待宵の武士
「警備兵……だと?」
静かな夜の街に半蔵さんの声が響く。
音も無しに突如姿を現した女。キングズ・カラム街の警備兵だと名乗っているが……信じても良いんだろうか? 一応殺戮聖域の女かもしれないから油断はできないが。
「えぇ、この街を守るのは私だけで結構。どうぞ、お帰り下さいませ」
冷たくきっぱりと言い放つ女。まるで「貴方達では力不足」とでも言いたげな表情。確かに刀捌き、殲滅力は比にならないほど飛び抜けている。だが、あの量を一人で相手するなんて不可能だ。
「お主、名は何と申す?」
「私に名前はございません。ですが……シオン、とでも名乗っておきましょうか」
ますます怪しい。警備兵なのに名前を持たないなんて……。
チラチラと様子を疑っているのがバレたのか、女の切れ長の目が俺を捉えた。その目に睨まれると、不思議と動けなくなる。
「もうじき夜が明けます、そうすれば機械も現れません。機を見てこの街からお帰り下さいませ。……どうぞ、ご無事で」
女はそう告げるなり高く飛び上がった。寺院の彫刻部分に着地すると、そのまま姿を消した。
「イオリ様、あの女は危険です」
「あの人は俺たちを助けてくれた。だけど……」
「……女から微塵も魔力を感じません」
そう、紅玉の言う通り全く魔力の気配すらしない。だったらどうやってあのロボットの大群を一瞬で葬ったというんだ? それに、ただの警備兵だとは思えない。アンジュの騎士でさえあんな風に殲滅することができないのだから。こんな国でもない街の警備兵にしては……規格外に強すぎる。
「あの女の言う通り夜が明け始めている。一度地下施設に戻って話し合いを」
「そうですね……。紅玉、本当に助かりました」
「いえ、またお力添えします。いつでもお呼び下さい」
半蔵さんを追って拠点である地下施設まで戻ると、皆の様子に違和感を覚えた。
何だ?この空気……重苦しいというか、なんというか……
「あの、戻りました」
「イオリ、大変な事になった」
厳しい表情でゼルさんは口を開いた。大変な事って一体……
「アークが再び動き出したそうだ」
アークが……? 一体何のために? いや、アイツの目的はただ一つ、グリモワールだけ。だとしたらまたどこかの国の王を殺すために?
薔薇の女王に桜雲帝国の王。俺たちはどちらも守る事が出来なかった。次こそはアークを止めてみせる。犠牲者は出したくない。あんな汚いやり方、間違ってる。
「という事は……俺たちはここを出るという事ですか?」
「けど、アークが目的の国に到着するまでにまだ猶予があるんだ。……長くて三日」
「決して長くはない時間じゃ。それまでに殺戮聖域の連中を片付けなくてはならない」
三日で殺戮聖域の連中を倒す、か。まだ出会えてすらないのに? そんなの無理だ。
……だが当てはある。もしあの女が殺戮聖域の連中ではなく、味方に付いてくれた場合、成功率はぐんと上がる。とはいえ、女は俺たちの事を快く思っていない。一筋縄ではいかないだろうな。
「キングズ・カラム街の警備兵と名乗る女に出会いました。魔力を全く感じないのに、凄まじい程の殲滅力で敵を一瞬で……」
「だがあの女は得体が知れぬ故。危険だ」
「そうですが……味方になってくれれば大きな戦力になります」
半蔵さんは「ふむ」と顎に手を添えた。危険なのは分かってるが、何より時間がない。今は猫の手も借りたいほど。だったら駄目元で交渉してみるしかない。
「そんなスゲー奴が味方になってくれるなら本望だな!」
「この街の警備兵なら、この地下施設にいるはずだ。街の人に聞いてみよう」
霞さんの提案で皆は立ち上がり、街の人への聞きこみが始まった。
◆◇◆
「だぁぁあ! 本当にここの警備兵なのか? 知ってるどころか、この街に警備兵がいた事を知らない人間しかいねぇじゃねぇかよ!」
「そうじゃな。その女が殺戮聖域の人間ではないのか? そうだとしたら迂闊に行動するのは危険じゃぞ」
ゼルさんは溜息をつくと地面に腰かけた。
確かに、この街の警備兵なのに顔を知っている人物が一人もいないのは怪しい。やっぱり皆の言う通りあの女が殺戮聖域の人間だったのか?
まぁ、それなら一瞬であんな風に殲滅できたのにも納得がいく。俺たちに「この街から出ていけ」と言った事にもな。
「見ない顔だな、君たちは何処から来たんだ?」
老いた女性の声が背後からした。振り返ると、六十代前後の女性が立っていた。
「あ……俺たちはアンジュ帝国から、二人はとある集団の依頼でここに来ました。お婆さん、この街の警備兵の方をご存知ですか?」
「警備兵……だと?」
お婆さんは顔を顰めた。この歳の人間に聞いたところで、知っていそうな気配はないが……なんせこの女性は老人。警備兵とは無縁だろうが……。
「昨夜、この街の警備兵と名乗る女性に助けて頂きました。どうしてもお礼がしたくて……」
バレない程度のカモフラージュを交えながらとんとんと説明すると、お婆さんはゆっくりと口を開いた。
「あやつ……勝手なことを。……警備兵の情報はこの街の機密事項だ、知っている人間は一握りだけじゃよ」
「なっ……婆さん……何者なんだ?」
「ハッハッハッ! なーに、これでも若い頃はやんちゃだったもんでな。今でもこの街を守るために戦っている老兵じゃよ」
お婆さんは笑いながら言った。老兵……? 言っちゃ悪いが見た目は冴えないお婆さん。まず戦えるのか……? だが嘘をついているとも思えないし……あの女の情報を知る手掛かりになりそうだが、簡単に口を割いてはくれないだろう。
「そうじゃ、最後に一つ言っておく。あやつは〝待宵の武士”じゃ。君達と共に戦うという事は絶対に無い。諦めるんだな」
お婆さんはそれだけ言い残すと去っていった。
……俺たちの目的はバレバレってわけか。こうなったら、今夜また機械退治に出向くしかないな。直接交渉するしかない。
俺達と共に戦うことは絶対に無い……か。確かにそうかもな。だが、国民のためなら……
◆◇◆
今夜もキングズ・カラム街の景色は妖しく綺麗だ。色とりどりのステンドグラスが月光に反射し、石畳を彩る。カチカチと大きな音を立てて、一定のリズムで動く大きな時計塔の秒針。
全てこの街の景観を壮美に魅せる為の物かと思えてくるほどだ。
「俺と半蔵さんが交渉に出ます。皆さんは影に隠れて様子を見ていてください」
「二人では交渉ではなくなる。……拙者一人で行く」
「そうですね……お願いします」
万が一何か起きても、すぐ傍に全員いる。半蔵さん一人に任せても問題はないだろう。
だが、半蔵さんもかなり頑固な性格……荒立てないように気を付けてほしいところだ。
「では、行って参る」
そう言い残して開けた広場の様な場所に一人出ていく半蔵さん。
静寂な街に、カツンと下駄の音が響く。
『掃除シマス』
どこからともなく現れたロボット。その数おおよそ二十。
半蔵さんは詠唱を終え、出てきた刀を握ると数秒の速さで全て殲滅して見せた。相変わらず速く綺麗、それで無駄の無い洗練された動き……流石だ。
想定していた通り、次々と集まるロボットの大群。いつ見ても気持ち悪い程の数、百は確実に超えている。
「天之村雨、殲滅せよ!」
半蔵さんの手元は高速すぎて最早見えない。ただ、青い光の残像だけが強く輝いている。その光の数だけ、バタリバタリとロボットが倒れてゆく。
だがその勢いも、いつしか押し寄せる大群に飲み込まれてしまいそうな程に弱まっていった。
……頼む、来てくれ……!
「散れ」
俺の願いと同時に、冷たく放たれる一言。
高台から着地し、刀を地面に突き刺すと、辺りに激しい風が吹き荒れた。白い花びらが同時に舞い、思わず見とれてしまう。
半蔵さんの目をまっすぐと見つめるのは、間違いなく昨日の女。
やっぱり現れた。老婆は本当に警備兵だと言っていたが……この異常なほどの殺気、どうかしてる。
「昨夜忠告したはずですが?」
女は冷酷な一言を半蔵さんに投げかける。
何を言われても、例え刀を構えられても微動だにしない強さ。
「……女、何故拙者を助ける」
「私はただ、この街から死者を出したくないだけでございます。勘違いしないでくださいませ」
「ならば拙者と手を組まぬか?」
女の微動だにしない様子に臆する事無く、半蔵さんは交渉を始めた。
さぁ、ここからどうなる。
「〝拙者と”……ですか。ならばあの者たちは〝敵”なのでしょうか」
そう問いかけるなり、女は抜刀する。
まずい……俺達の事、バレてる。魔力を持っていないなら魔力に反応する事はない、それなのに何故?
「状態異常、睡眠効果を付与。はっ!」
「無駄です」
白露さんの咄嗟の一射を見切ったのか、女は刀を振り下ろした。
そう、半蔵さんから目を逸らさずに。
「……なっ?! 白露の矢を見ずに……?!」
ゼルさんの一言でやっと、女はこちらに目を向けた。まるで最初から知っていたかのように。
まずい……これは戦闘になるか? 人数的にはこちらが圧倒的有利ではあるが……相手は桁違いの殲滅力を持っている。
「私は一人で戦い続けます。早くこの街から出て行ってください。……邪魔で御座います」
女はそう吐き捨てると、俺を睨みつけた。
完璧に作戦失敗だ。何もかも見透かされていた上に、ここまで邪険にされるといつ斬られてもおかしくない。ここで無駄な争いをしないうちに引くのが最善だろう。
そうだ、無理に手を組まなくても実質協力し合える関係を目指せばいいんだ。ロボットの殲滅は女に任せて、俺たちは殺戮聖域の人間を探す。それがいいのではないかと思えてきた。
「一人で無限に現れる敵を倒すというのか?」
霞さんの問いかけに女は呟く。
「千」
「ん?」
「機械が生産される数は一夜に千体。それだけ倒していれば良いのです」
千体だと?! まさかこの女、俺たちがこの街に来るまで毎日一人で千体も倒してきたのか……? 信じられない、規格外すぎる。魔力もないのに何処からそんな力が……
「貴方が倒した機械は147体。私が倒した機械は698体。残り155体、私一人で十分でございます。どうぞ、お任せくださいませ」
この女の言葉の次元が違いすぎて意識が遠のく。
何を言ってるんだ? 軍の半分以上一人で片付けた上に、半蔵さんが押されるほどの数を余裕で倒せるなんて……そんなの無理に決まっている。
「この女の言う通り、引こうぜ」
ゼルさんの指示で、俺たちは地下施設へと向かった。
正直納得いかない。それはここにいる皆そうだろう。だが、俺たちにこれ以上出来ることはない。あと二日で殺戮聖域の人間を倒すことが出来るんだろうか?
その為には絶対、この女の力が必要なのに……
「拙者は寄る場所がある。皆は先に戻ってくれ」
道の途中、半蔵さんは言い残して別の方角へと向かってしまった。
この前言っていた所か……?
この寂れた街には似合わない、桜の咲いた場所……か、気になるな。
絶対にバレないように付いて行って、すぐに帰ろう。
俺は皆の向かう道から外れ、隠れながら半蔵さんの後を追った。




