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ふたりの天下びとー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第丗章・西播怪談実記草稿十五【天文廿四年正月十八日(1555年2月9日)~】
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西播怪談実記草稿十五【雪椿と山茶花】


 ー1ー


 

 天文廿四年正月十八日(1555年2月9日)、播磨国佐用郡佐用村。


 朝から全天をぐずつく灰色の雲が覆い隠していた。


「今日は雨ですね」


 今日も今日とて底冷えする寒さはある。しかし昨晩は雪が降るほどには北風の吹き込みは感じられなかった。


 昨日までとはこうも違うものかと、縁側に立つ七条政範は(ひさし)越しに空を覗き見上げる。


 今この時、七条の屋敷の離れにおいては、政範の後ろで少女の白い艶髪が楽しそうに揺れている。今朝早くから降り始めた雨は少女のための薄曇りを作り、彼女の瞳孔が捉える光量を減らしてくれている。ゆえに彼女は彼女の代名詞とも呼ぶべき黒覆面から今日に限って解放されていた。


 少女は何をしているわけでもない。ただ彼女は時折強く降る雨足に合わせて、屋根が雨を弾いてとうとうと鳴り響く音の強弱を楽しんでいた。


「今日は雨ですね」


 数え十五となった少女は、縁側で空に顔を向かわせている自分の夫に声を掛けた。


「…………」


 政範と雪姫の二人が結婚生活を始めて一年あまり。二人がこの家で同じ時を過ごしてそれなりの時間が過ぎている。


 だが、政範と少女の間には微妙なぎこちなさが存在していた。


 原因は政範側といえるかもしれない。


 男性という生き物は、青年期に今まで存在していた家族以外の異性との付き合い方について、過度に意識する時期があるとされる。家族以外の異性をどのように扱うべきか、生真面目な政範にが少女に対して妙に意識していたものと思われる。


 一応、彼を弁護するわけではないが、現存する家系図において政範には二人の妹が居たとされている。


 そのため政範が異性に対して全くの免疫がないわけではない。恐らくは彼個人の性格によるものかと思われる。


 この時代の結婚観については、現代のような恋愛至上主義とは程遠く、家同士の繋がりが非常に重んじられていた。


 家の為に縁組が行われ、家の為に夫婦関係が構築されるが故に、結婚のときに新郎新婦が初対面といった事も珍しい話ではない。当然、結婚後に夫婦関係は誰もがうらやむおしどり夫婦になる者もいれば最初から馬が合わない冷め切った関係の夫婦となる者も居たとされる。


 政範と雪姫に関してはどうだろうか。


 政範は今年数えで二十。夫婦の間にまだ子はない。


 当初、夫婦には同盟締結の証を確かなものとするために周囲の大人達からは早々の子が求められていた。だが、陶と毛利の全面戦争が始まった今となっては、尼子氏に対する六ヶ国同盟という言葉も虚しく、色褪せかけた幻想として、いつ消え失せてもおかしくない存在に成りつつある。


 その上で、では六ヵ国同盟を捨て去り、一家独力で新たに同盟を興せるかと問われれば、赤松家にも浦上にもその力はない。旧来の縁の糸を寄り紡ぎ、なんとか時代の荒波に沈まぬように漂い続けている。


 政範自身もあまりこの屋敷では過ごしていない。上役の命で西に東にと赴き、佐用に戻ってからも祖父や父に代わり、領内で溜まった政務や訴訟事に追われた。


 彼が自分の妻との親交を深める時間を十分に確保できたかと問われれば、やはり疑問を呈する。




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