先生と勉強会を
俺は無意識に先生の研究室へと足を運んだ。少しでもこの時代の事を知ろうという気持ちがアスタロトさんの話を聞いて込み上げてきたんだ。元の時代に戻れるかもしれない、無理だと分かってても足掻いて探すしかない。それを勉強するにはここしかないと無意識に感じていたんだろう。
「あら、久しぶりね」
研究室の扉を開けると、先生は手に持っていたティーカップと机に置き、優しく微笑んだ。相変わらず先生の机は書類だらけで何気なく足を運んでしまった事に罪悪感を抱く。聞きたい事は山ほどある、どれくらい的確な事絵が返って来るかは別として……少しでも安心したい、ただ気休めでもいいから誰かと話していたいだけなのかもしれない。
「お久しぶりです、ちょっとこの時代について聞きたいんです」
「イオリちゃんのいた時代には過去のデータは無いの?」
「ありません。アンジュやディア―ブルなんて聞いたことも無ければ魔法が使えたなんて言っても誰も信じないと思います」
先生は一言「ふーん」と呟き何やらメモを取り始めた。色々聞きたいのは俺の方なのに……何て思いながらも先生の手が止まるのを待った。
「それで、イオリちゃんの聞きたい事は何?」
先生は優しく問いかけてくれた。聞きたい事なんて山ほどある。輪廻転生の事、魔法の事、アンジュに何があったかも詳しく聞きたい、矢神の今までの行いも、ディア―ブルの素行も……考えだしたらキリが無い程沢山湧いてくる。でも……他の者よりも知りたい事はただ二つ。
「二つ良いですか? まず、最強の精霊の名前を教えてください」
「最強? イオリちゃんにはまだ召喚できないわよ?」
「ただ名前が知りたいだけなんです、お願いします……!」
先生は「仕方ないわね……」と一枚の紙を差し出してくれた。これでもしかしたらあの精霊の名前が分かるかもしれない、そしたら契約できる……
先生に手渡された紙に視線を落とすと、そこには “現時点での精霊のステータスデータ”の文字。俗に言うソシャゲの最強ランキングのような物か?
五体の精霊のデータが載っていた。きっとこれが上位の精霊なんだろう。『メタトロン』『ウラヌス』『イズン』『紅玉』『アルテミス』どれも心当たりがない。もしかしてこの中に入ってない? いや、あの壮大な魔力は絶対に最強クラスだ。こうなったら片っ端から契約していくしかないのか?
「この精霊たちの特徴はデータに無いんですか?」
「あるわよ? 不思議ね、契約できない精霊について知りたいなんて……」
溜め息を付きながら手渡された書類に視線を落とす。
『メタトロン』神の代理人。本を持ち歩いており、対象に見合った罪を執行する。その力は絶大で召喚者の魔力を大幅に消耗する。黒髪に眼鏡をかけた長身の男の姿をしている。
『ウラヌス』惑星の支配者。孤独が大嫌いで他の惑星系の精霊を呼び出す。ウラヌス単体でも最強クラスの火力を出せるため、力は万をも超える。背の低い悪戯好きの女児の姿をしている。
『イズン』永遠の若さを約束する黄金の林檎の管理人。対象の生気を吸い取り、次第に対象は老い、息絶えていく。美しい見た目とは反対に残酷な精霊。スタイルの良く、老いる事のない女性の姿をしている。
『紅玉』永遠の輝きを放つ者。日本刀で素早く舞う。抜刀しなくとも梢の紅玉で相手を気絶させることも出来るほど剣の腕は確か。後ろで高く髪を結った東洋の女性の姿をしている。
『アルテミス』狩猟・貞潔の女神。召喚者の魔力分の家来を召喚し、対象の魔力を吸い取ると、破滅の一撃を放つ。魔力の消費がとても激しい。布で顔を隠している女性の姿をしている。
一通り目を通してみたが……どれもあの精霊には当てはまらない。先生でも知らない事があるのか? それともその存在が明るみに出てないとか……
ここに書いてある文から想定すると、もしかしたらあの精霊よりも強いのか……? あの時は無償の魔力で戦ってくれたが、もし正規のルートで召喚して俺の魔力を消耗していたとしたら……魔力の消耗が激しすぎて未だ召喚できた者はいない、なんて事はないか?
「先生、ここに書いてある精霊以外に最強の精霊はいないんですか……? 男の天使で……」
まずい、これ以上喋ったら駄目だ。あの精霊の事を深く喋るのは禁じられていたんだった、俺としたことが……不覚。
「この世界には数多の精霊が存在するの、だから発見されていない精霊だって勿論いるわ。イオリちゃんがそれを発見出来たら凄い有名になれるわよ」
それが出来たら苦労しない。数多の名前からあの精霊の名前を探す……そんな虱潰しの様な事をやっている時間はない。何か簡単に見つけられる方法はないか? この先生でも分からないあの精霊をどうやって……
「そういえばこんな話を聞いたことがあるわ。さっき見せた五大精霊全てが揃いし時、光の王を従えることが出来る……って伝説があるの」
光の王……あの精霊を表すに相応しいその呼び名、俺は言葉を失った。やはりただの精霊ではなかった、精霊界で思考の存在、王……
でも俺の今の魔力でかなり消耗の激しい五体と契約なんて……魔力をあげなくてはいけない、皆の足手まといにならずに満足に戦えるくらいまでには。
「そんなに急ぐ必要が何処にあるの。イオリちゃん、何を企んでるの?」
「俺は……矢神を止める。これ以上ディア―ブルに好き勝手させない」
どうせ元の時代に戻れないのならば安全で平和に暮らしたい。その為には俺を刺してこんな世界に飛ばした矢神を倒す……。そんな俺の考えもお見通しのようで、呆れたような表情を見せる先生。一つ溜息をついてそっと口を開いた。
「殺せばいいんじゃない?」
いとも簡単にサラッと先生の口から出てきた一言、俺は信じられなかった。殺せばいいって、確かに俺は矢神に復讐をして最終的には殺してしまおうと思ってる。でも、矢神から何の被害も被っていないであろう先生がそんな簡単に“殺せばいい”なんて……。
まるで人の命なんてくだらないと言わんばかりの冷め切った表情にただただ思考が固まった。先生、どうしてそんな顔を……分からない、先生が何を考えているのか。
本当にこの先生を信用して全てを委ねても大丈夫なのか……? 本当にこのMPMが安全な物かなんて俺には分からない……先生の今のあの冷酷な表情、何か裏があってもおかしくない。
――俺は大切な何かを見落としている気がする。
お互い一言も発さないまま暫く張りつめた空気が続いた、そんな長い時間にようやく終わりが訪れる。コンコンとドアをノックする音、ガラスから黒く綺麗な髪の毛がチラッと見えた。
「取り込み中失礼する。……イオリ、こんなところでどうしたのじゃ?」
そう言って不思議そうに俺を見つめるのは白露さん。白露さんが先生の元に来るなんて意外だ、この二人にも繋がりがあったとは……
「白露さん、先生に精霊の事について教えてもらってたんです」
「そうか、前々から思っていたのじゃがイオリはどうして精霊魔法にこだわるのじゃ?」
「そうよね、今時珍しいわよねぇ……白露ちゃんの旦那さんみたいに魔法剣を使ったりしたくないの?」
確かにゼルさんみたいに魔法剣を使えたらなんて考える事も多々あるが、そう思うたびに今まで運動をしてこなかった事に対する後悔が胸を痛める。もしゲームなんてしてないで運動部に入って体力をつけてたら……ゼルさんのように大剣を扱えただろうな。今更後悔したって遅いが、こんな世界に転生させられて右も左も分からないまま戦闘に繰り出されてるんだ、一つや二つチート能力を付けてくれたって……せめてステータスを上げてくれるだとか……引きこもりゲーマー高校生のままなんて不利すぎる。
「今から何十年も前の話じゃ……ゼルに連れられてこの国に来てから、私も精霊魔法を教えてもらった事があった。こうやって思い返すともうずっとその精霊の顔を見ていないものだ……」
白露さんも精霊を使える?! そんなの初耳だ、というより白露さん自身も忘れていたようだ。契約した事を何十年も忘れてしまう程精霊魔法は使われていないのか?
「そう言えば白露ちゃんの親友は天才精霊魔導師だったわね、そんな何十年も放置しちゃ可哀想よ?」
「もう私には使いこなせぬ……だからイオリ、私の精霊を引き継いではくれぬか?」
白露さんの精霊……それも天才精霊魔導師の教えで契約した精霊……こんな好機、いいのか?
「俺に使いこなせるか分かりませんが……お願いします!」
静かに頷いて白露さんはそっと口を開いた。白露さんに魔力が集中している、凄い魔力が……
『花曇りを斬り晴天を魅せる剣士、召喚に応じ我に使えよ、紅玉!』
紅玉、この名前どこかで……矢神が使っていた? いや、そんな名前の精霊はいなかったはず、じゃあ何処で……
「まぁ! 驚いたわ、まさか五大精霊の一人と契約してるなんて」
先生の言葉の意味に気付き、俺は精霊の情報が書いてある紙に視線を落とした。
“『紅玉』永遠の輝きを放つ者。日本刀で素早く舞う。抜刀しなくとも梢の紅玉で相手を気絶させることも出来るほど剣の腕は確か。後ろで高く髪を結った東洋の女性の姿をしている。”
白露さんは確かにハッキリと「紅玉」と言った。きっとこの紙に書いてある紅玉なんだろう。流石天才精霊魔導師がレクチャーしただけある。まさか五大精霊の一人とは……そしてその紅玉を俺に引き継ぐなんて。
「主様、如何なさいましたか」
「何十年も呼ばず申し訳ない。その上、そなたには申し訳ない事を頼もうと思っておるのじゃ」
「精霊の世界には時間というものが御座いません、お気になさらず何でも仰って下さい」
先生にもらったこの紙の通り、背の高く丈の短い着物を纏い、桜色の髪をポニーテールにした日本人女性で名前の通り目が紅玉色だ。背中には日本刀を四本背負っており、長い物や短い物など様々だ。
「この男、イオリにそなたを任せたいと思っておるのじゃ。私はもう精霊魔法を使わぬ……だがこのイオリは精霊魔法の使い手、きっとそなたを大切にしてくれるであろう」
申し訳なさそうに頭を下げる白露さんに続いて、俺も「お願いします」と深く頭を下げた。
「主様の願いならば受け入れます、けれど私の主は白露様だけ。この瞬間から私はイオリ様に使えますが白露様に何かあったらそちらを優先します。それでもよろしいでしょうか?」
「俺なんかと契約してくれるなら、何だっていいです。よろしくお願いします」
「紅玉、イオリ様のお力に成る事を約束いたします」
五大精霊の一人紅玉が仲間になったのはいいが.....俺なんかに使いこなせるのか?
えらく緊張しているせいか、額から冷たい汗が流れる。そんなガチガチの俺を見て先生はクスリと笑った。
「凄いわねイオリちゃん、五大精霊の一人と契約できるなんて……大物よ!」
「五大精霊全員と契約して、光の王を、……っ!」
しまった、口が滑った。こんな事まで言う気はなかった……不覚だ、そう思っても時既に遅し。目の前の三人はジッと俺の顔を見つめた。こんな無力な俺のくせにイキってるなんて思われたくない、事実イキってるんだが……
「それは無理でございますね。私ともう一人以外は他の主と契約しております、そしてイオリ様が目の敵にしているディア―ブルの姫君も……」
「どの精霊ですか! アイツは一体どの精霊と……!!」
紅玉が全てを言い終わる前に一気に詰め寄って問いかける。お互いの息がかかってもおかしくない程の距離感に紅玉は少し戸惑いの表情を見せた。心なしか少し顔が赤い、純粋な女の人に俺は何て事をしてしまったんだ……
「あ……悪い……」
「いえ……申し訳ないのですが召喚者と精霊の契約は機密事項。命に代えてでも守らなくてはいけません、あまり詳しい事は私にも分かりかねます」
そうか、光の王を召喚するためには矢神に譲ってもらわなければならない……あるいは戦わないといけない、それだけでなく他の持ち主とも。どの時代も人生そう簡単にはうまくいかない物か。
「ですが、大体別格の魔力を持つ精霊魔導師の元に仕えているはずです、調べるのは簡単かと」
「先生……」
「言わなくても分かっているわ、今印刷するわね」
俺の言いたい事をさっしてくれたのか、先生は未来のコピー機のような物から紙を取り出すと俺に差し出してくれた。どことなく不安げな表情の先生に俺は無言で頷いた。
「ありがとうございます、俺は絶対に大丈夫です」
紅玉、ハルにルシファーさんがいる、きっと戦う事になっても大丈夫だ。
「イオリ、私もついて行く。心配するでない」
どれだけ心に言い聞かせても内心は怖くて仕方がない。白露さんにはそれもお見通しだったようで、震える俺の肩に優しく手を置いて微笑んでくれた。白露さんは普段あまり口出ししない静かなタイプなのに困っている時や恐怖を感じている時、どっしりと構えて支えてくれる。俺達には欠かせない存在なんだと改めて思えた。
「ありがとうございます、じゃあこの一番上の“荊の国の王女”から」
流石先生、いつ乗り込むのが好機かまでしっかりと調べてくれている。この荊の国の王女の場合、二日後の生誕祭か……怪しまれないように紛れ込まないと。
「きちんと正装で紛れ込まないと怪しい物だと思われて殺されちゃうかもね」
先生が怪しげな表情でニヤリと笑った。確かにちゃんとした国の王女様の生誕祭、こんな私服で紛れ込んだら怪しまれる事間違いなし、かといって俺はこの国の正装を持ち合わせていない、道中で買うか?
「紅玉はとりあえずMPMに戻ってください、また何かあたらお願いします」
「承知いたしました」
MPMの画面をタップすると紅玉は桜吹雪と共に消えていった。
「とりあえずゼルとフルルとリリアン、アスタロトは呼んでおいた。イオリ、本当に行くのじゃな?」
「……はい!」
無論、即答の後、先生に深く礼をして研究室を出た。




