精霊の悪戯
星が輝き、夜桜の美しい先程までの風景は何処にも無く、時々閃光のように眩しく夜を照らす雷だけが俺達を照らした。緊張の走る空気に思わず鳥肌が立つ。お互い睨み合うばかりで一向に戦闘が始まらない、この時間が一番嫌いだ、俺が何を考えているのか見透かされているような気がする。
まるで背中に刃物でも突き立てられているかのような迫られた緊張感……魔力の流れ、息遣い、心臓の鳴る音までしっかりと聞こえた。
アークという男の魔力がどれほどの物なのかは分からないが、この二人の力も絶大だ。二人掛かりとは言え、五大精霊のアルテミスを安易に封じたんだ。油断は禁物……
「とりあえず、即急にここから消えてもらうぜ?」
ゼルさんの構えていた剣に炎が憑依した。メラメラと激しく燃える炎……その魔法に興味を寄せる二人は、恍惚の表情を見せた。いかにも戦闘狂かのような反応に嫌気がさした。
「ぶった斬る! 豪乱焔陣!」
炎を纏った双剣は、ゼルさんの俊敏な動きによって激しく鮮烈に舞う。
素早すぎて見失ってしまいそうになる程その動きは段々と上がっていき、その剣は女を斬る。一ミリも容赦のない一撃だ。
「くっ、痛いですわ……」
ゼルさんの一撃により負傷した女は苦しそうに呟いた。体は傷だらけ、かなり効いたようだ。好機を逃すまいと白露さんも弓を放つ。
「あ……す、すみませ……っ」
突然聞こえてきた声に皆の視線は集まった。そこには腰を抜かして倒れこんでいる女性の姿が。きっと逃げ遅れた国民だろう。何にせよここは危ない、避難させないと。
「早く、早く逃げるのじゃ! ここは危険だ!」
「は、はいっ……!」
震える声で涙を流しながら立ち上がり、走り出す国民。腰を抜かしていたからか、その足取りは覚束無い。
「国民にまで手を出すでない!」
何か企んでいるかのような表情で逃げ惑う国民を眺める女に対して、白露さんは弓を放った。……が、見えない何かに守られているようで、その矢はポトリと地面に落ちる。
「な……貴様っ!」
「ふふっ、いただきます」
早くこの場から去ろうと、ふらふらとした足で走る国民にめがけて女は、赤い球体の何かを投げた。
「ひっ……あ、あぁ……」
その球体が女性にぶつかると、ついにその女性は足を崩した。だが何かがおかしい。その女性の身長がどんどん縮まっているような気がする、気のせいだろうか。
カツカツとヒールを鳴らして倒れた女性の元へ近づく女。突然の事で皆は呆然とその様子を眺める。だって……気のせいじゃない。確実にその女性の背は縮んだ。気のせいなんて言葉じゃ済まされない程小さく……これはまるで、生気を吸い取られて老いたかのよう。
その女性の元に落ちていた金の球体を手に取ると、一口齧り静かに目を閉じた。
な……色が変わっている?! さっきこの女が投げた物は確実に赤だった。それなのに今女が手に持っている物は間違いなく金色に輝いている。それに、この国民が老いたように縮んだ……これもこの女の魔法なのか?
「こやつ……人間ではない。……精霊じゃ」
白露さんが声を震わせながら呟いた。その言葉の衝撃で皆は無言のまま女に視線を集めると、女は意味深な笑みを浮かべる。
「そう、私は“永遠の若さを約束する黄金の林檎の管理人イズン”ですわ」
イズン……って、あの五大精霊の一人の……
って事はこの幼女が精霊魔導師という事か? こんな小さな体で高い魔力を持っているとは思えない。だったらあのアークという男が精霊魔導師と考えた方が正しいだろう。
いや……少し違う。
こいつら二人は島で対峙した時に力を融合させていた。という事は……
「お前も精霊なのか?」
屋根の上でつまらなさそうに胡坐をかいて、飴を頬張る幼女に問いかけた。すると幼女はこちらに視線を寄せ、屋根から飛び降りてきた。
「そうだよ、でもイズン程強くないけどね」
フンッと腕を組んで得意げにこちらを見る幼女。やっぱり二人は精霊か……となるとあの男は精霊魔導師、俺や矢神と同じ。
だがこちらの方が有利だ。アルテミスが仲間になった時「我々五大精霊はその存在を知る者に仕えなくてはならない」という言葉を聞いた。そうなるとイズンは俺の精霊になるという事だが……そう簡単に上手くいくとも思えない。勝算があるのは確かだが……もう少し時間が必要だな。
「話はそこまでですわ、貴方達には消えて頂かないと困るのです」
ニッコリと妖異な笑みを浮かべる女、その姿にはどこか違和感が……
そうだ、さっきゼルさんが付けた傷が消えてる。あの球体に何かしらのトリックがあるのは間違いないが……こんな事になるのなら先生からもらった五大精霊の資料を持ち歩いておくべきだった。あれにイズンの情報が書いてあったはずだ。
「イズン、もう時間稼ぎはおーわりっ。アークのとこに帰ろ?」
ねぇねぇと女の腕を引っ張る幼女。時間稼ぎ? 何の事だ、あの女は俺達が邪魔だから排除すると……
「おい! 何だよ時間稼ぎって……逃げんのかよ!」
血相を変えて二人に問いかけるゼルさん。そして静かにため息をついて語り始める女。俺達は二人の掌で踊らされていたって訳か、それにしても時間稼ぎって一体……
「まあ、もう既に手遅れでしょうが……あれを見たら全て分かる筈ですわ」
俺達は女が指差した方向に目を遣る。そこには先程まで俺達がいた桜雲城、天守の最上階からは一筋の煙……燃えてる。
まさか……! 俺達をここで足止めしていた理由って……
「貴様! 王に何をした! ……っ?!」
「消えた……でござる」
「まだ助かるかもしれない! 急ぐぞ!」
俺達は城へと走り出した、少しの希望を抱いて……




