自分の死を視た男
――俺は、死んでいた。
視界は、真っ暗だった。
だが、不思議と恐怖はない。
代わりにあるのは――違和感。
「……これ、夢か?」
声に出す。
音は、妙にくぐもっている。
自分の声なのに、どこか他人のものみたいだ。
次の瞬間。
“音”が、流れ込んできた。
「おい! しっかりしろ!」
男の声。
「反応ない……!」
女の声。
これは――現実だ。
俺の体の周りで、二人が叫んでいる。
つまり。
――俺は、倒れている。
コメント欄も、聞こえる。
『え?倒れた?』
『死んだ?』
『嘘だろ』
その全てが、遠い。
水の中にいるみたいに。
ぼやけている。
◇
そして。
“それ”は、始まった。
視界が、切り替わる。
ダンジョン。
いつもの通路。
だが。
――違う。
俺がいる。
目の前に。
もう一人の、俺。
立っている。
呼吸している。
生きている。
「……は?」
理解が追いつかない。
だが。
次の瞬間。
そいつが、動いた。
ナイフを握る。
構える。
そして――。
自分の喉に、突き立てた。
鮮血。
崩れ落ちる体。
呼吸が止まる。
――死。
「っ……!」
思わず目を逸らす。
だが、逸らせない。
強制的に見せられる。
“自分の死”。
コメント欄が荒れる。
『なんだこれ!?』
『今の映像なに!?』
『演出じゃないよな?』
違う。
これは。
――ログだ。
俺の。
◇
「……冗談だろ」
震える声で呟く。
ありえない。
俺は、まだ生きている。
なのに。
“死んだ記録”がある。
耳元で、声が囁いた。
「これが、お前の“可能性”だ」
冷たい声。
あの“異質な声”。
「お前も、死ぬ側になった」
背筋が凍る。
理解する。
今までの俺は。
“見る側”だった。
死者の記録を、覗く側。
だが、今は違う。
――“記録される側”だ。
◇
次の映像。
別の死。
今度は、圧死。
天井が落ちてくる。
逃げ遅れる。
潰される。
次。
焼死。
炎に包まれる。
叫ぶ。
助けを求める。
だが――誰もいない。
次。
斬殺。
誰かに背後から刺される。
振り返る。
顔が見える。
――俺だ。
「やめろ……」
呟く。
だが、止まらない。
次々と。
無数の“俺の死”が流れる。
コメント欄が狂う。
『多すぎる』
『これ全部死ぬパターン?』
『精神壊れるぞ』
頭が、割れそうだ。
理解が追いつかない。
だが、ひとつだけ。
はっきりしている。
――全部、あり得る。
◇
「……なんでだ」
声が震える。
「俺は、死んでない」
当たり前の事実。
なのに。
この状況では、通用しない。
「違う」
声が返る。
あの“異質な声”。
「まだ、死んでないだけだ」
息が止まる。
「どれか一つは、必ず来る」
冷たい断定。
逃げ場がない。
コメント欄がざわつく。
『未来視?』
『確定死亡?』
『詰みじゃん』
俺は、歯を食いしばる。
考えろ。
これまでと同じだ。
これは、情報。
ログ。
なら。
――使える。
◇
「……違う」
小さく呟く。
思考を整理する。
今までのログ。
死者の記録。
そこには、共通点があった。
“終わっている”こと。
確定した事実。
だが、今見ているのは――。
「……未確定だ」
確信する。
これらは、“可能性”。
まだ起きていない。
だから。
変えられる。
その瞬間。
映像が、一つ止まる。
さっきの、喉を刺すシーン。
ゆっくりと、再生される。
ナイフを持つ俺。
表情は、冷静。
迷いがない。
――自殺。
「……違う」
近づく。
その映像に。
そして。
気づく。
「目線が、おかしい」
ナイフを持つ俺。
その視線。
少しだけ、ズレている。
何かを見ている。
俺の後ろを。
その瞬間。
理解する。
「……これは」
自殺じゃない。
“誘導”だ。
コメント欄がざわつく。
『どういうこと』
『演出?』
『気づいた?』
俺は、振り返る。
映像の中の“俺”の後ろ。
そこに。
――誰かがいる。
◇
ぼやけている。
輪郭が、曖昧。
だが。
確実に、“いる”。
「……誰だ」
呟く。
その瞬間。
そいつが、笑った。
そして。
ナイフを、少しだけ押した。
――他殺。
息が止まる。
つまり。
この“死”は。
俺の意思じゃない。
誰かの介入。
コメント欄が爆発する。
『黒幕!?』
『誰だよ』
『主人公狙われてる』
そのとき。
耳元で、声が囁いた。
「……見つけたな」
あの“異質な声”。
だが。
どこか、楽しそうだ。
「それが、お前の“本当の敵”だ」
背筋が冷える。
理解する。
今までの敵は。
ただの障害。
だが。
これは違う。
――“意志”がある。
◇
視界が、揺れる。
現実に引き戻される。
重い体。
息苦しさ。
ゆっくりと、目を開ける。
「……っ」
視界に、男の顔。
「目、覚ましたか!」
安堵の声。
女も、ほっとした表情。
コメント欄が爆発する。
『生きてた!』
『復活きた!』
『今の何だったんだよ』
俺は、ゆっくりと起き上がる。
頭が痛い。
だが。
意識ははっきりしている。
「……見た」
小さく呟く。
「何をだ」
男が聞く。
俺は、少しだけ迷って。
そして、言った。
「……俺の死に方」
沈黙。
コメント欄が止まる。
『は?』
『どういうこと』
『また新しい能力?』
俺は、カメラを見た。
そして。
ゆっくりと、笑った。
「これ、配信的にヤバいかもな」
軽く言う。
だが。
内心は、全く笑っていない。
なぜなら。
あの映像。
最後に見えた“影”。
あれが。
――今、このダンジョンにいる。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
そして。
奥の暗闇を見た。
そこに。
“何か”が、いる。
確信した。
次の瞬間。
耳元で、声が囁く。
「……もう一回、死ねば分かるぞ」
冷たい声。
楽しそうに。
俺は、歯を食いしばる。
――次は、選ばされる。
自分の死を。




