二つの顔 ※
※がついている話には、グロテスクな表現が含まれています。
「消えたって……どこに消えたんだよ!」
「それが分からぬから、皆驚いておるのじゃ」
「親を見つけたんじゃない? ……めんどくさいから早く城行こうよ」
夫婦漫才を始める二人と、めんどくさそうに一人で城の方へと歩いていくリリアン。
「このまま女の子を探すのも無謀です、リリアンも一人で行こうとしてるし……俺たちも城へ向かいましょう!」
「あ、あぁ……!」
俺たちはリリアンの後を追って走り出した。
元々体力がない俺にとって、崖上までの一本道を駆け上がるのは想像以上に苦痛だった。
登り終えると、ゼェゼェと過呼吸のように喉が鳴る。
「だ、大丈夫でござるか?!」
「なん、で……皆は平気……なんで、すかっ……!」
不思議そうな顔で俺を眺める皆。この時代は視力が良いだけでなく、体力も高いなんて……
そして、街の景観に似合わない、豪勢な城……。この城だけ別の国にあるような錯覚を感じた。
「城だけ、街並みにそぐわない……とりあえず入ってみますか?」
「あぁ、って……お出迎えか」
「ゼル殿、ご無沙汰しております」
「アトラス帝王階下……」
ゼルさんの視線の先には、小太りの老人が。
豪華な装飾や刺繍の施されたロープを身に纏っている。この人がこの国の王だろう。
「ささ、場内へお入りくださいませ」
そう言って、王は俺たちを中へと通してくれた。
国民はボロい酒場で昼間から大騒ぎ、反対に王はこんな豪華な城で暮らしている……か。よく反乱が起きないな。
中は、容易に想像できた物と大体同じだった。入口から応接間まで一直線に伸びた赤い絨毯。二階まで吹き抜けになっている。両端にある階段から登れるようだ。
二階建てか……あの外観にしては思ってた以上に質素というか意外というか……。もう少し外見に合った内装だとばかり思っていた。
「本当にお久しぶりでございます。……それで、本日はどうなさったのでしょうか?」
俺たちをソファに座らせると、すぐに王は切り出した。
「アトラス帝王階下の命を狙っている人間がこの国に潜んでいます。本日はその護衛に参りました」
「なんと……それは一体……」
「ディアーブルの姫、それから……アークという男です」
ゼルさんが説明し終えると、王は〝何故自分が?”と言いたげな表情をしてみせた。この反応だと、二人と面識すらないんだろう。あの二人はどうして、何を基準にして標的を選んでいるんだ?
「そ、そういえば、皆様。お名前は?」
「こちらは女房の白露。それに……イオリ、リリアン、アスタロト、フルルでございます」
ゼルさんの紹介に合わせて、皆は一礼ずつした。紹介し終えると、王は目を見開いた。
「フルル……さん」
「……? どこかでお会いしていたでござるか?」
「あ、いえ……! 何でもございません」
この王、フルルを知っているのか? この反応……
目を逸らした後も、チラチラとフルルの様子を伺っている。
◆◇◆
「あのオヤジ、フルルに一目惚れでもしたんじゃないの?!」
通された客室で、アスタロトさんの怒号が響き渡る。 一目惚れというより、困惑していたように見えたが……まぁ、俺には恋愛のあれこれは分からないし。もし一目惚れだとしたら……何歳差になるんだ?
「……っ?!」
そんな事を考えていると、ソファに横になっていたリリアンが突然飛び起きた。次は一体何だっていうんだ……
「この部屋……臭う」
「確かに、お香の匂いが……そうか、鼻が良いリリアンには強すぎたのか?」
この客室に入った瞬間から、少しキツめのお香。スパイスと甘さの混ざった何とも形容し難いエスニック風の香り。今に始まったことじゃない。この部屋に入った瞬間から匂っていたのに、相当眠かったんだろう。
と、その刹那、真横で銃声がした。耳をつんざく様な音と、突然の出来事で心臓がビクりと悪く跳ねる。その銃声の元は勿論リリアン。そして銃口の先には粉々に割れた鏡が。
「ちょ、リリアン! 何してるんだよ!」
「……煩い」
めんどくさそうに俺を睨みつけるリリアン。
こんな高そうな装飾の施された鏡を壊すなんて……一体どうしたんだよ。
「リリアン……? 何かあったでござるか?」
「監視されてる。気を付けた方がいい」
「これは……監視用魔道具……リリアンの言う通り監視されておる」
白露さんは破片を拾い上げ、呟いた。
監視用魔道具……? 未来でいう監視カメラの様なものか? 城の客室に監視カメラ。防犯対策として置いてあるのならば、何もおかしくはない。
「それに、これは死体の臭い。……間違いない」
リリアンはそう続けた。
この客室だけお香がキツいのは死体の臭いを隠すため……? リリアンの感覚、視覚、嗅覚は今までの経験上外れた事がないほど正しい。それを信じるなら、この部屋のどこかに死体が……
監視されていたり、死体があったり……かなり物騒だが、ただ、遺体を埋葬しているだけじゃないのか? それに、監視だって防犯と言われれば納得できる。警戒するに越した事はないが、過敏になりすぎな気もする。
「皆固まって行動しよう。その方が安全だ」
「各自警戒を怠る事のないようにするのじゃ」
「とりあえず、今日はここで一泊しよう。リリアン、何か感じ取ったら教えてくれ」
嘘だろ……こんなお香臭いとこで一泊すんのかよ……しかもこの部屋のどこかに死体が隠れてるっていうのに。
◆◇◆
なんだかんだ言って、ベッドに入ってしまえば一瞬で眠りに付けた。だが、時刻は午前二時を回ったところ……
「ん……何だこの音……」
スマホのバイブ音のように持続的に鳴る、低い音で目が覚めた。
「リリアン! この音は!」
「さぁ、分からない。……でも、音が何かに籠ってる」
確かに、密室から少しだけ音漏れしたような聞こえ方だ。一体これは何の音……
「とりあえず王の安否を!」
ゼルさんの言葉と共に、俺たちは部屋を飛び出た。
「王座が消えてる……」
客室から出た後、廊下を曲がってすぐ王座があった。だが、言葉通り消えている。
「よく見るのじゃ! これは……」
王座に駆け付けた白露さん。その視線の先には、下へと続く隠し階段が。王はここに逃げたんだろう。だが、その先は地下……逃げ場にはならないと思うが……。
「行こう、まだ間に合うかもしれねぇ!」
ゼルさんに続いて、俺たちは階段を駆け降りた。降りれば降りるほど、次第に鼻につくようになった、不快な臭い。未だ嗅いだ事のない臭いだが、これは恐らく……
「死体の臭い、さっきよりも強い」
リリアンは険しい表情で呟いた。
もう手遅れなのか……? いや、死体の臭いは俺たちが客室に入った時からしていた。王が死んだとは決まった訳じゃない、どうか生きていてくれ……!
そう思った矢先、大きな木製のが見えた。きっとこの先に隠れようとして……
「大丈夫か!!」
ゼルさんは叫ぶと共に、勢いよく扉を開いた。
俺たちが脳裏に浮かんだ景色は、矢神かアークに殺された、または殺されそうになっている王。
だが、現実はそれとはかけ離れた、誰も想像できないような光景が広がっていた。
鉄格子に入れられた弱り切った人間は、布で口元を塞がれていて、低い唸り声をあげていた。きっと音の正体はこれだ。
そして、中央に置かれた大きな机……いや、まさに手術台だ。その上には腸を引きずり出された死体が。きっと麻酔はされていない。目を見開いて死んでいた。
それだけじゃない、地面には手足のない死体や、腹が裂けて中身のない死体まである。数え始めたらきりがない、いや、数えたくなんかない。
「うっ……!」
フルルとアスタロトさんはその光景を見てしゃがみこんだ。
「こんな部屋……何のために」
「バレてしまっては言い逃れできませんねぇ」
その言葉と共に部屋の奥から出てきたのは、あの王だった。着ていた服は血まみれで、恍惚の表情を浮かべた。
「貴様、何故この様な事をする……!」
白露さんが王に詰め寄ろうとした矢先……
「ただの悪趣味よ」
カツカツとヒール音を鳴らしながら、聞こえてきた声。扉の方を振り返ると、矢神とルプスの姿が。
「毎晩毎晩、貧しい国民や子供を攫っては、人体実験という名の拷問を続けているのよ」
「だからどれだけ貧しくても王に逆らう人間はいない」
だから国民はこんな格差にも耐えていたのか……
きっとこの王に理由を問いただしても無駄だ。きっと理由なんてないんだ。
「……っ! あの少女は……もしかしたら昼間の少女がいるかもしれないわ!」
アスタロトさんは立ち上がり、辺りを見渡した。
そうだ、あの少女は突然消えた。矢神の言う通り、王が子供を攫うのだとしたら……!
「その心配はないよ!」
またしても部屋の奥から一つの影が現れた。この声……今まさに俺たちが探していた……
「な、何で……」
「何でって、この国のお姫さまだからだよ! ね、パパ」
そう言って少女は王に笑いかけた。
この国の姫……? という事はこれに加担しているのか……?
「どうしてこんな事……間違ってるでござる! 皆生きてるのに……何でこんな事……っ!」
「フルル……」
フルルは涙を流しながら訴えた。
そうだ……フルルは誰よりも傷ついてるんだ……。こういう光景、一番見たくなかったに違いない。
「そうそう。フルル、と言ったかね? クアンティー族だろう? まだ生きてたとはねぇ」
王は静かに語る。
〝まだ生きてた”……? コイツ……
「え……?」
「いやぁ、懐かしい懐かしい。あの獣人は実によかった。尻尾を引きちぎるといい声で鳴くんだ」
「アンタ……もしかして」
「ああ、クアンティー族の元飼い主さ。まぁ、もう皆死んじゃったがな」
王は大きな笑い声と共に、言い放った。罪悪感など微塵も無い、そんな態度だ。
王の言葉に、立ちすくむフルル。アンジュの皆は怒りに震えている。
「…………ッ!! 貴様ァ!!!」
「……!! リリアン! やめるでござる!」
「あ゛?! こんな奴、生きる必要ない! ここで殺す!!!!」
王の額に銃を突きつけたリリアンの腕を必死に引き留めるフルル。
何で……フルルの家族を殺した奴が、目の前にいるっていうのに……
「絶対に許せないでござる……本音を言うと生きる必要ないって思う。だけど、みんなの魔法は人を殺すためにあるんじゃない。だから……殺しちゃ駄目でござる……っ!」
「フルル……悪ぃ。コイツは絶たなきゃいけない悪なんだ」
「ゼル殿……ッ!!」
「覚悟しろ。お前に殺された人間の恨みも全て、この剣に…………豪乱焔陣!!」
ゼルさんの剣が炎を纏った瞬間……
「ヘス、起動しなさい」
「はぁい」
少女の返事と共に、一瞬で意識が途切れる。
重くなる瞼、それに逆らうことはできなかった。




