最後の総攻撃
空から無数の黒い羽が降ってくる。そして舞い降りてきたのは漆黒の翼を持つ天使……。
分厚い魔導書を開いて、矢神に問いかける。
「姫様。何なりとご命令をどうぞ」
「どれだけ魔力を使っても構わないわ。即急にアレを止めて頂戴」
「ツクヨミ……か」
ツクヨミの姿を見るなり手を顎に添えるメタトロン。
見た感じ、かなり知的そうに見える。これは信用してもいいのだろうか?
「魔導術式、展開! これより対象の魂を刈り取る」
分厚い魔導書は、瞬く間に大鎌へと姿を変える。
ツクヨミは魔法陣で挟まれているようだ、これなら動きを止められるかもしれない! その間、俺はもしもの時のために……
『我の魔力に値する精霊。汝、我の元に姿を現せ……! アルテミス!!』
ツクヨミは俺たちを一掃するつもりらしい。それなら防御力の高いアルテミスで……
「……制裁」
アンドロイドの様な声が響く。
その声に反応してメタトロンは振り返った。
「アルテミス……」
「…………」
「……話は後だな。魔力を融合させよう。俺達の魔力が合わされば……」
真剣な顔で提案したメタトロンの手を取ると、二人は口を開いた。
『魔力融合』
どこかで聞いたことある魔法……。俺は必死に自分の記憶を辿る。……駄目だ、思い出せない。
そうしているうちに、メタトロンの右手からは紫の光、アルテミスの左手からは緑の光が。その二つの光は瞬く間に合わさってゆく。
この魔法……アークの手下が使っていた……確か、アルテミスを封印されたんだったな。
魔力を融合させると、それほど大量の魔力が出来上がるのか?
「姫……駄目です。この精霊は魔力の消耗が激しい。危険です」
「そんなに大量の魔力を必要とする精霊がいるのか? 俺が召喚したアルテミスは五大精霊なんだが……それ以上となると……」
矢神を心配する長身男に問いかけると、きつく睨み返してきた。
心配性すぎる。悔しいが、矢神は俺以上に魔力を持っているはず。メタトロンの必要魔力がどれくらいかは分からないが、コイツが心配するほどの事か?
「貴様、何も知らぬ分際で……! この精霊は五大精霊の一人。その上、五大精霊の中でも別格の魔力を持っている。それ故魔力の消費も絶大で時に危険を及ばす。貴様ごときと一緒にするな」
「なっ?! この精霊は五大精霊の一人なのか……?」
こいつが五大精霊の中でも別格の魔力を……? そういえば紅玉が、矢神と契約している精霊もいるって言ってた気がする。それが、このメタトロン……
「ぐ……っ」
突然視界がゆらりと動く。安定しない足元……これは、魔力の枯渇か……? 嘘だろ……まだ三分も経っていないはず……くそ、こんな時に!
「……こんな物で十分だろう。姫、只今よりツクヨミを滅します」
先ほどよりも一層強く光を放つ鎌は、真っ直ぐにツクヨミを狙う。ここからでも感じる凄まじい魔力の量……ツクヨミにも劣らないほど強い。
『これより、地獄の制裁を執行する。罪人の魂を刈り取れ、混沌の残響!』
力強く放たれた一撃は、ツクヨミめがけて解き放たれた。
その刹那、今まで鎌と化していたものは、元の魔導書に姿を変える。
『……裁きは下された』
魔導書からは、思わず目を閉じてしまう程強いレーザービームが放たれた。
目を閉じていても分かる、この魔力……規格外に威力が高い。こんなレーザービーム、国ごと壊してしまうんじゃないか?
ゆっくりと目を開くと、竜巻の様な暗黒と紫の稲妻で構成されたレーザーが、ツクヨミの元へ真っすぐと……
「なっ……!」
ツクヨミの頬を掠めるくらいの距離で、レーザーは反射した。まるでツクヨミの前に壁でもあるかのように、不自然に……
このままだと俺たちにレーザーが……!
「防御城壁、展開」
アルテミスの声が辺りに響き渡る。そして姿を現す透明な壁……。ゼルさんがガス爆発を起こした時に展開された物と同じだ。
撥ね返されたレーザーは、アルテミスの展開した城壁にぶつかると、光の粒へと姿を変えた。
そしてその粒子はアルテミスへと吸収されてゆく。
「助かった……アルテミス、ありがとう」
「安心している場合ではない。奴に攻撃は通用しない。我の上位互換だ……それも、比べられない程」
そうだよな……こんな反撃……気付かずにはいられない、痛いほど思い知らされた。こんな状況化を前に、一体どうすれば……
「ならば俺が……」
メタトロンが口を開いたその時……矢神は足元から崩れ落ちた。
……全身が青白い。それに、激しい息切れ。魔力が枯渇したのか?
「姫……っ!!」
間一髪で長身男が矢神を支える。今にも目を閉じそうなほど、矢神は衰弱している。
「情けないわよね……兵の仇すら取れない姫なんて……メタトロン。このままわたしの魔力をすべて使って……そしてあいつを……」
「姫……駄目です! このままでは……!!」
『星天魔法陣……召喚!!』
最後の力を振り絞り、叫んだ矢神はそのまま目を閉じた。
これは……魔法か? それとも……
「くっ…………姫。絶対に姫は俺が守る……だから、安心してください」
長身男は歯を食いしばって、目を閉じたままの矢神に誓う。
矢神……気絶してるだけだよな……? 自分の命と引き換えに、なんてそんな事ないよな?
「これは……魔力が溢れてくる。これなら、最期の執行を……」
「私も力をお貸し致しましょう。これは……主からの恵み」
「…………」
こいつ……前に盗賊の城で矢神が使っていた精霊……箱詰めにされた無数の魔物を一人で片していた。
もう一人の方は初めて見る。俺たちの身長の五倍はある……石のような質感でできている。肌だけじゃなくて髪まで。巨人というより、巨大な石像か?
「オーディン……それに、ガイアまで。……そうか、姫はあの魔法を使ったのか」
メタトロンは俯いて「何という事だ、信じられない」と言わんばかりに頭を左右に小さく振った。
一体矢神は何をしたんだ? 一度に三人の精霊を召喚するなんて……こんなボロボロで魔力が持つわけ……
……まさか、やはり矢神は自分の命と引き換えに?!
「イオリ……サリー様は無事よね? ……そうよね?」
心配そうな表情でアスタロトさんは問いかけてくる。だが、首を縦に振ることも、横に振ることもできない。俺は長身男の目を見る。
「……星天魔法陣。古代魔法の一つだ。三日分の全魔力と引き換えに、精霊三体を召喚する……クソッ……姫、何て無茶を」
悔しそうに呟く長身男。言葉が出ない俺たちは、ただただ立ち尽くす事しかできなかった。
兵が殺された、だからと言って自分の魔力を三日分も捧げるなんて……俺が憎んでいる、あの矢神がそんな事をするとは思ってもいなかった。
自分たちのやり方で、好き勝手……いや……考えてみれば、矢神はいつも仲間を大切にしていた。サタンがディアーブルに現れた時も、二人を助けるために自らを犠牲にした。そして……今だってそうだ。
こいつ……本当に俺を殺した、あの矢神か?
目を閉じる直前に映り込んできた、あの冷酷な眼……
駄目だ、俺はあいつに復讐するって決めたのに。無駄な事を考えるのはやめよう、気持ちが揺れないように。
「皆よ! 俺たち精霊の活動時間は限られてる。だから……この一撃で決める。協力してくれたまえ!」
メタトロンは強く言い放った。一撃で……敵味方関係なく、協力してツクヨミを倒す。か……
俺の魔力ももう長くは持たない。それしか方法はなさそうだ。
メタトロンの呼びかけで、皆は立ち上がる。血を流している者、傷だらけの者も、必死で起き上がった。
『俺は正義。闇を喰らい、貴様を滅する。……消えろッッ!!』
「……不純ナ者ヲ制裁スル。消滅ノ罪状」
「超強・威力上昇を付与。神のお恵みを……皆に。」
「…………」
「我が幻影の魔剣に司りし悪魔・パイモン、生贄の魂を食らい姿を現せ」
「具現化レミントンに変換。さぁ、……決めるよ」
「あたしだって……天魔氷結! 冥界で凍えなさい!」
皆はそれぞれの魔法を発動した。バラバラだった魔法は一つに収束され……今まで感じた事ないほどの魔力を放っている。
「……凄い。こんな魔法見たのは初めてだ」
「凄いでござるね……フルルも初めて見たでござる」
「フルルは戦わなくていいのか?」
「…………え、えへへ」
……はぁ。ま、しょうがないか。
それにしても、この壮大な魔力……これは流石のツクヨミでも……
『無礼ナ者、殺ス』
ツクヨミは動く事なくバリアを貼る。そのバリアは俺たちの魔法よりも、はるかに強靭みたいで、安易に撥ね返して見せた。
「な……っ!?」
これほどの魔力を集めても、ツクヨミに当てることさえ出来ない……
こんな相手……勝てるわけがない。
「嘘だ……俺の悪魔がこんな容易く……? 姫……っ……」
長身男は矢神を強く抱きしめた。このままだと俺たちは……死…………。
だが、反射した魔力は空へと吸い込まれていった。
そして透き通った緑色の光を放つ雨が、俺たちに降り注ぐ。
何だ……? 魔力が回復していく……それに傷も塞がってる。これは一体……
「ごめんね、遅くなって。……もう大丈夫だよ」
空から降り立ってきたのは、六枚の羽が生えた天使だった。




