ドジっ子メガネのメイドは迷宮へ誘う
今俺が乗っているのはいつものアンジュの馬車……ではなく、フルルによって魔法を掛けられメルヘンでいかにも童話に出てきそうな馬車に変身した“何か”だった。
着飾られた白馬と薔薇やリボンがたっぷりとあしらわれた側面、もううんざりだ。街行く通行人や野次がわざわざ見に来るほど目立っているようだ。
「フルルたち、お姫様みたいでござるね! 何だか照れるでござる……」
顔を真っ赤にして頬を両手で包み込むフルル。いつもとは違って、レースや布で作られた花が散りばめられたふわふわのパニエ入りのミニドレスを纏っていて何だか別人のようで慣れない。王女様の生誕祭だという事もあり、皆服装に気合が入っている。
「もう見世物になるのはうんざりじゃ……どれだけ恥をかけば済むのだ」
そう言って頭を抱える白露さんも上質な京都の着物のような和服で着飾っていた。葡萄色の生地に白い牡丹の模様、日本に戻ってきたようで少し安心する。
「白露殿もお姫様みたいでござるよ!」
「そ、それ以上は言わなくてよい……! これは仕方なく着ているだけじゃ!」
さっきのフルルの軽く五倍は顔を真っ赤に染め上げている白露さん。そんなに恥ずかしがる必要あるか……? 白露さんは本当に若く見える、未来でいう美魔女……本当に二十代に見える程だ。それなのにそんなに恥ずかしがって……ゼルさんも何か一言「綺麗」だの「似合ってる」だの言ってあげたらいいのに。まあ、ゼルさんには似合わないか。
「……煩い。眠いの」
「寝なきゃいいじゃないの」
「だまって」
目を細めてウトウトと呟くリリアン。寝転がっているからよく見えないがいつものゴスロリか? これはついて行かずに馬車で寝てる気だな……まあ、この前みたいに怒られたくないしそっとしておこう。
そんなリリアンに溜息をついたのがアスタロトさん。真ん中で分かれた水色のベールの下は純白のミニドレス、いつも通り天使だ。
そんな中ずっと黙って窓の外を眺めているゼルさん。いつもの暑苦しそうな重装備ではなくキッチリとしたワインレッドのタキシードに身を包んでいる。そういえばゼルさんは馬車に乗る時いつも黙り込んで遠くを眺めている。些細な事だが気になってしまうな。
「ゼルさん?」
「……ん、どうした?」
「あ、いえ。ずっと黙ってたから……」
するとゼルさんは顔を顰めて言い出しにくそうに口を開いた。
「俺実は乗り物酔いが激しいんだよ、だから遠くを見て心を落ち着けてるんだ……」
予想外の答えに思わず吹き出して笑ってしまった。そんなゼルさんの答えで少しばかり緊張していた皆までクスリと笑い出す。
こんな楽しい毎日がずっと続いたらいいのに。
数時間後に起こるのは絶望だなんて考えもせずにただただ笑っていた。
「凄い薔薇でござるね……」
フルルの呟きで皆も窓の外を眺め始めた。確かにフルルの言うとおり辺りは薔薇だらけ、蔦や木まみれでここが何処なのか分からない程だ。もしかしたら同じ道を彷徨ってたりするんじゃないか……?
不気味だが、この世に一つと言っても過言ではない程個々の色が違う。だから見ていて飽きない反面綺麗すぎて何だか気味が悪い。同じ物をずっと見ていたら気持ち悪くなる現象、あれ何て言うんだっけ。
「虹色や紫、黒の薔薇まで……終焉の悪魔アスタロト様に相応しい領域ね」
「まーた寝言でござるよ」
フルルのめんどくさそうに吐いた一言でアスタロトさんは勢いよく立ち上がった。その瞬間、馬が悲鳴を上げて馬車が凄まじく揺れる。
「ぎゃっ! 何なのよっ?!」
誰よりも先に馬車の窓から飛び降り、馬の様子を確認しに行った白露さん、そしてその奥から女性の声が。
「す、すみません! この馬さんに薔薇の棘が刺さってしまったみたいです~」
「お主は何者じゃ?」
俺は二人の会話が気になって馬車を降りた、そこにはラベンダー色の髪の毛を三つ編みに結ったクラシカルメイド服のメガネっ子の姿が。このメガネっ子は一体……
ふとメガネっ子のブルーベリーの様な瞳と視線が重なり硬直する俺、そして花のように優しく微笑んでくれた。まるでどこかで一度会った事のある顔見知りのような対応に戸惑う事しかできない。それがただの愛想笑いなのか? こんな不気味な薔薇園に長時間留まっているせいか些細な事で疑心暗鬼になってしまう。
「すみません……私はビオレットと申します、自己紹介もせずにすみませ~ん!」
額に汗を流しながら必死に謝るメガネっ子、見たところ悪い人ではなさそうだが話の前に付く“すみません”が気になって仕方がない。そして語尾にも“ごめんなさい”ラノベなんかでよく見るドジメガネっ子属性か? 今までの俺なら可愛い、キタキタキターーーーー!!! なんて言っていただろうが、何せラノベに出てきそうなキャラ以上の人物と時間を過ごし過ぎて耐性がついている。そう、簡単に言うとこのメガネっ子……絶対めんどくさい奴だ。関わると碌な事ないと俺の本能が告げている。
「お主は何故そんなに謝るのじゃ、硬くなるでない」
白露さんも溜息を付きながら両手を腰に当てた。やっぱり白露さんもそこ気になるよな……
「あっ、謝ってばっかりですみません!」
「…………」
「あ……」
はぁ、ここまで来ると何のカバーも出来ない。とりあえずこのメガネっ子に謝るなと言っても無駄のようだ。にしても何でこのメガネっ子はこんな所に一人でいたんだ? まさか城まで行こうとしていたり……乗せていくなんてそんなの絶対反対だ。
「そういえば皆様はロゼ・レーヌ様の生誕祭へ招待されたのですか? あっ、こんなこと聞いてすみません!」
ロゼ・レーヌ? まさか荊の国の女王……このメガネっ子は女王に仕えているメイドか? これは面倒な事になったか? いや……ここでうまく取り入って女王とコンタクトを取れるようにできないか?
どちらにせよメガネっ子が女王のメイドなら慎重に動かないといけないな……。
白露さんも俺と同じ考えのようで面倒くさそうな表情を見せた。よりによってこんなドジっ子メイドに取り入らないといけないなんて。もしかしたら城の中に入っても女王に会わせて貰えないんじゃないか?
「とりあえず俺達は城に向かいたい、どっちに行けばいいんだ?」
ゼルさんも、このメガネっ子を連れて行くのは危険だと判断したのか城の方向だけを尋ねた。お願いだからついて来るなんて言うな……頼む!
「あ……すみません! それならこの道をずっと真っ直ぐです。そうですねぇ、約三十分ほどで着きます」
「助かった! じゃあな!」
ゼルさんはお礼だけを述べると急いで馬車に乗り込み馬を走らせた、何か言いたげなメガネっ子を置き去りにして。
「あ……お城の警備は万全。そう簡単には入れませんよ、怪盗さん」
◆◇◆
馬車を五分ほど走らせた辺りでフルルが窓に勢いよく身を乗り出した。今にも飛び降りそうなその様子に俺も思わず立ち上がる。
「お城が見えてきたでござる!! すごい……アンジュとは全然違う可愛いお城でござるね」
「ここに入らなくてはならないと思うと悪寒が止まらぬ……」
毎度の事だが全然見えねぇ。白露さんが嫌がるほど可愛い……ということはこの馬車と似たようなルックスなのか? それなら俺も御免だ。女子の言う可愛いには全く賛同できない、そこがモテない原因なんだろうがな……いっそハルみたいに女子が喜びそうな事を言ってみるか? いやいや、今更そんなこと言ったらどこか悪いのかと心配されてしまう。
「黒と赤のベースに白のアクセント奇抜な城ね。それにあの旗……ハートに菱形あとはクローバー? 何よこれ」
ハートに菱形、クローバーときたらスペードか? そうか、この時代にトランプはないんだ。そして無数の薔薇の花……まるで不思議の国のアリスの世界に迷い込んだようだ。これが原作の始まりなのかもしれない……なんてな。それは兎も角、怪しまれないように城に潜入する方法を考えなくては。こんな大きな城の女王の生誕祭、きっと招待状が配られているはず、それを持っていないと門前払いされてしまう可能性だって大きい。もっとこじんまりとした生誕祭をイメージしていた俺にとっては不覚だった。
こっそり紛れ込む、勝手に侵入するにしても見つからないように溶け込まなくてはならない。そこで気を付けなきゃいけないのはフルルをどうするかだ。きっとフルルの事だ、どこかでボロを出すに決まってる。それをいかに俺たちがフォローするかにかかっている。無論、フルルが大人しくしていてくれたら助かるんだがそうはいかないだろう。
「別ルートから侵入するか周りに溶け込むか……どうしますか?」
「正規ルートから入るに一票じゃ、私の故郷の元王がここの王女と交流があったらしい。それを利用せぬか?」
さすが白露さん、こういう時に本当に頼りになる。これなら招待状を持っていなくても何とか入れてもらえそうだな。それにしても故郷の元王って……? 気にはなるがそれは置いておこう。
「よっしゃ! 正面突破だな?!」
「何を言っておるこの馬鹿者! スピードを落とすのじゃ!」
どんどん加速していく馬車と白露さんの怒声。ああ、これからどうなることやら……




