幕間『野間隆実という男』【野間火、あるいは野間ン様のお通りについて】
―幕間―
天文廿四年四月、この時期の西国情勢を語るにおいて、少し野間一族について掘り下げたい。
この頃、野間一族は安芸国南部の有力国人の一人であったが、元々尾張国の出であり、百年ほど前に他所から安芸国南部に移り住んだ一族となる。
そんな野間氏だが、当主が野間隆実の代になると、主家の大内義隆から偏位を受け、元安芸武田家の重臣・熊谷信直の娘を正室に迎えてさらに安芸国南部での影響力を強めるに至っている。
また、しばらく後に、信直が年下の娘と毛利元就の次男・吉川元春が婚姻関係を結んだ関係で、野間氏と毛利氏は熊谷信直を介して、義理の親戚関係を結んでいたことになる。
毛利家とは親類であり、偏位元の大内義隆を陶晴賢に殺された隆実が、天文二十三年末には広島湾一帯を毛利氏が支配下に置いた状況下で、あえて翌天文二十四年、陶方の武将・白井賢胤の説得を受けて毛利に反旗を翻し、白井勢と共に毛利方の仁保島と海田浦に攻め寄せている。
この時の隆実の行動は毛利親子にとっては理解不能で、かなりの誤算だったらしい。
野間氏が陶方に内通時期に関しては諸説あるが、近年ではわりと早い時期から毛利方の安芸諸将の様子は陶晴賢に筒抜けになっていたと見られている。元就とも親交があり、野間一族をほぼ毛利一門に味方するものと考えていた元就らにとって状況はかなりシビアだった。
残念ながら野間氏の奇襲は序盤こそ上手く行きかけたが、毛利方の将・士世能某の堅守を突破することができず、野間勢は犠牲を出して撤退してしまう。
襲撃の後、毛利方の反撃を恐れた陶晴賢は、草津城主の羽仁中務少輔兄弟、小幡左衛門尉ら三百騎余を援軍として送り、安芸国最後の抵抗拠点となる矢野城(保木城)の守備を任せた。このとき、矢野城の中の守備兵は千五百あまり。これに対して、毛利軍は同年四月九日、長男・隆元、次男・吉川元春、三男・小早川隆景らを始め、宍戸、志道、福原などの重臣をはじめとする三千騎をもって攻囲し、矢野勢の退路を断つに至った。
野間一族は三日間の攻防の後、同年四月十一日(1555年5月1日)、熊谷信直の説得によって隆実が降伏の道を選ぶのだが、事の重大さを知る元就親子にとって隆実の裏切りは許容されることはなく、「命だけは助ける」という約定が果たされることなく、幽閉先の寺院にて野間一族は殺害されたと伝えられている。
しかしながら、野間一族の地元であれば、彼らに関係する別の不思議譚が残されている。
それは『野間火』や『野間ンさまのお通り』と呼ばれる伝承。
あらすじとしては、天文廿四年四月、三原方面から攻め寄せた毛利元就の三男・小早川隆景の攻勢によって矢野城が陥落間近となったため、発喜山矢野城主・野間刑部興勝(史実では野間隆実)が奥方や一族の姫君を領内の吉浦へと逃がしたことから始まる。
しかし、もともと発喜山の城は小城。矢玉も兵糧も城の備蓄ではたちまち尽きてしまう。
これではいけないと、ある夜、城主興勝と五、六人の家来は密かに城を脱出し、まだ予備兵力のあった吉浦の茶臼山を目指す。
が、夜明けを迎え、夜行軍を終えたばかりの野間主従の耳には、自分達に迫り来る毛利の大軍勢の雄たけびと足音が飛び込んできた。
『こんな山の中にまで毛利の兵士が入り込み、どこにも逃げ道は無い』
そう思い込んだ野間主従は、皆その場にて自刃してしまう。
だが実際には、その時点では毛利の軍勢は発喜山を取り囲みはしていたものの城兵らの夜襲を恐れて山中へは入り込んでいなかった。
野間主従の自刃は、山の中にある、鳴滝の音を勘違いしたために起きた悲劇であった。
翌朝になり、野間主従の遺体は地元の百姓たちの手で弔われ、主不在となった矢野の城は間もなく陥落。
かろうじて全滅を逃れた城内の生存者が東に逃げ延び、隠れ住んだ場所には「落走」という地名が付けられたという。
そこまではわりとよくある落城譚。
ところがしばらくして民草に善政を敷いていた野間置勝は、よほど領民のことが気懸かりだったのか、あるいは残された一族の様子を確かめるためか、夕暮れ時になると野間主従の墓から怪しい光が抜け出して吉浦の街を飛び回るようなり、村人たちは「野間火」や「野間ンさまのおとおり」と呼ぶようになった。
この話は昭和中期ごろまで子供の夜遊びを止めさせるためにも使用され、「野間ンさまに連れていかれると良くないから早くお家にお帰り」という風に土地の大人たちが話していた記録が地元の民話集の中に息づいている。
【仁保島と海田浦への襲撃時期】
・昭和五十九年にまとめられた毛利元就卿伝によれば『天文廿四年三月晦日(1555年4月20日)』とある。
【広島県矢野の歴史(補記)】
・こちらは『天文23年(1554)9月7日』とのこと。
http://www.cf.city.hiroshima.jp/yano-k/town/rekishi/rekisi-s/rekisi4.html




