泡沫の残桜
俺達は夜の城下街を駆け抜ける。
空は怪しく灰色。満月と眩しい雷光だけが、この不穏な夜を照らした。
お願いだ、無事でいてくれ。俺達が馬鹿だったんだ、あの二人の戦略にまんまと嵌って時間稼ぎされて……
「おい! どうなってるんだ!」
ゼルさんは近くにいた兵士に問いかけた。だがその兵士の顔は絶望に染まっていて……
「あ……あぁ……城に二人の侵入者が……そして……うぁぁああああああ!!!!!!!」
兵士は泣き崩れた。その表情で全て察してしまう……やっぱり王は殺されてしまったのだと。戦う音は聞こえなかった、だとしたら暗殺か? だが……城に入るにはこの門を必ず越えなくてはならない。それなのに辺りに居る兵達は無傷……
「何故……何故こんな事を……!」
白露さんは人混みを掻き分けて城へと向かって行く。そして、白露さんの後を追おうとした俺の足を必死に掴む兵。
「陽葵様まで……くっ……」
陽葵さん……?! そんな訳がない。だって俺達は陽葵さんの背中を見送った、もうこの国にはいない筈。
「大丈夫です、陽葵さんならこの国から脱出しています」
「違う……この目で見たんです……陽葵様は、燃える城に一人で……そして悲鳴が……」
何だと……? 陽葵さん、引き返してきていたなんて。そして巻き込まれて……そんな、どうして……
「クソッ! 白露を追うぞ!」
ゼルさんは舌打ちをして走り出した。まだ奴らの手下が城に居たら白露さんまで危ない、これ以上犠牲が増えるのは絶対に阻止しなくては。
城に近付くにつれて人混みが激しくなっている。それに呼応するかのように赤々とした炎が城を覆い尽くしていた。
何だよこれ、こんなんじゃ助けるも何も……
その燃え盛る炎を鎮めるかのように、ぽつりぽつりと雨が降り出した。徐々にそれぞれの方向へ去っていく国民達。城の扉の前には、膝から崩れ落ちた白露さんの姿が……
「さっき笑顔で送り出したではないか……それなのに、どうして……ッ!」
白露さんの手には鮮やかな桜をモチーフにした簪。きっと陽葵さんの物だろう。ということはやっぱり、わざわざ引き返してたのか。王に続いて陽葵さんまで犠牲になるなんて……
「白露……」
「これほどの雨ならもうじき鎮火されるであろう。早くアンジュへ帰らねば……準備は出来ておる」
「白露」
そう言って不自然に微笑む白露さんをゼルさんは強く抱き寄せた。俺から見ても強がってると分かる。きっと声を上げて泣きたいだろうに、ここでお別れをしたいだろうに……こんな時まで強がって平然を装うなんて、そんなのらしくない。
「うぅ……っ、私は大丈夫じゃ。こうしている間にも奴等はアンジュを狙っておる。泣くのはそれが終わってからにする。だから早く……」
「……分かった。その時は傍にいるからな」
こくりと頷いてそっとゼルさんから離れ、手に持っていた簪を桜の枝に留めた。他のどの桜よりも一際鮮やかで綺麗な木……陽葵さんの瞳のようでなんだか涙が出てきた。
◆◇◆
「彼奴らはかなりの手練れじゃ。少しでも気を抜くとアンジュまで崩壊してしまう」
白露さんは借りてきた馬車の中できっぱりと言い放った。アイツらが只者じゃないことくらい俺でも分かる。だが、アイツらにどうやって勝つ? 相手には五大精霊のイズンともう一人の精霊……恐らく城を破壊した者も数人はいるはずだ。そして黒幕のアークという男……アイツの魔力がどれほどなのかは分からない。だがこんな手練れを部下に付けるほどの男、きっと一番力を持っているはず。
「相手がどんな野郎だとしても……アンジュだけは絶対に守る」
ゼルさんは拳を握りしめて宣言しその言葉に皆は頷く。アンジュを守りたい思いはここに居る皆一緒だ。絶対にあんな男の好きにはさせない、あんな物騒な魔導書の一ページなんかにはさせない!
「それで、これなんだけど」
アスタロトさんはバッグの中をガサガサと漁りながら告げた。そこから取り出されたのは金色の球体、きっとイズンが落とした物だろう。
「さっきの精霊が落とした物を盗んだの、何かヒントになるんじゃないかって」
アスタロトさんは金色の球体をゼルさんに差し出した。球体を受け取ったゼルさんは不思議そうにそれを見回す。
「これは……林檎か? でもよ、何で金に光ってるんだ?」
「イオリなら分からぬか? 彼奴は五大精霊と言っておった、データがあるのではないか?」
「それが……必要最低限の物しか持ってきていないので城に帰らないと……」
申し訳ないと頭を下げる俺に溜め息をつく白露さん。元はといえば目的はリゾート地、こんな大事になるなんて思いもしてなかった。
林檎は一口齧られている。そしてこの林檎、初めはよく見るただの赤い林檎だった。それなのに金色に変わった、それは何故?
あの村人に林檎をぶつけた瞬間金に変わったんだ、その村人は徐々に生気を失っていった。これはきっと生気を吸い取ったから金に輝いた……イズンにとってこれはエネルギーの様なものなのか? それとも、あの長身男みたいに生贄の数で強くなるのか……? ダメだ、この林檎一つで推測なんてできない。
「すっごく美味しそうでござるね~! 食べてもいいでござるか?」
涎を垂らしながら林檎に近付くフルルに対し、咄嗟に立ち上がり林檎を取り返すアスタロトさん。
「ダメに決まってるじゃない! これはアタシの最終兵器なの!」
「毒が入ってるかもしれぬ、食べるならこの戦いが終わったら好きなだけ剥いてやろう。今は我慢するのじゃ」
「この林檎を食べたら疲れが取れそうだったでござるー……」
ほっぺたを膨らませて不貞腐れるフルルを余所に、俺は推測を続けた。
疲れが取れる以前にこんな怪しい林檎食べる気にもならない。人間の生気を吸い取った林檎なんて……
「…………っ!」
「どうした!」
「イズンはこの林檎を食べて自己再生してるんです! ゼルさんが斬った傷も癒えていた、他にも何かあるかもしれません。でも、それが分かっただけでも勝算は見えます! とりあえずこの林檎を取り返されないようにしないと」
「そういえばこの林檎を齧ったら傷が消えておったな」
「先生から“精霊は一つの物に命が吹き込んだ者”と教えてもらいました。だからイズンの本体はこの林檎なんです」
「……この林檎がここにある以上俺らが有利って事か」
イズンの脅威から免れたとして、一番の問題はあの男。グリモワールを集めていて、数ページを所持している……きっと只者ではない、強力な魔法を使ってくるに決まってる。あの男をどうにかできないと根本的に解決しない。
皆さんお久しぶりです。
無事に留年を免れた為、これからは元通りしっかり更新していきたいと思っております!




