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ふたりの天下びとー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第丗章・西播怪談実記草稿十五【天文廿四年正月十八日(1555年2月9日)~】
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西播怪談実記草稿十五4-2【もう一つの鍋ヶ森神社と雨男】


 いわば、和睦証明のための試金石とでも呼ぶべきか。


 決死行には些か和やかな雰囲気のまま、一行は翌日、翌々日の務めを果たしている。


 実際、鍋が森の祭事に、どの様な奉納が行われたかについての記載が一切ないためにその辺りのことはなにも分からない。


 ただ、同月二十七日頃、屋敷に戻った政範が高嶋正澄の取次で、置塩の義祐から播磨・備前・美作の国境の尼子方の動向を探るべく物見を放つように指令を受けているところから、一応その時点では無事に佐用庄内への帰還を果たしていたらしい。


 また同年二月、東播磨において三好氏と別所氏の和睦が成立してからは播磨国内にも平穏が訪れた、との記載が赤松盛衰記に残される。


 それゆえ、この春までは播磨国内の親赤松派と親尼子派の間で取り決められた以前の停戦協定が一定の役割を果たしていたように思われる。


 なお、余談ではあるが、佐用町の大撫山の一角には、人知れずもうひとつの鍋ヶ森神社が建てられ、同じ町内でもその存在を知る者は少ない。建てられた時期も伝承も不明。神社と呼ぶよりも祠と呼ぶ方が相応しいようなバラック作りの神社で、いつ同町の西河内にしがいちの村人が千種の鍋ヶ森より分霊を受けたものかも伝わっていない。


 ただ、この神社は雨を呼ぶことにかけて非常に霊験あらたかで、祈願すればまず間違いはないとされている。


 実例として、以前佐用の町役場に勤務されている男性にお会いした際、男性がなにかの機会でこの神社の存在を教えてもらい大撫山の鍋ヶ森神社のお参りに訪れたのだが、それ以降、余程そこの神様に好かれたらしく、男性が何かのイベントに参加すると、町内町外関係なくほとんどの確率で雨が降るようになったのだという。


 惜しむらくは、男性が降ってほしいと願わなくても雨に降られてしまうのが難点らしい。


 令和に入り、先ごろ佐用町を訪れた際に該当の男性と再びお会いする機会があったが、男性が今もなお雨男振りは健在で、農業関係者からは重宝されたり「また降らせたんか」と冗談まじりに集落の人間に揶揄され続けている。


 この雨男譚を、なんとも言えない表情の愛想笑いで男性がお答え下さったことを付記してこの章の結びとしたい。

 

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