三人の精霊魔導士と王者
激しい不快感と共に目が覚めた。それと同時に鼻につく腐臭。そうだ、俺たち……
立ち上がり、辺りを見回すと、異様な光景が広がっていた。
それぞれ力なく横たわったアンジュの皆と、矢神たち。
王と少女の姿は、そこにはなかった。
「皆、起きて下さい!」
「ん……イオリ……? そうだ……っ! 王は?!」
「ここにはいないようです。野放しにするのは危険です、探しましょう」
俺とゼルさんのやりとりで目を覚ましたのか、皆は次々と起き上がった。
皆、目立つ外傷はなく、何かされたようには思えない。
「とりあえずここから出よう」
「また貴方達と行動しなくてはならないなんてね」
「今は緊急事態だ、そんなこと言ってる場合じゃねぇ」
ゼルさんの後を追って階段を駆け上がる。
あの王を逃したら……また犠牲者を増やすことになる。どうにかして捕まえないと……!
階段を上り終え、王座があった場所に出ると、まず目についたもの、それは……
「……なっ?!」
広々とした王室の真ん中に置き直された王座に横たわるように放置された二つの死体。
予想はついていたが、駆け寄って確かめてみる。
やはりその死体は、王と少女の物。
化け物でも見たかのように、目を見開き頭に剣が刺さり、王座に打ち付けられていた。
それにこの死体……
「脳がない……」
「それだけではない。内臓も入っておらぬ」
剣で頭からつま先まで引き裂かれたあと、脳や内臓を抜かれたのか……死体の中は空っぽになっていた。
「いやぁあああああ!!!! こ、この死体……動いてる……!!!」
「そんなわけない、落ち着い…………気持ち悪い、なにこれ」
アスタロトさんの指さす方に視線をやると、王の口元が僅かに動いているのが分かった。
何かを最期に伝えようとしているのか、それとも……
「この傷……塞がり始めておる。おかしい、まるで生きているみたいじゃ」
「脳も内臓も抜かれてるのに、生きている訳がないわ」
「姫、お手を触れませんよう。穢れてしまいます」
死体に触れようとした矢神に代わって、ルプスが王の腕をとる。
「脈がある……まだ生きている」
「なんだと?! 傷が塞がり始めるほど時間が経ってんだろ? そんな事って……」
「これは……何よ」
アスタロトさんが拾い上げたものは、一枚の紙きれだった。
これって……グリモワールのページじゃ……
「それは……! 私にくれるかしら?」
「えっ……サリー様……は、はい!」
「駄目です! 何考えてるんですか!」
笑顔で矢神に差し出そうとするアスタロトさんの腕を引き寄せた。
これが矢神の手に渡って困るのは俺たちだ。
「そうだ、そのページは俺の物だ」
ここぞとばかりに聞こえてきた低い声。振り返ると、見慣れた銀髪紺眼の男の姿が。
くそ……一番めんどくさい事になった。
「アーク……」
「貴様もグリモワールを集めることにしたのか?」
「俺はお前を止めるためにここに来た」
「戯言を」
ここでふと感じた一つの予想。
二人を殺したのはアークじゃないのか……? こんなタイミングよく現れるわけがない。それに、俺たちは意識を失っていた。それなら、犯人はアークしかいない。
「ディアーブルの姫、か。相手としては申し分ない」
「貴方が誰か知らないけれど、グリモワールはわたしの物よ」
「なら、殺し合うまでだ」
睨みあう二人、俺たちもこいつらを止めないといけないという使命がある。
戦闘が始まるなら、俺だって応戦する。グリモワールを消すために。
「二人とも、出てこい」
「わーい、わーい! 戦い?! ねぇ、アーク、コイツら殺しちゃっていいの?!」
「あまりはしゃがないの。……アーク様、何なりと」
アークの呼びかけにより姿を現した二人。
「ふふ、だったらわたしも……」
「姫! なりません、あの精霊を使うなと何度も……!」
「このページはどうしても必要なの。それに、もしわたしが倒れても……ルプスが傍に居てくれるでしょう?」
「……ッ! ……畏まりました」
『汝は罪を裁く闇の執行者、我は汝に魔力を捧げる者。我の声に応え地獄から姿を現せ! ――メタトロン!!』
矢神の詠唱と共に姿を現したメタトロン。
二人とも……五大精霊を……だったら俺も……
『我の魔力に値する精霊。汝、我の元に姿を現せ……! 紅玉!』
「イオリ!」
「俺たちで止めなきゃ……」
そうじゃないと、グリモワールが完成してしまう。そうなったら何が起こるかわからない。アークはサタンの封印が解くつもりだし、矢神が世界の終焉を望んでいたら……! 止めないと。
「イオリ様。助太刀いたします。……ッ?! これは……」
「紅玉、頼む……こいつらを止めてくれ」
五大精霊の二人がいて戸惑っているのだろう。紅玉は目を見開いていた。仲間と戦うのは辛いだろうが、逆にこの二人を止められるのは紅玉しかいないんだ……俺はアークと違って二体召喚はできない。だから……紅玉が……!
「イオリ様、お願いです。アルテミスを召喚してください」
「そうしたいが、俺の魔力じゃ……」
「どうか……! お願い致します!」
紅玉は頭を下げた。俺は、紅玉の只ならぬ雰囲気に戸惑う事しかできない。
誇り高き武士は頭を下げない。その紅玉が俺に……
「イオリ、私が魔力を供給する。紅玉には何か考えがあるはずじゃ」
「白露様……」
魔力を供給……? そんなことが出来るのか……? 紅玉を召喚しただけでも、俺の魔力は残り半分以下、供給されるって、一体……
「神の風で癒す者・大天使ラファエルよ。今、私の仲間を救い給え」
どこかで聞いたことのある詠唱……
その詠唱と共に、失った魔力がどんどん蓄積されていくのが分かった。それだけじゃない……魔力が上がったようにも感じる。
「これは天使の加護じゃ。一時的に私の魔力を全てイオリに授けた」
「紅玉、白露の魔力があれば大丈夫だ」
「貴方に言われても嬉しくありません。ですが……私の為に白露様が……」
「あぁ? 白露は俺の嫁だぞ?!」
「白露様を誑かすような男は信用なりません、それに貴方を旦那とは認めていません」
ゼルさんと紅玉の口喧嘩が始まった。この二人……相性最悪なのか? いや、どちらも白露さんが好きなんだな……仲が悪いわけじゃないんだろうが……今は……
「二人とも、今は戦闘中じゃ。集中せい」
案の定、白露さんはぴしゃりと言い放った。そして驚くほど静かになる二人。
この効果が切れる前に……
『我の魔力に値する精霊。汝、我の元に姿を現せ。アルテミス!』
詠唱と共に姿を現したアルテミス。
その瞬間、その場にいた精霊が全員光を放ち始めた。
「紅玉、アルテミス……? これは一体……」
「イオリ様、五大精霊が全て揃いました。これで……」
五大精霊が揃った……? 紅玉、アルテミス、メタトロン、イズン……もう一人は? まさか……!
「お前……」
「え? あたしはウラヌスだよ!」
そんな……このガキが五大精霊の一人……? アークは常に二体の五大精霊を召喚した状態でいたなんて……一体どれだけの魔力を持っているんだ……!
それよりも今、まさに何かが起ころうとしている。
そうだ……先生の資料に書いてあった〝五大精霊全てが揃いし時、光の王を従えることが出来る”それは伝説と聞いていたが、まさか……
「これは一体……どういう事だ?」
「アーク様、申し訳ございません。これは、私達に授けられた禁忌……。明かせば私は消滅します……なので、教えることはできないのですわ」
「チッ! これから何が起こるんだ……」
あの従順なイズンでも口を噤むほどの機密事項……それに、この様子じゃ、矢神とアークは光の王の存在を知らない……
あの、俺を助けてくれた精霊を……。
そして五人の精霊たちは同時に口を開いた。神聖な空間に、誰もが息を呑む。
『元始から終末まで、この世界を統べ、光へと導く王者。その名も、アーサー。今解放せよ』
光の王、アーサー……
刹那、視界が強い光で覆われる。
やっと、やっと会える……俺を二度も助けてくれた、あの精霊に。
そんな期待は見事に打ち砕かれる。
次第に見えてきたシルエットは、明らかにあの精霊とは違うものだった。
無造作に伸びた髪の毛、ゴツゴツの甲冑を装備しているようだ。
違う……あの時の精霊とはまた別の精霊なのか……?
開けた視界と共に目に映ったのは、ひどく手入れのしていない量の多い金髪を無造作に伸ばし、甲冑とドレスの合わさった重装の女……目を開くと鮮やかな琥珀色の瞳が輝く。
そして、今まで居たはずの五大精霊は消え去っていた。
「オレの封印を解くなんて、お前ら……ただモンじゃねぇな?」
不愛想に辺りを見渡す女。こいつが光の王……だと?
それに、この感じ……俺は知ってる。
そうだ、ルシファーにとてもよく似ている。確かに身なりもそっくりだが、魔力というか……雰囲気が酷似している。
「貴女は……ルシファーさんと何か関係があるんですか……?」
「お前、ルシファーと契約してんのか。……アイツはオレの双子の妹だ」
アーサーの答えに納得した。だからこんなにも似た何かを感じるのか……
だが、ゼルさんと白露さんは、俺の問いかけに目を見開いた。
「イオリ……お前今〝ルシファー”って……」
「はい……俺が一番最初に契約した精霊ですけど……」
「なんでイオリが……」
ゼルさん……? 一体どうしたっていうんだ。ルシファーの名前を出した瞬間から血相を変えた。ゼルさんはルシファーを知っているのか?
「だが、アイツは落ちぶれてるらしいな、見る影もないと聞いた」
「それはルシファーのせいじゃねぇ……知ってんだろ?!」
「なんだ、お前ら……〝あの事”を知ってんのか」
ゼルさんとアーサーのやり取りをただただ見守ることしかできない。〝あの事”ってなんだ? ゼルさんとルシファーは、過去に何かあったのか?
「ゼルさん、あの事って……」
「それは……」
ゼルさんが口を開いた瞬間、アーサーは遮る。
「あれは禁忌に触れる事。口外はしない約束だろ? お前たちは知る必要ないことだ」
「そう……だな。悪い、イオリ……この事については触れないでくれ」
そう言われても……なんだか、ひどく疎外感を感じる。きっと反応を見るに、ゼルさんと白露さんとアーサーにしか分からない事なんだろうが。
「それで、契約の話になるんだが……」
そうだ……俺たち三人の中から選ばれるという事か……。
「わたしと契約して頂戴? 魔力も申し分ない量だと思うわ」
「――お前は……。お前はオレと同格の精霊と契約している、だから契約できない」
精霊はきっぱりと言い放った。矢神は、瞬間的に断られたことに対し、疑問を露わにした。
それは俺も同じだった、考える暇もなく、矢神の顔を見ただけできっぱりと断るなんて……何か明確な規定や審査基準でもあるのか? それが〝アーサーと同格の精霊と契約してること”とすれば、矢神は一体どれほど強力な精霊と……
「そんな……一体誰だというの?」
「自分の胸に問いかけてみる事だな」
「え……? もしかして……」
心当たりがあったのか、矢神は目を見開いて問いかけた。アーサーはそれに頷いた。
で、俺はどうなのか? という疑問が思い浮かんだ。
強力な精霊といえば紅玉やアルテミスがまず思い浮かんだ。ハルは強いが、この二人には確実に劣る。ルシファーさんはまず戦う気ゼロだし……。だが、あの二人がアーサーと同格なわけがない。五大精霊が全員揃ってやっとアーサーを召喚できた程だし、きっと俺は大丈夫なはず。
「では、俺と契約して頂けませんか?」
「それも無理だ。理由はこの娘と同じく」
矢神同様、一瞬で断られてしまった。
アーサーと同格の精霊なんて、契約した覚えがない。
だが、アーサーとルシファーさんは双子……ルシファーさんもちゃんと戦えばアーサーと同格になるのか?
「そういう事だ。そこの銀髪の男。オレと契約してくれるか?」
今までのやり取り全て、興味なさげに傍観していたアークに、アーサーは問いかけた。
アークとアーサーが契約……? それは危険だ。こいつにこれ以上強力な力を貸してしまったら……!
「何故俺が? 俺はグリモワール以外興味がない」
「オレの力は格別だ。お前の魔力に融合することで、何百倍も力を付けられるぞ?」
「何……?」
アーサーの問いかけに、アークは反応を見せた。
アークがどんな奴か分かって力を貸そうとしているのか? ここの王だってこいつが……それだけじゃない、復讐のために、無関係な各地の王を殺しまくってるっていうのに……!
「光の王・アーサー。今ここに、この男へ力を授ける」
「俺は幻影の暗殺者アークだ。復讐のためだけに生きる」
アーサーの放っていた光は、アークの心臓部分へと引き寄せられ、吸い込まれていった。
それが全て吸収されると、アーサーは姿を消した。
「見て、ページが……!」
アスタロトさんの指さした方を見ると、グリモワールのページが強い光を放っていた。
「まずい……これは!」
「グリモワールは強い魔力を集めると、消滅してしまう……もう手遅れよ、これはすぐに消滅するわ」
「クソッ!」
アークは壁に拳を押し付け、矢神は落胆した。
そんな、たった一枚のページにどうしてそこまで……
「お前ら、何を基準にこの王のページを狙うんだ?」
俺の問いかけに矢神は口を開いた。
「生きる必要のないゴミ掃除よ。MPMが導いてくれるの」
矢神は悪びれるそぶりもなく、堂々と言い放った。
「ゴミ掃除だと……?」
「えぇ、見たでしょう? この国の王を。それだけじゃないわ、ソルシエールの国や桜雲帝国も機密兵器を作成して世界を壊そうとしていた……そういうゴミを掃除しているのよ。その報酬にこのページが貰える、そしてそれを集めると……願いがかなうの」
拷問に機密兵器……矢神とアークは無差別に王を殺していた訳じゃなかったのか、この世界を脅かす身勝手な王を選別して……
「魔王はお人よしだな。情報をベラベラ喋るとは」
「貴方には関係ないでしょ。光の王さん」
「……何だと?」
睨みあう二人。
「殺すぞ」
「あら、ごめんなさい。生憎わたしを殺してくれる人間はもう見つかっているのよ。……ね?」
矢神は笑みを浮かべながら俺に視線を送った。
こいつ……どこまでもムカつく奴だ。
「ああ、だがそれは今じゃない」
「……ふん、勝手にしろ。俺が確実に息の根を止めるのはただ一人。それ以外は毛ほども興味がない」
アークはそれだけ言い残すと、立ち去って行った。
「グリモワールもアーサーも手に入らなかったなんて、とんだ無駄足ね。帰るわよ、ルプス」
「畏まりました」
矢神とルプスも早々に帰って行った。
残された俺たちは、ただただ立ち尽くす事しか出来なかった。
目が覚めて、一言も発する事なく俯いたままのフルル、皆それに気を使っていたのだ。
そっとしておいた方がいいのか、言葉をかけた方がいいのか、決めあぐねていた。
そうしているうちに、皆の様子に気が付いたフルルは、ハッと我に返る。
「え……あ……みんなどうしたでござるか……? フルルたちもはやく帰るでござるよ……!」
「フルル……」
「なんでこんな時にも笑ってんのよ……」
アスタロトさんの言葉と同じく、絶対に笑えるわけないのに、自分の家族を、仲間を拷問で殺されて……平気なはずない。悔しい、憎い、そう思ってもおかしくない。だって、俺ならきっとそう思うから。
それなのに、フルルはどうしていつも笑っていられるんだ。
こんな時くらい、弱さを見せたっていいのに……
「フルル、大丈夫だ。俺は絶対に居なくならない。……皆だって。だから、大丈夫」
「イオリ……ッ! ……そうでござるね。だから、寂しくないでござる!」
「ちょっと……泣かせないでよね!」
「いつかまた……きっと、会えるでござるね」
「……あぁ!」
フルルはニコリと微笑んだ。
やっぱり、フルルは強い……どんな辛い時にも笑っていられる、それはフルルにしかないものだと思うんだ。
「よし、俺たちも変えるか!」
「ゼル、……涙目じゃが?」
「うっせー! 泣いてねぇよ!」
そう言って涙を拭うゼルさんに、皆は笑う。
こんな日常が、ずっと続けばいいのに。そんな淡い願いを胸に秘めて、俺たちはアンジュへと帰還した。




