お前は誰だ
「……お前は何なんだよ」
俺の問いは、空間そのものに投げつけられた。
その瞬間。
“それ”の輪郭が、大きく歪む。
ぐにゃり、と。
無数の顔が、崩れては繋がる。
怒りとも、困惑ともつかない揺らぎ。
「……黙れ」
低い声。
だが、さっきまでの“確信”が消えている。
コメント欄が一気に動く。
『効いてる!』
『核心っぽい』
『いいぞ主人公』
俺は、一歩踏み込んだ。
怖い。
だが、それ以上に。
――確信があった。
「お前は、“死者”じゃない」
言い切る。
その瞬間。
“それ”の動きが止まる。
「……なんだと」
声が重なる。
だが、揺れている。
確実に。
◇
「死者の声は、聞いてきた」
ゆっくりと話す。
時間を稼ぐ。
同時に、揺さぶる。
「でも、お前は違う」
一つ一つ、言葉を置く。
「情報が多すぎる」
コメント欄が反応する。
『確かに』
『一人じゃない』
『集合体だろ』
頷く。
だが、それだけじゃない。
「それに」
続ける。
「“視点”が混ざってる」
“それ”が、わずかに後退する。
効いている。
「死んだやつは、自分の最後しか知らない」
これは、経験からの確信。
「でもお前は、他人の死も知ってる」
つまり。
――矛盾。
“それ”は、沈黙した。
その一瞬。
完全に、動きが止まる。
『止まった!』
『攻略きた!』
『これ勝てるぞ』
だが。
次の瞬間。
空気が、変わった。
◇
「……だから何だ」
声が、低くなる。
重い。
さっきまでとは違う。
“芯”がある。
「お前は、それを使ってきた」
言葉が刺さる。
否定できない。
「死者の情報を、切り貼りして」
「都合のいいところだけ拾って」
「生き延びてきた」
胸が、締め付けられる。
その通りだ。
全部、事実だ。
コメント欄がざわつく。
『論破されてる?』
『主人公側もアウト』
『どっちも正論』
“それ”が、一歩踏み出す。
床が軋む。
存在感が、増している。
「なら、俺と同じだろ」
その一言。
重い。
逃げ場がない。
「お前も、“混ぜ物”だ」
息が止まる。
――否定できない。
俺は。
俺自身の経験だけで、生きてきたわけじゃない。
他人の死を、積み重ねてきた。
だから。
◇
「……違う」
小さく呟く。
だが、止まらない。
「違う!」
声を張る。
“それ”を睨む。
「俺は、“使ってる側”だ」
言い切る。
その瞬間。
空気が、張り詰める。
コメント欄が爆発する。
『言った!』
『それ正解か?』
『倫理的にアウトw』
わかっている。
綺麗事じゃない。
だが、それでも。
「お前は、“逃げてる側”だ」
一歩踏み込む。
「死んだまま、終われなかったやつらの寄せ集めだろ」
核心。
その言葉に。
“それ”が、大きく揺らぐ。
「……黙れ」
声が、乱れる。
「俺は、進んでる」
さらに踏み込む。
「お前らは、止まってる」
その差。
それが。
“存在の違い”。
◇
静寂。
数秒。
誰も動かない。
コメント欄も、止まる。
そして。
“それ”が、笑った。
「……はは」
乾いた笑い。
「そうかよ」
顔が、歪む。
「じゃあ証明してみろ」
その瞬間。
空間が、崩壊するように歪む。
無数の“死”が、再生される。
斬られる。
潰される。
焼かれる。
引き裂かれる。
同時に。
全部。
「お前が、“進める”ってな」
襲いかかる。
全方向から。
逃げ場はない。
「来るぞ!」
男が叫ぶ。
女も構える。
だが。
これは、防げない。
物理じゃない。
魔法でもない。
――“再現”。
コメント欄が爆発する。
『無理無理無理』
『全部来てる』
『終わった』
そのとき。
耳元で、声が囁いた。
「……一つだけ、ある」
静かな声。
今までで一番、落ち着いている。
「“何も選ばない”場所」
思考が止まる。
何も選ばない?
「全部の死を、受け入れろ」
理解が追いつかない。
だが。
直感が、叫んでいる。
――これが、最後の手段だと。
◇
俺は、目を閉じた。
ナイフを、下ろす。
構えを、解く。
「おい!?」
男が叫ぶ。
女も驚く。
コメント欄が荒れる。
『何してる!?』
『自殺か!?』
『諦めた?』
違う。
これは。
――選択だ。
俺は、何も選ばない。
避けない。
防がない。
ただ。
受け入れる。
「……来い」
小さく呟く。
その瞬間。
無数の“死”が、重なる。
体を貫く。
焼く。
潰す。
感覚が、爆発する。
「っ……!」
叫びそうになる。
だが、耐える。
全部、受ける。
全部、感じる。
そして。
――何も、起きない。
静寂。
完全な静寂。
目を開ける。
“それ”が、目の前にいる。
だが。
動いていない。
「……なんで」
“それ”が、呟く。
震えている。
「全部、受け入れたら」
俺は、静かに言った。
「選択じゃなくなる」
その一言。
空間が、軋む。
“それ”の輪郭が、崩れる。
『え?』
『どういう理屈』
『意味わからんけど効いてる』
そうだ。
これは。
“分岐”の集合体。
選ぶから、死ぬ。
選ばないなら――。
成立しない。
◇
“それ”が、崩れていく。
無数の顔が、剥がれ落ちる。
声が、消えていく。
「……やめろ」
弱い声。
最初の頃のような。
「消える」
必死な声。
だが。
止まらない。
俺は、一歩踏み出した。
そして。
手を伸ばす。
「終わりだ」
触れる。
その瞬間。
“それ”が、砕けた。
光になって。
消えた。
◇
静寂。
完全な静寂。
戦闘は、終わった。
コメント欄が、数秒遅れて爆発する。
『勝った!?』
『何した今!?』
『理解できんw』
男が、息を吐く。
「……終わったのか」
女も、肩の力を抜く。
だが。
俺は、動けなかった。
耳元で、最後の声が囁く。
「……代償、払えよ」
その言葉。
冷たい。
重い。
そして。
俺の視界が、歪む。
黒く。
深く。
沈んでいく。
コメント欄が、ざわつく。
『え?』
『画面おかしい』
『主人公?』
意識が、落ちる。
最後に見えたのは。
――“自分の死”だった。




