邂逅の夜桜
荒廃した街から出て、十分ほど歩くと、街並みには似合わない桜並木が見え始めた。そして、河川敷の草道に半蔵さんは腰かけ、桜を仰ぐ。
河川敷に沿うように並ぶ沢山の桜は、爛漫と咲き誇っている。何故か強い郷愁を感じ、胸が締め付けられた。
「気配を消さぬとは、騎士としての自覚が足りぬ」
夜を彩る桜から目を逸らす事無く、半蔵さんは言った。
どれだけ息を潜めていても、やっぱりバレてしまうか。
「すみません、久しぶりに桜を見たくて……」
「構わぬ」
半蔵さんの隣に腰かけ、満開の夜桜に視線をやる。
視界を彩る夜桜は、風に乗せて薄桃色の花びらを届ける。
「素敵な場所ですね」
「ここに来ると、不思議と落ち着くのだ。そして思い出す……陽葵の事を」
半蔵さんは桜から視線を外す事なく、少しだけ寂しげな表情をしてみせた。
そうか、二人の生まれ育ちは桜雲帝国、思い出もきっと桜だったんだろう。桜が雲のように咲き乱れる国、桜雲帝国……素敵な場所だった。
「半蔵さんはどうして組織に?」
「この人生を、少しでも誇れる物にしたい」
真っ直ぐと俺を捉えた蒼の瞳。
罪滅ぼしのためか……それとも弔いか……
「ずっと死ぬ事ばかりを考えていた。何も食わず、一睡もせず、次第に衰えていき……いつか死ぬはずだった」
虚ろな目で呟くように語り始めた半蔵さん。
これ以上聞くのは申し訳ない罪悪感と、どうやって立ち直ったのか知りたい好奇心が俺の中で葛藤する。
「だがある日、夢に出てきた。夢の中で陽葵は、強い愛で結ばれてさえいれば、またいつか巡り合える。それを信じて……生きてください。と拙者に言った。それは陽葵の口癖だった」
そう語る半蔵さんの目には涙が浮かんでいる。
〝強い愛で結ばれてさえいれば、またいつか巡り合える。”か。なんて陽葵さんらしい素敵な言葉なんだろう。最期まであの人は……
「……拙者は生きなくてはならぬ。また、陽葵に出会えるように」
涙を流しながら、強く謂った。
半蔵さんの過去を聞いてしまっては申し訳ない、などと遠慮していた自分を恥じた。こんなにも聡明で真っ直ぐ愛を貫いている彼に、遠慮なんて要らなかった。
それに、半蔵さんは陽葵さんの事を〝過去の悲劇”なんて思っていないんだ。陽葵さんとまた出会うために一人で頑張って……そんな強い人なんだ。
「だから何としてでもこの街を救い、少しでも誇れる余生を過ごすのだ」
「きっと半蔵さんなら出来ますよ」
お世辞なんかじゃない、心からそう思えるほど、強く逞しい生き方。
考えられない絶望から這い上がり、必死に毎日を生きている。なんて恰好良いんだ……
「その為にはあの警備兵の力が必要です。……まぁ、もう敵対しているようなものですけどね」
「何故あの女は拙者達を助ける? 街の人に死んでほしくないにしろ……おかしな点が多すぎる」
そうだな……女は〝地下施設に戻れ”ではなく〝街から出ていけ”と言う。何故俺たちが街の人間ではないと知っている? 半蔵さんの言う通り謎が多すぎる。
「イオリ!!」
突然背後から聞こえてきたゼルさんの声。只ならぬ焦りを感じた。
「どうしたんですか?」
「状況が変わった。……これから街を出なきゃなんねぇ。早く馬車まで戻ってきてくれ!」
それだけ言い残すと、ゼルさんは走り去ってしまった。
状況が変わった……? まさか、アークがもう……?! だが、このまま半蔵さんたちを置いて街を出るなんて……
「行け、必ずこの街を救うと誓う」
「半蔵さん……! お願いします!」
半蔵さんに深く頭を下げ、ゼルさんの向かった方向へと走り出した。
急がないと。次こそは無駄な犠牲を出さないために……!!
「帰るのですか?」
地下施設が見えてきたのと同時に、上空から聞こえてきた声。それに反応して俺は足を止めた。
見上げると屋根には警備兵の女が。
「俺たちは帰ります。だから……どうかあの二人の力になってあげて下さい。お願いします……ッ!」
「本当は、巻き込みたくなど無かったのです。この街の問題に」
地面に着地し、淡々と説明する女。
俺たちを巻き込まないために、あんな嘘を……?
「半蔵さんはずっと独りで戦おうとしてる……だから、お願いです。力を貸してください……」
詰め寄るように懇願しても、顔色一つ変えない女。
半蔵さんには霞さんがいる。だけどあの人は全部独りでこなそうとする。だから、誰かが助けてあげないとずっと独りで……
「――強い愛で結ばれてさえいれば、またいつか巡り合えます。彼は独りではございません」
「はい。……っ! 貴女は……!!」
「私はシオン。それ以外の何者でもありません」
なんで……何でこの人が陽葵さんの口癖を……まさか……いや、そんなはずは……
「イオリ!」
背後から呼びかけられ、振り返ると白露さんの姿が。
何て説明したら……だが、確実じゃない。どうするべきか……
「……そなたの忠告通り、私達はこの街を出る。半蔵という男にこれを渡してくれぬか?」
そう言って白露さんが差し出したのは、桜の花が二つ付いた可愛らしい簪。これは……桜雲帝国に残されていた陽葵さんの……
「あの二人を助けてあげてくれぬか。……この通りじゃ」
簪を差し出しながら、深く頭を下げた白露さんの手は、優しくそっと握られた。
「……強い愛で結ばれてさえいれば、またいつか巡り合える。それを教えてくれたのは白露様でした。どうぞ、ご無事で」
簪を受け取り優しく微笑むと、高く跳ね上がり時計台へと着地した。
満月を背に、ひらりと靡く髪。あの優しい微笑みを……俺は知ってる。
「……っ!! 陽葵なのか?! 何故…………くっ……、半蔵を、頼んだ」
逆光で顔も表情も見えないが、そのシルエットは小さく頷いた。
涙を流す白露さんは、彼女が去るのを見送ると、弱々しく呟いた。
「よかった‥‥…っ」
すべて終わったら、またこの街に来よう。その時に二人が結ばれていますように……。
番外編終了です。どうしても書きたかった物語が書けて本当に満足です。
ちなみに半蔵は戦国無双のとあるキャラをモチーフに作りました。




