全部お前のせい
「――お前だ」
無数の口が、同時にそう言った。
声が重なる。
男の声、女の声、若い声、老いた声。
聞き覚えのあるものも、ないものも。
それが、ひとつに混ざっている。
「全部、お前のせいだ」
胸の奥が、軋む。
その言葉に、反論できない自分がいる。
――俺は、使ってきた。
死者の情報を。
失敗を。
最後の瞬間を。
それを、踏み台にしてきた。
だから。
“これ”が生まれたのだとしたら。
コメント欄が流れる。
『なんだあれ』
『ラスボス感ある』
『主人公責められてるぞ』
視聴者は面白がっている。
だが、これは。
ただの演出じゃない。
――本物だ。
◇
“それ”が、動いた。
ゆっくりと。
だが、確実にこちらへ。
足音はない。
ただ、空気が歪む。
「来るぞ!」
男が叫ぶ。
同時に、斬りかかる。
鋭い一撃。
だが。
当たらない。
いや――。
“当たっているのに、効いていない”。
「なっ……!?」
刃が、すり抜ける。
輪郭が、崩れているせいか。
実体がない。
女も魔法を放つ。
直撃。
だが、同じ。
揺らぐだけで、消えない。
「物理も魔法も効かない!?」
女の声が焦る。
コメント欄が加速する。
『無敵じゃん』
『詰みボス』
『どうすんだこれ』
俺は、動けなかった。
目の前の存在。
そして、その声。
頭の中で、何かが軋む。
「覚えてるか?」
“それ”が、言う。
声が変わる。
聞いたことのある声に。
「俺のこと」
――あの男だ。
最初に死んだ探索者。
ログで見た。
最後の瞬間。
「助けてって、言ったよな」
息が止まる。
記憶が、蘇る。
あのとき。
俺は――。
助けなかった。
助けられなかった。
でも。
その情報を、使った。
次に活かした。
コメント欄がざわつく。
『これやばい』
『過去掘られてる』
『精神攻撃か』
“それ”が、笑う。
複数の口が、歪む。
「いいよなぁ」
別の声。
女の声。
「私たちの失敗、全部知ってるんだもんね」
胸が痛む。
否定できない。
全部、事実だ。
◇
「……うるさい」
小さく呟く。
だが、声は止まらない。
「なんで俺だけ死んだ?」
「なんでお前は生きてる?」
「ズルい」
「返せ」
重なる。
増える。
頭の中に、流れ込んでくる。
「やめろ……!」
思わず叫ぶ。
だが、止まらない。
むしろ、強くなる。
コメント欄が荒れる。
『主人公やばくね?』
『メンタル削りにきてる』
『これどうやって倒すの』
そのとき。
耳元で、別の声が囁いた。
「……聞くな」
静かな声。
今までとは違う。
落ち着いている。
「全部、嘘だ」
俺は、息を止めた。
嘘?
だが――。
目の前の声は、確かに“本物”だ。
記憶と一致している。
「違う」
その声が、続ける。
「混ざってる」
思考が、止まる。
混ざっている?
「本当と、嘘」
「後悔と、願望」
「それが、ぐちゃぐちゃになってる」
理解が、追いつかない。
だが。
ひとつだけ、わかることがある。
――全部を信じるな。
◇
“それ”が、手を伸ばす。
無数の腕。
形が定まらない。
だが、確実に俺を狙っている。
「……っ!」
後ろに下がる。
だが、壁。
逃げ場がない。
「死ね」
単純な言葉。
だが、重い。
今まで聞いた、どの声よりも。
その瞬間。
男が、前に出た。
「下がれ!」
斬りかかる。
だが、やはり効かない。
それでも、時間を稼ぐ。
「考えろ!」
叫ぶ。
その一言で、意識が戻る。
考える。
この敵は何だ。
何でできている。
何が効く。
――答えは。
「……記憶だ」
呟く。
コメント欄が反応する。
『?』
『どういうこと』
『説明しろ』
そうだ。
これは、物理じゃない。
魔法でもない。
“記憶”。
なら。
壊すべきは――。
「矛盾……」
小さく呟く。
思い出す。
さっきの声。
“助かったことがある”。
だが、死んでいる。
つまり。
この中には。
“ありえない記憶”が混ざっている。
「……それだ」
確信する。
◇
「おい!」
男に叫ぶ。
「そいつの言ってること、全部正しいと思うな!」
「は!?」
「嘘が混ざってる!」
短く言う。
理解するには、十分だ。
男が一瞬止まる。
女も、目を細める。
コメント欄が加速する。
『なるほど』
『フェイク混じり』
『攻略きた?』
“それ”が、歪む。
ほんのわずかに。
「黙れ」
声が低くなる。
反応した。
つまり――当たりだ。
「お前らの中に、“ありえない記憶”があるだろ」
一歩踏み出す。
怖い。
だが、止まらない。
「それを、突く」
その瞬間。
“それ”が、暴れた。
無数の腕が、襲いかかる。
だが。
俺は、動かない。
見ている。
聞いている。
選んでいる。
「……お前」
指を差す。
無数の顔の中の一つ。
「さっき、“助かった”って言ったな」
その顔が、歪む。
「でも、お前は死んでる」
言い切る。
「矛盾してる」
その瞬間。
空間が、軋んだ。
“それ”の一部が、崩れる。
『おおおお』
『効いてる!?』
『攻略法それか』
確信する。
これが、弱点だ。
だが。
同時に。
別の声が、囁いた。
「それだけじゃ、足りない」
冷たい声。
あの“異質な声”。
「全部、暴け」
背筋が凍る。
全部?
つまり――。
この無数の記憶。
その中の嘘を、全部見つけろと?
無理だ。
時間が足りない。
そのとき。
“それ”が、完全に形を変えた。
無数の顔が、一つに集まる。
巨大な顔。
歪んだ笑み。
「じゃあ、試してみろよ」
挑発。
余裕。
「お前が、どこまで“正しい”か」
心臓が、強く鳴る。
理解する。
これは。
ただの戦いじゃない。
――“選別”だ。
俺は、一歩踏み出した。
そして。
口を開く。
「……全部、間違ってる可能性もある」
その一言に。
空気が、止まる。
コメント欄が静まり返る。
『え?』
『それ言う?』
『どういう意味』
俺は、“それ”を見た。
そして、笑った。
「じゃあ、お前は何なんだよ」
問いかける。
根本を。
存在を。
その瞬間。
“それ”の輪郭が、大きく揺らいだ。
――核心に触れた。




