ソルシエールの国
あの事件からようやく一週間が経とうとしていた。
結局アークがアンジュに来ていたことは王子の希望によって、俺とゼルさんと王子だけの秘密となった。表向きにはアークは来てない、あれはハッタリだった。ということになっているらしい。
きっとこれも王子の人柄の良さだな。
だが、せっかく五大精霊を手に入れるチャンスだったのに惜しい事したな、と後悔は募るばかり。まぁいい、先に後の二体を探すか。
白露さんとゼルさんはあれからずっと桜雲帝国に行ったっきり帰ってこない。やりたい事や聞きたい事も沢山あるのに出来ない。
一人でただ時間を潰すだけの毎日……そんな無駄な日々を過ごしていた。
「イオリ! イオリッ!! 大ニュースでござる!!!」
壊れそうな勢いで開かれる自室の扉。振り返らなくても犯人は分かり切ってる。
はぁ、ドアはゆっくり開け閉めしろと何度言ったら……
「どうしたんだよ、フルル」
「この場合ニュースというか事件というか……」
フルルのらしくない神妙な顔つきに一瞬不安がよぎる。フルルがこんな難しい表情をするなんて、きっと相当の事があったに違いない。
フルルの顔を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「ディアーブルの兵隊がソルシエールの国へ向かって進軍を始めたでござる。これは大きな戦争になるでござるよー……」
矢神……一体何を考えてるんだ。もしかして相手の国に何かされた? 理由もなしに人を殺すような連中だが……詳しい情報が知りたい。
「その、ソルシエールの国ってどんな国なんだ? 極悪な奴らが住んでるとか?」
「逆でござる、名前に似合わず友好的で穏やかな国でござるよ。アンジュからそう遠くないから交友関係も深いでござる」
成程な。そんな国に手を出すとは……黙っちゃいられない。
「よし、行くぞ」
「正気でござるか?! ゼル殿も白露殿も不在でござる、やめておいた方が……」
「これ以上あいつらを見過ごすなんて無理だ」
何の罪もない人間が殺されていくのなんて見てられない。幸いにも、そのソルシエールの国は近いみたいだし、矢神たちよりも早く到着できるかもしれない。
「だったらリリアンとアスタロト様を呼んでくるでござる! 馬車の用意を頼むでござるっ!」
フルルはそう言い残すと、また壊れそうな勢いで扉を閉め、行ってしまった。相変わらずな様子に一つ溜息をつき、俺も部屋を出た。
矢神は何故平和そのもののような国に戦争を?
まさか……グリモワールのためか……? そうだとしたら一刻も早く止めないと。
◆◇◆
「……で? なんであたしまでついて行かなきゃいけないわけ?」
馬車の窓に肘をつき、不機嫌そうな表情でアスタロトさんは言った。
「ほら、あの姫に会えますよ」
「あのねぇ……サリー様には会いたいわよ? でも戦いたくはないのっ!」
俺の慰めも儚く散った。それどころかアスタロトさんの機嫌はどんどん悪い方へ……
「あ、まさか……あの昔話が怖いでござるか~?」
「……なっ! そ、そんな訳ないでしょ?!」
……図星か? 肩も足もガタガタに震えて青ざめてるが……
フルルは、ニヤニヤとアスタロトさんの反応を面白がっている。
「ところで、その昔話ってなんだ?」
「知らないでござるか? ソルシエールの国の中には〝紫煙霧森”という森があるでござる。そこは煙のように不気味な紫の霧に包まれていて、足を踏み入れると……」
怪しげな目でアスタロトさんと隣の俺の顔を交互に見つめるフルル。
な、なんだよ……
「……二度と帰れない」
「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
突然飛び起きて言葉を発したリリアンに過剰なほど驚き、気を失ってしまったアスタロトさん。
あーあ、やりすぎだ……
「そんな話本当なのか?」
「……うん。戻ることも成仏することもできずに永遠に……魂は出口を求めて彷徨い続ける」
なんて物騒な話なんだ……これが昔話だと? どんだけダークな時代なんだよ。
そんなところに暮らすのが、優しく穏やかな国民か。なんとも信じ難い話だな。
「…………っ!」
突然血相を変えて窓の外を見るリリアン。そうだ、リリアンは異常なほど目がいいんだった。何が見えているんだ?
「どうした?!」
「……もう戦争は始まってる」
ここからでも見えるあの煙立ってる森か……? あれくらいの距離なら走っていける。
「降りよう! アスタロトさん、起きて!」
「んあ……?」
フラフラと立ち上がったアスタロトさんの手を引いて馬車を降り、走り出した。
次第にはっきり見えてくる三つの影、誰だか考える前に分かった。
戦争中なのに余裕ぶっこいて戦線から外れるなんて……良いご身分だな。矢神。
「アンジュ帝国の人間がこんな辺境の地に何の用かしら?」
「ソルシエール国民が悪魔に襲われてるって聞いたんでな。助けに来たんだ」
いつもは黒いゴスロリのドレスに身を包む矢神。だが今回は戦争だからか、半分甲冑半分ドレスのような武装をしていた。一応戦う気でいるようだ。
「それで、お前らの目的は?」
「失くしたものを取りに来たのよ。ただそれだけ」
矢神は冷たい目で呟いた。
こんなところで失くしもの……? それなら何故こんな厳重な戦闘態勢で? 色々と矛盾がありすぎる。
「あなたは知ってるでしょ? 荊の国でわたしと一緒にいた子」
「あの怪盗……! あいつがどうしたんだ?」
「行方不明なのよ。グリモワールのページも一緒に」
だからってどうして戦争を仕掛ける必要があるんだ。こんな「貴方の国が拉致したんでしょう?」とでも言うような臨戦態勢で……流石、過激派だ。
「それならフルルも探すの手伝うでござるよ!」
「あ、あたしもっ!」
勢いよく手を上げ、名乗り出たフルルとアスタロトさん。そんな二人の好意に対して、矢神は冷たく吐き捨てた。
「あの子は殺されたの。遺体がここにあると聞いて引き取りに来たの」
――なっ! あの怪盗が死んだ……? それも殺されたなんて……
「殺された? ここの国民は穏やかで争いを好まないと聞いてる。何かの間違いじゃないのか?」
「間違いですって? じゃあルルの首に黒くハッキリと付いていた、あの手形の痣は何だっていうの?」
絞殺……? それも黒い痣が付くほどの力。相当憎しみが籠っていたのだろうか?
そして盗まれたグリモワール……。
そうだ、きっとあの怪盗は懲りることなくここの王を殺そうとした。その最中に返り討ちにされた。この説はかなり濃厚だと思う。
だったら正当防衛として成り立つ。だがこの時代にそんな法律はないだろう。「殺られたら殺りかえせ」そういうことか。
「あいつが王を殺そうとしたんじゃないのか?」
「そんな指示は出していないわ。ルルは魔導書を買いに行ったのよ? ただそれだけなのに……」
矢神は消え入るような声で涙を流した。もし矢神の言うことが本当だとしたら、そうとう好戦的な国民ということになるが……。ここの国民の事をもう少し調べてみる必要がある。
……とはいえもう戦争は始まっている、ここで城門から入っていってもディアーブルの国民だと勘違いされて殺されるだろう。
……もう、どうしようもないのか?
「なぁ、一回話し合ってみないか?」
「何を? 話なんて通じる訳ないじゃない! こんな酷い事する奴らになんて……」
変わらず涙を流し続ける矢神の肩を寄せる長身男。キツく俺を睨みつけた。
こいつらだって罪のない人たちを殺しまくってるのに。自分の仲間が殺されたら〝酷い事”だと? あまりにも虫が良すぎる。かと言って怪盗が殺されてもいい理由にはならない。
「分かった、俺が行ってくる」
「あたしもついて行くわ!」
「アスタロトさん、助かります! フルルとリリアンは危ないからここにいてくれ」
それだけ言い残すと、俺とアスタロトさんは城めがけて走り出した。




