勇者は欲望に素直である。
「惜しくもあの悪魔を倒すことが出来ず封印に終わりましたが全員無事帰還して参りました!」
ゼルさんが跪きながら今回の事件の全てを報告する。その真っ直ぐな瞳の先にはエメラルドクリーンのキラキラした瞳、皆が無事で良かったと物語っている。王子は安堵の声で「よかった、それが聞けただけで十分だ」と告げると、王座に腰掛けた。
「イオリ、この国に来てからまだ間もないのにこんな事に巻き込んでしまってすまない。でも本当に助かった……君が居なかったらこうして皆と顔を合わす事も出来なかったと思うと……」
王子は申し訳なさそうに言葉にした。俺が感謝されるのも可笑しな話だ、何て返せばいいのか分からなくなる、精霊のおかげだとは言えないから、感謝の言葉を正直に受け取ればいいのか? 今まで人から感謝される事なんてなかったが故の悩みだ。
「皆も疲れただろう、明日からはゆっくり休んでおくれ、クエストに行くのも暫くは禁止する。存分に疲れをとってくれ!」
王子は先程の表情とは打って変わってニコリと微笑んだ。俺もこんな疲れたのは初めてで、今なら一日中寝ていられそうだ。ニートのような生活をしていた俺だ、普通の人間よりも倍疲労している。
「では俺は寝ます……おやすみなさい」
皆に告げるとそそくさと王室を出た。よくよく考えたら何日もまともに寝ていない。そんな暇が無かったのは勿論の事、俺が寝ているうちに何かあったらと考えると気が気じゃなくて、とてもでないが寝ようと出来なかった。でも一件落着、これで心置きなくゆっくり寝れる……
「イオリ!」
突然背後から呼び止められ咄嗟に振り替えると、アスタロトさんが立っていた。走って俺を追いかけて来たのか若干息が切れかけていた。
せっかく寝るつもりでいたのに……とは思ったものの、いつもの様子とは程遠いその表情にただ事ではないと確信した、あれだけ自信家のアスタロトさんが弱々しく俯いているのだ。
「どうしたんですか?」
「あのさ……あたしのせいであんな事になって、本当にごめんなさい」
か細い声でそう零すと深く頭を下げた。きっと矢神の場所を吐いた時のことを言っているんだろう、アスタロトさんが口を滑らせていなくともいずれバレて同じ事が起こっていたと思うし、早く事が済んでかえって良かったと思う。俺たちの知らないところで矢神を見つけて最悪の事態が起こっていたかもしれないし、あれはあれで良かったと俺は思っている。
「気にしないでください、結果無事にここにいる、それだけでいいじゃないですか」
「ありがとう」
それでもパッとしないアスタロトさんの様子に疑問を覚えた。他にも何か抱え込んでるのか? それとも俺が気を失っていたり席を外しているときに 何かあった……?
「どうしたんですか?」
「へっ?! あ……その……」
急に顔を真っ赤にして明らかに慌てだすその様に尚更疑問が募る、一体何があったんだ、そんなに言いにくい事でも抱えているのか?
「暗黒魔法を使いたいって言ってたのに、いざ目の前にしたら怖くて体が震えて気が付いたら気絶してた……」
それで恥ずかしがっていたのか、あんなスケールの違う魔力を見せつけられたら怖くなって震えるのも分かる、俺も痛い程経験した、現に一度死んでいるしな……。それでもアスタロトさんは暗黒魔法を使いたいと思ってるのか? 大切なのはアスタロトさんがどうしたいか。
「俺はアスタロトさんがどうしようと応援します、だからゆっくり考えてください」
そう言い放つと「おやすみなさい」と再び歩き出した。
「……ッ! 待ちなさいよ!」
今度は強めに声を張り上げて呼ばれ、驚いて振り返る。俺何か間違った事言ったか……? アスタロトさんの気に障る事してしまった? 誤解を生んだとか……
「は、はい……何でしょうか……?」
どんな暴言が飛んでくるのか恐る恐る問いかけると、アスタロトさんは更に顔を真っ赤にして震えながらそっと口を開いた。
「……今夜一緒に寝てくれないかしら」
……? 今、何て……え? 寝る? 誰と? 俺とアスタロトさんが?! 突然どうして、こんな神イベが起こっていいのか? 何か罠でもあるんじゃ……。俺は冷静に考えた、冷静にはなれないが考えられるだけの可能性を次々と。寝てる間に怪しい魔法を掛けようとしている、またあの地獄のセンブリを飲ませようとしている、嫌がらせで俺を眠らせないつもり。など沢山考えたが、「一緒に寝て」という理由に辿り着く物は一つも無かった。だったら何故?
「ただ一人でいるのが怖いの、こんな事フルルにも言えないし……別に変な意味じゃないから勘違いしないでよね!」
今にも顔から火が出そうな勢いのアスタロトさんはきっぱりと主張した。そう言われては断れない、というか一番好みの女の子にそんな事をお願いされて断る奴なんていない。
ああ、前言撤回。眠れない夜はまだ続きそうだ。
アスタロトさんの唐突過ぎるお願いを断れる訳も無く、こっちが折れて部屋に招待した。生まれてこのかた女の子を部屋に上げた事はなく、今までにない緊張で気付いたら額から冷や汗が流れていた。
一緒に寝るってただ寝ればいいんだよな? 無言でいいんだよな……? 俺は一体どうすればいいんだ?! いつもの俺がもしこんな境遇に遭ったら間違いなくPCでググってた。でも最悪な事にこの世界にはPCすらな存在しないのだ。だったら誰に聞く? MPMか? いや、まだ機能を全て把握しきれていないMPMに頼るのは無謀すぎる。
「はぁ、疲れたわ……座ってもいい?」
「はい、どうぞ……」
これじゃあ面接官だ、もっとこう堅苦しくなくフランクに……出来る訳が無かった。その証拠に、あの戦いからやっと落ち着きを取り戻していた胸の鼓動がまたどんどんと加速してゆく。落ち着け、どうにかしてる。こんなにドキドキしたら死んでしまうんじゃないか? 冷や汗も止まらないし手も震え始めてる。
「あんた、すっごい顔色悪いわよ?! 無理言って本当にごめん……」
アスタロトさんは俺の異常な様態に気が付いたのか顔色を変えて肩に手を添えてきた。違うんだ、そうじゃない、具合が悪いんじゃなくてただただ緊張が止まらないだけなんだ。
駄目だよ神様、こんな恋愛経験のない俺に突然女の子と一緒に寝れるイベントを発生させるなんて。そんなの小学生に大学の入試問題を解かせるレベルだ。すっ飛ばし過ぎだ、何もかも抜けてる。
「大丈夫です、本当に!」
俺が必死に首を振るとアスタロトさんは安堵の溜め息をついた。女の子とこんな事になるのが初めてで緊張しすぎているなんて口が裂けても言えないな。
「そういえば、イオリはアンジュの人間じゃないんだっけ?」
俺のベッドにゴロンと横になって首を傾げるアスタロトさん。ドキリと胸を鳴らしながらも、この手の質問に嫌気がさし始めていた。俺自身自分が分からない、転生と言っても間違ってこんな時代に飛ばされたんだ、何も分かるはずがない。皆に未来の話を持ちかけているのと同じ要領だ。
「イオリもフルルと同じなのね」
ポツリと呟いたその一言を俺は聞き逃さなかった。フルルもアンジュの人間じゃないのか、それは初耳だ。全然そうは感じなかった、馴染み過ぎていて。と言ってもずっと昔からアンジュにいた可能性も否めないが。
「フルルが……?」
「そうよ、あの耳と尻尾。トレフル街のクアンティ一族よ、でも世の中の偏見は酷い物で奴隷や差別が絶えないの……フルルは、ああやってニコニコしているけれど……」
普段あんなにニコニコしていて悩みなんて一つもなさそうなフルルにそんな過去があったなんて……未来でケモ耳なんて萌え要素でしかないのに、この時代では差別の対象で奴隷にまでされるなんて。どんな時代にも差別はあるのか……
「それでフルルはこの国に?」
「きっと耐えられなくて逃げてきたのよ。あの頃子供だったけど鮮明に覚えてる。同い年なのに天と地ほどの身なり……身体は傷だらけで潤いのない霞んだ眼、心が痛んだわ」
一体どこのどいつがそんな酷い事をしているんだ? 許せない、子供まで奴隷として働かせ生気が消えるほど辛い思いをさせるなんて。俺にはその神経が一ミリも理解できない。
今からでも残されたクアンティー族を助ける事は出来ないのか? 例えクエストでなくてもボランティアでいい。経験値も報酬もいらない。ただただ助けたい気持ちで一杯だ。
「助けに行きませんか? 残りの皆を」
「クアンティ一族は滅亡したの。あたしだってイオリと同じ考えでフルルと一緒にトレフル街に行ったのよ……でもそこは跡形も無く消え去っていて……フルルとあたしは涙が枯れるほど泣く事しか出来なかった」
滅亡した? 滅亡させられたんだろ? どうして耳と尻尾が生えてるってだけでそんな酷い人生を送らなきゃいけないんだ、同じ世界に居る人間だろ? 見た目や考え方は違えどお互いを尊重して助けあわないとこんな負の連鎖を繰り返すだけだ。
矢神に復讐しようとしている俺が偉そうなことは言えないが、そいつらが只々憎い。
「ああやって笑って強がってるけど本当は弱い子なの……きっと自分の弱いとこを見せたくないのよ」
アスタロトさんは伏し目がちに呟いた。初めて聞くフルルの弱い一面に俺は驚きを隠せなかった。普段あれほど皆に優しいのは、そんな悲惨で最悪な過去があったからなんだって今まで思いもしなかった。
あの笑顔の裏側を疑いもしなかった。
「俺、何も知らなかった……フルルの辛さなんて知らずに」
「それは仕方ないわ、フルル自身が過去に蓋をしてるんだもん、楽しかった過去もあの事件の事も全部無かった事にしてる」
そんな、一族で過ごした日々は忘れちゃいけない、俺も元の時代では死んだことになってて皆の記憶からは消えてるかもしれないけど、俺は絶対にあの時間を無かった事にしたくない、俺が生きていた時間は俺にとって間違いなく宝物だ。
フルルも同じ気持ちだとは思わないけど、楽しかった時間まで忘れてしまったら亡くなった仲間が可哀想だ。かと言って俺がどうこう出来る問題じゃない、安易に足を踏み込んでいいのかも分からない。フルルからしたら迷惑かもしれない……そんなマイナスな気持ちばかりが浮かんでくる。
「疲れてるのに重い話してごめんね。でもイオリと二人でゆっくり話せたのは初めてだから嬉しいわ」
アスタロトさんはフフッと優しく微笑んだ。俺もアスタロトさんと二人で話せて心の底から嬉しい、出来ればもっと疲れてない時に話したかったけど。
まあ、焦らなくても同じ城に居るんだ機会はいくらでもある。アスタロトさんだけじゃなく、アンジュの皆と二人でゆっくりと話してみたい、皆の事をもっとちゃんと知りたい。この国の人間として、皆の仲間として向き合っていきたい……
いや、本音を言うと元の時代に戻りたい。
無理なのは十分承知で戻れるなんて思ってない、でもやり残したことが多すぎて、一人になるたびに辛くなって自分を責める日々だ。いい加減この時代で生きていく覚悟を決めないといけないのに……
自分で自分が分からない。未だに目が覚めるといつもの自分の部屋にいるような錯覚に陥る。いつもの様に学校に行ってバイトして……そんな平凡な毎日が只々欲しい。
「俺、本音を言うと元の時代に戻りたいんです……勿論アンジュで過ごす日々は楽しくてずっとここに居たいと思える。でも……元の生活が恋しい」
「……気付いてた」
アスタロトさんは同情の視線を俺に送る。やっぱり天才占い師様にはお見通しだったか……
もしかしたらアンジュの皆にも気付かれてるかもしれない、皆言わないようにしてくれてるだけで本当は俺が元の時代に戻りたいって分かってるのかも……
「大丈夫、きっと戻れる。魔法に不可能なんてないわ……」
アスタロトさんは真剣な顔で諭すように言ってくれた。でも未来でさえタイムマシーンはないのに、不可能だ……この時代でそれが出来るなら未来でできないはずがない。それを分かってるからこそ諦めるしか方法はないんだ。
「そろそろ眠たくなってきたわ……おやすみ、イオリ」
アスタロトさんはニコっと微笑んでゆっくり目を閉じた。こんな状況で寝れると思ってるのか、健全な男であれば誰だって寝れない、きっと俺は間違ってないだろう。こんな可愛くて無防備な寝顔が目の前にあって一定のリズムで聞こえる寝息も……全てが悩ましくて身動きすら取れない。
度重なる試練の後のご褒美と言われれば聞こえはいいが、ゆっくりと休暇を取れないのは割とキツかったりもする。とりあえず寝返りと見せかけてアスタロトさんとは逆を向いて寝る事にした。大丈夫、後ろには誰もいない、こうすればいつもの夜となんら変わらないじゃないか。
「----------っ?!?!?!?!」
突然首筋に生暖かい風が吹いてきた。そして至近距離で聞こえる寝息……極めつけは背中に当たる柔らかい感触。これは……いや、駄目だ。考えるのをやめろ……。柊 威織、お前は今まで女の子と一切関わってこなかったはずだ。だからこんな柔らかい何かで取り乱すなんて事あってはならない。落ち着け、冷静さを欠くな……
「そんなの無理だ!」
そう言い残して俺はアスタロトさんの方を向き直し、柔らかい何かに遠慮なく顔を埋めて目を閉じた。
最低だって言われても知らない。 “男だから仕方がなかった” の一言で理由としては十分すぎる。そんな事を考えながらも不思議と意識が遠のいていき眠りについてしまった。
◆◇◆
「最ッ低!!!!!!!!!」
太陽が高く昇った頃、アスタロトさんの怒声と頬を強く叩く音が辺りに響き渡った。その怒りの矛先は勿論俺だ、アスタロトさんよりも早く目覚めて何事も無かったかのように証拠隠滅しようという目論見も儚く散ってしまった。アスタロトさんは顔を真っ赤にして涙目で俺の顔を見ている。
「すみません俺の寝相が悪くて……」
俺は深く頭を下げ、意図的ではないと大嘘を付いた。そのただ事ではない怒声と音を聞きつけゼルさん、白露さん、フルルが駆けつけてきた。
「朝っぱらから何事だ?!」
白露さんはすぐさまアスタロトさんの傍に駆け寄り変態を見るような目で俺をキツく睨んだ。いや、まだ何も言ってないのに……
「イオリ、貴様……」
「待ってください白露さん、誤解です!」
俺は必死に撤回した。本当は誤解でも何でもないけど、ここは嘘を付いてでも潔白を証明しないと俺の面子が台無しだ。
ん……? そういえばアスタロトさんは俺の部屋で話した事を誰にも言えないって呟いてた気が……俺にとっては好機なんじゃないか?
「何が誤解よッ! アタシが夜……」
「夜……? イオリと何かあったでござるか?」
自分の失言に気付いたのか、アスタロトさんはハッとした表情で黙りこくった。それを疑問たっぷりな視線で見守る三人。
「何でも無いわ……夢だったみたい」
「あー? まったく、人騒がせな子供だぜ」
「子供じゃないわよっ!」
内心下衆な表情で勝利のガッツポーズを決める俺を余所に、三人は「なんだ」とそそくさに立ち去って行った。アスタロトさんは悔しくて今にも泣きだしそうな程真っ赤に染まった顔で俺を睨む。
「覚えてなさいよッ!!」
それだけ言い残してアスタロトさんは自分の部屋へと戻ってしまった。
何だかんだ言ってアスタロトさんのおかげでよく眠れた訳で、これから二度寝しようにも完璧に目が覚めた。され、今日は何をしようか……




