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ふたりの天下びとー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第丗一章・雲州尼子大包囲【天文廿四年四月廿三日(1555年5月13日)~】
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雲州尼子大包囲2-2【針聞書】


 その辺りの機微が、長時には理解できない。


「我ら浦上一族は、もとは播磨国浦上庄の出。しかしここ備前とは古くから縁があり、播磨で赤松の家が復興した後、浦上一族が備前守護代に就き、父村宗の時代には備前三石を拠点に主家たる赤松の軍勢を打ち破り、ついには備作播の三国に覇を唱えたのは、この国の者ならば誰でも知っているだろう」


 頷く。ゆえに、浦上氏こそが備前国の正当な統治者であると信じるがゆえ、長時もここに居る。


「此度の毛利殿の行いは、一見すれば全てが正しい。間違いではない」


 周防長門の陶・大内氏、出雲尼子氏という二頭の巨獣に挟まれた安芸毛利氏が、折敷畑の決戦を読み違えたがために、広島湾一帯まで戦線を広げざるを得ず、背後の守りを万全なものとするために足下を見られ、備中三村氏の備前国切り取り次第を譲歩せざるを得なかった。


 理屈として正しい。一応の筋は通りはする。


 だが、物事には全て順番が存在する。


 今回の案件、毛利氏はこの順番と呼ばれる存在にのみ、その行動を(たが)えた。


 本来であれば、三村氏に譲歩した時点で、備前国の本来の領主たる浦上に、真っ先に謝罪か報告があるのが筋。それをあれこれ理由をつけて日にちを引き延ばし、今日になって備前国天神山を訪れた。

 今の時期、備前国では田植えの最盛期を迎えたばかり。

 

 田植えとは各村々総出で行う一大行事であり、それゆえ、急場の兵員確保が困難な時期でもある。


 今回の毛利家の情報伝達の遅れは、一日の遅延が、そのまま浦上が陣触れを出すまでの期間の一日の遅延に繋がる。  


 そう、本来ならば浦上氏の所有物であるはずの備前を、一日分、二日分と、隣国三村に侵食させることを毛利は是とした。


 それは宗景にとって到底看過できない屈辱だった。


(……毛利殿は同盟を軽んじておるのか。あるいは、毛利殿の中で儂は浦上一門の正統な後継者ではないと考えておいでか)


 疑問と疑念。疑い始めれば切りが無い。


(否、それはない。それすら疑えばこの同盟は根本より折れる。それは毛利も分かるはず……)


 そうだ。自分の疑いを否定する材料は目の前にある。今、目の前にある品々は、自分たち備前独立派が喉から手が出るほどに欲していたものではないか。特に硝石。完全に南蛮商人に頼りきりの硝石を、備前独立派は逼迫する台所事情に爪に火を灯し、自らの身体を火達磨にしながら無理矢理にでも買い集めた。


 その時以上の硝石が、今、確かな重さを持って眼前に存在している。


(……元より今回の援軍は浦上が依頼したもの。ここで毛利の厚意を無碍にし、彼らの謝罪の証を受け入れぬというのも筋を違える。ならば物を受け取った方が良いのは分かる)


 宗景は脳内の回転数を上げ、自らの疑う心を振り払うと、今はただ、領民に田植えを急がせるしかないという結論に辿り着く。


(そう、兄と決別した時と同じこと。あの時儂が同じ和気郡曽根の恒次新左衛門を討つに至り、周匝や仁堀の羽床氏(羽床伊賀守貞久?)を従わせることにも成功させた。それゆえに毛利が見る目を変えたではないか。今はまだ備前半分。備前一国を手中におさめれば、誰も彼も見る目を変えるであろう)


 と、宗景の踏み出しかけた足が止まり、再び脳内の奥底で、冷たい猜疑心が鎌首をもたげてくる。


(……よもや、毛利は同盟内であえて不和を作り、他家を争わせることで互いに大きくならぬ事を望んでおるのではなかろうか)


 蠱毒。ふと思い浮かんだのは、いつか誰かより聞いた言葉。小さな壺に汚らしい毒虫や悪虫をこれでもかというほどに封じ込め、最後の一匹となるまで蟲共を相喰ませる。そして、生き残った一匹だけが壺中より取り出され、愛でられることもなく呪術の道具として消費される。


(自分達は、西国という壺の中の醜い地虫の一匹ではないか。毛利殿はその地虫どもを食らわせ合い利用を……)

 

 思考を中断する。


 それ以上は考えてはならない。


 確かに毛利より高価な贈り物があった。しかし高価な存在は高価なだけで金さえ出せば幾らでも替えが利く。翻って、順番や序列というものは目には見えない。そのかわり、代替がない唯一無二のもの。両者を照らし合わせれば、三村と浦上どちらの勢力が毛利にとって重要な存在なのかは自明の理。


 それ以上、考えてはならない。


 宗景がどれだけ脳漿を絞り、どれだけ否定材料を並べ立てたところで答えは無い。長時は相変わらず心配そうに主君を見つめている。


(備前での戦が近い故、些細な物事に敏感になりすぎているのだ)


 自らの心に言い訳する言葉を探しながら、宗景が再々領民への苗植えを急がせる指示を飛ばすためにドタバタと部屋を後にした。


 だが、この時湧き上がった彼の不信感は、心の一番深い深いところでいつまでもこびりついて離れなかった。


 

 

【蠱毒】

・古代中国の呪法。戦国期の日本においてもわりとポピュラーな呪法。毒虫は蜂や毛虫などの毒のある虫だけでなく、蛇や蜥蜴、蜘蛛など名前に虫偏のつく生物全般が対象となる。悪虫は、人間の身体に取り憑き様々な病状をもたらすとされた想像上の生物。当時の人間が悪虫をどう捉えていたかを示す一例として、小説内時間の少し後、永禄十一年に描かれた『針聞書』が有名。


【針聞書】

・永禄十一年十月十一日(1568年10月31日)、摂津国茨木の住人・茨木ニ介らが書いたとされる、総天然色の結構真面目な鍼灸系の医学書。鍼治療、灸治療、人体図などが描かれる中に、六十三点にも及ぶ想像上の病気の虫の図があり、そのひとつの区分として『悪虫』の名が上げられている。現在は九州国立博物館に所蔵され、デフォルメされ、グッズ化もされている。


(九州国立博物館さまHPより『針聞書』】

https://www.kyuhaku.jp/collection/collection_harikiki.html


(同 悪虫一覧)

https://www.kyuhaku.jp/collection/collection_harikiki-2.html

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