー名。
見覚えがない。
だが。
次の瞬間。
そいつが、もう一度書き込んだ。
『さっきの死に方、良かったよ』
背筋が、完全に凍る。
男が叫ぶ。
「なんだそれ!?」
女も顔を青くする。
コメント欄が大炎上する。
『やばすぎ』
『通報案件』
『演出じゃないよなこれ』
俺は、ゆっくりと口を開く。
「……お前がやったのか」
問いかける。
すると。
すぐに返事が来る。
『半分正解』
その瞬間。
空気が、歪んだ。
◇
壁が、ひび割れる。
床が、軋む。
そして。
“それ”が、現れた。
人の形。
だが、輪郭が曖昧。
顔が、定まらない。
何人もの顔が、重なっている。
「……お前」
俺は睨む。
あの映像の“影”。
間違いない。
「配信、便利だよな」
そいつが笑う。
「勝手に情報が流れてくる」
ぞわりとする言葉。
「お前の動きも、癖も、全部」
男が舌打ちする。
「クソが……!」
女も構える。
だが。
俺は、動かなかった。
わかっている。
こいつは、普通じゃない。
「お前、何者だ」
俺は問いかける。
そいつは、少しだけ考える素振りを見せて。
そして、答えた。
「……お前の、“次”だよ」
意味が、わからない。
だが。
次の言葉で、理解する。
「死んだお前の“残り”」
息が止まる。
コメント欄が爆発する。
『は????』
『主人公の残留思念!?』
『それはアカン』
そう。
こいつは。
――俺の“成れの果て”。
◇
「だから、知ってる」
そいつが一歩踏み出す。
「お前がどう動くか」
ナイフを握る手が、汗ばむ。
読まれている。
完全に。
「でも」
そいつが、笑う。
「まだ、全部じゃない」
その言葉。
わずかな希望。
俺は、息を整える。
そして。
ゆっくりと構える。
「……なら、試すか」
低く言う。
コメント欄がざわつく。
『やるのか』
『勝てるのか?』
『同一人物対決とか熱い』
俺は、一歩踏み出す。
そして。
心の中で、呟く。
――こいつは、“死んだ俺”。
なら。
まだ死んでない俺には。
“選択”がある。
次の瞬間。
そいつが、囁く。
「……次は、どの死を選ぶ?」
世界が、歪む。
視界が、裂ける。
再び。
無数の“俺の死”が、広がる。
俺は、歯を食いしばる。
――選ばないと、殺される。
そして。
選んでも、死ぬ。
コメント欄が叫ぶ。
『詰みだろこれ』
『どうすんだよ』
『主人公!』
俺は、目を閉じた。
そして。
――一つを、選んだ。




