断罪之光
気を失ってしまいそうな程の輝きを放つ身体と、何かが体内から無くなっていくのが分かる。きっと魔力がどんどん減っていってるんだ。
「貴様、その魔法の意味が分かっているのか?」
突然後ろから聞こえてきたのはドスの効いた女性の声、その声を俺は知ってる。そして何故か輝きが止む……俺の魔力はたった数秒間の価値か。
「ルシファーさん……」
「その意味が分かっているのか、と聞いてるんだ! 古代の禁忌魔法に甘えるな!! それで守れても皆が喜ぶとでも思っているのか?!」
「皆が助かるならどんな形でも構わない」
「……貴様ッ!!!!」
突然出てきたと思えば説教か、俺に今できる事はこれだけしかないんだ。俺がやらなきゃいけない、全部俺が……
「何の為に精霊と契約した、少しは我等に頼れ!!! どれだけ怠けていても貴様の死にざまなど呑気に見ていられるとでも思っているのか?!」
……っ! 俺にはまだ精霊がいる、一緒に戦ってくれる仲間がいるじゃないか……ずっと一人だ、俺がやらなきゃって思ってた、でも力を合わせられる仲間がいた。それを忘れるなんて俺……馬鹿だ。
「すみません、俺……」
「反省は後にしろ。……それより、戦略は練り終えたか?」
戦略……? そんなの考えられる余裕なんてある訳ない、こんな大切な事に気付かない程手一杯だったのに。
「ああ、全て演算済みで勝ったも同然。待たせたな」
その言葉と共に青い光が浮かび上がった、その光景に驚きを隠せない。だってこれは……あの時の……
「貴方は……どうしてここに……」
「安心してくれ、俺達は勝てる。絶対に」
余裕そうにフッと鼻で笑う彼の表情で今までの苦しみが無かったように消え去る。さっきまであんなに死に物狂いで耐えていたのに。
そんな事よりもこの悪魔に勝つ方法があるのか……? あのゼルさんでさえ太刀打ちできなかったのに。この精霊はどれだけ強力なのか……
「君は誰だい? どうして僕の作る理想郷を邪魔する?」
「ほう、暗黒魔法に染まりすぎて頭がとち狂ったようだな。そんな安易な考えでは貴様の描く理想郷などすぐに壊れるさ」
精霊の言葉に男は眉を顰めた。今まで恐怖されたり慄かれていたのに、突然現れた精霊にこうも煽られては面白くないのだろう。
それだけではなかった、先程感じたあのただ事ではない量の魔力……静電気が走ったかのように身体がピリリッと強張る。この緊張感……
「魔力を開放しても動けるんだ、君達はただの人間じゃないね?」
「フッ、そうだ。俺達も……貴様も」
「だったら魔法を使っても問題ないよね?」
男は今まで見た事も無い程狂気した笑顔で身体をを震わせていた。
まずい、本気を出そうとしている、虫を払いのけるかのように俺達はコイツに……なんて奴なんだ。
最強の精霊とはいえ規格外の魔力を持ったこの悪魔と戦わせてしまうなんてとても心配だ。出来るならもっと静かな場所で再会したかった。こんな生きるか死ぬかの瀬戸際ではなく……
この精霊は最初からこうなる事を分かっていたんじゃないか? やっぱりルシファーさんが言っていた悲劇って……
「僕の思い描く世界……それを邪魔するものは皆消えておくれ」
詠唱も無しに突然現れた紫色の無数の鎖、迷う事なく俺たちに向かって伸びてくる。気を失う前に聞こえてきたゼルさんの言葉 “俺達と違ってイオリには暗黒に染まった魔力の耐性が無い” そのせいかコイツが魔力を放つたびに意識が朦朧としてくる、何個命があっても足りない。
「貴様……耐性が無いのか?! どうする!」
「まさかそんな事……君はアンジュの人間でないのか?」
そうか、まずはそこから説明しないと。それなのに視界が霞んで動けない、声が出ない……またここで一回を無駄にしてしまうのか?
「くそっ! そんな事は言ってられぬようだな……」
『審判の時……光を持つ者には生、闇を持つ者には死を与える……――セラフィック・アルカディア!』
銀色の煌きを発しながら舞う数百を優に超える羽。気がつけば視界もハッキリし、今まで微動だに出来なかった強い魔力も感じなくなっていた。足を折られて絶望下に居た古城でのあの瞬間もそうだ、この精霊が魔法を使うとどんな痛みでも安らぐ。
そしてその羽は千をも越え……悪魔へと飛び掛かってゆく。この羽は鉄なのか、鋭い金属音がぶつかり合っていた。
こんな神秘的な魔法を見たのは初めてで、つい見惚れていた。沢山の煌く羽が舞う、数々の光を放ちながら……
だがそんな呑気に見ていられるのもわずか十秒程だった。ヒラヒラと悪魔の周りを舞っていた羽も全て鎖で吹き飛ばされてしまった。そして現れたのは無数の傷で血塗れになった悪魔だった。その傷は小さい物から大きい物まであり、これを受けたのが人間の俺だったら致命傷だ。
「久しぶりに自分の血を見たよ。やっぱり君は最高だ、名前は何ていうんだい? そうだ、僕の世界にも招待してあげるね?」
「結構だ。貴様に名乗る程安い名前ではないとだけは言っておこう」
そんな致命傷を受けても体を震わせ興奮している悪魔、生粋の被虐趣味をお持ちか久々に本気を出せる相手に喜んでいるか……後者である事を願う。
「僕にダメージを与えるのと同時にそこの死ねない男の子も助けるなんて……随分高度な魔法だね」
数十秒の間で全部分析された、だけどこの精霊もきっと悪魔の魔法を分析済みだと思う。
それに前から感じていたがルシファーやハルと違って召喚していても魔力を消費しない……今回に至ってはルシファーを召喚しているのに魔力が減らない、それは何故なんだ、本当は精霊じゃない? それとも精霊以上の存在なのか……?
この精霊は俺と契約していない、という事は自力で出て来た? そしてこの精霊がルシファーを召喚しているから俺は直接魔力を消費しない……なんて事はないか、可能性は無きにしも非ずだが魔力を消費しないで助太刀してくれるのには感謝しかない。
「二人のおかげで助かりました。俺も戦います」
俺の放った一言で精霊は顔色を変えた。何かまずい事を言ったか?
「それは駄目だ! 俺達は禁忌を犯して君を助けに来ているんだ。それが他の精霊にバレては困る、俺達に全部任せてほしい」
禁忌を犯してまで俺の為に……
いや、それ程までして滅さなければいけないんだ、この男を。邪悪な悪魔を倒すためには禁忌をも犯す……なんてカッコいいんだ、俺とは違って人間の為に全てを掛けてくれている。
「貴様が少しでも力になりたいというのは我等にも伝わっている、その気持ちだけで良い。安心しろ」
「ルシファーさん……有難うございます、お願いしますね……」
最初はただの落ちこぼれニートで絶対に力になってくれないと思ていた。それなのに、この悪魔を倒すために裏で沢山動いてくれていて、最後には俺の力になってくれて……
――ルシファーさんと契約できて本当に良かったと心の底からそう思う。
「どうして君たちは僕に仇なすんだ? 僕の理想郷は最高だよ? この世界の魔力は全部僕の物、地位ある者にはちゃんと魔力を分け与える。そして僕に逆らう者は全員死……どうだい? 最高じゃないか!!!」
「無限に存在する魔力を独り占めしようなど赤子の寝言とさほど変わらないな、最高につまらない」
魔力は無限じゃない、未来には魔力や魔法どころか過去の資料や情報すらない、この悪魔の言ってる事は不可能な事じゃない……
魔力が消えた原因って……もしかしてコイツの描く “理想郷” が出来上がってコイツの思惑通りに事が進んだから未来では魔法がないんじゃないのか? 十分にありえる、というかこれで辻褄が合った。この時代には有り余るほど魔力があるのに未来には全くない、人々の記憶から “魔法” という言葉が消えファンタジーの世界だけの物だとされている、それはきっとこの悪魔のせいに違いない。
という事は俺達はコイツには勝てない……?
今を変えなければコイツの思惑通りこの世界から魔法は消える、でも今を変えるって一体どうすればいいんだ、そんな事出来る物なのか……?
「なっ……?!」
今になって最悪の事態に気が付く。仲間が全員消えている、矢神、ゼルさんに白露さん、フルルもアスタロトさんも長身男もガキも全員消えている……一体いつ消えたんだ、この悪魔のせいなのは明白。せめて生きていてくれ……頼む。
「皆をどこにやった……」
「やっと気付いたかい? 君のお友達は僕の世界に必要な物。だから魔法を使って殺したくはないんだ、だから一回消した、でも無事だから安心してね」
全然安心できない笑みで悪魔は述べた。
『これで終わりにしてあげるね、闇喰』
悪魔が微笑した瞬間視界は暗黒に包まれた、悪魔だけでなくルシファーさんやあの精霊の姿まで見えなくなった。そしてまたもや稲妻が走ったような痛みが、全身を駆け抜ける。
「ぐぁっ……あああああ……!!!」
痛い痛い痛い……!!!! 何度体験しても慣れない、この全身に波を打ってくるような激痛。今まで感じた事のない痛み、表現のしようがない。
「……、同時に魔法を発動するぞ! これ以上好き勝手させる訳にもいかん!」
「ああ、絶対に皆を守る、それが俺たちの使命だ」
遠くから二人の声が聞こえる、二人が悪魔を倒せたとしても俺の命はもう持たない……きっともう一回死んでしまう、この目を閉じたら……
でも最期の最期まで二人を信じている、目が覚めたら終わっている、きっとそうだ。この二人なら大丈夫だ……
『我、最強最悪の堕天使ルシファー。黎明の子、明けの明星也……我に仇名す者を跪かせよ! 天使之災禍』
『生まれてから貴様が犯した全ての罪を数え懺悔しろ。裁きのリュミエール、罪人に審判を下せ……断罪之光!!』
「殺し合いの始まりだ!!!!!!!!」
――俺が最期に聞いたのは悪魔の嗤い声だった。
◆◇◆
「……い……! おい! 大丈夫か!」
ん……もう朝か? あれ、こんなの前にもあったような……
「……っ!」
俺は事態を思い出し、勢いよく飛び起きた。死んだ……? いや、でも何だか転生した後とは違う……この違和感、何なんだ?
「目覚めたか、あと少しコイツの魔法発動が遅れていたら死んでたぞ、感謝する事だな」
その声の方を見上げると、得意げに鼻で笑い腰に手を当てたルシファーさんがいた。
……って事は俺は死なずに済んだのか? 気絶していただけか……?
「それはよかった……有難うございます」
「えらく冷静だな、普通はもっと動乱するだろうに」
そうか、普通の人は命は一回きりなんだもんな……俺みたいに何度も生き返ったり出来ないいんだもんな。
この二人は俺が輪廻転生ができる事を知らないからそんな事が言えるんだろう。
「俺はあと三回転生できるんです、だから……普通じゃないんです」
「なっ……そうだったのか……そうとは知らずにすまない」
「アイツは貴様の事を “死ねない子” って言っていたな、そういう事だったのか」
二人とも先生と同じで案外あっさり納得してくれた、俺としてはこっちの方が話が早くて楽だ。沢山質問をされるのも嫌ではないが、第一自分自身の事をまだ一割も理解できていない様な気がして答えるのを躊躇うんだ。
「悪魔を倒したんですか?」
俺は一番心の中で抱えていた不安を吐きだした。目覚めたらそこに悪魔はいなかった、きっとそういう事なんだろう。
「……残念ながら倒せなかった」
「逃げたって事ですか?!」
「俺たちの魔力を削ってまた封印した、それしか出来なかった」
封印……また解ける可能性もあるという事……その時もこの二人が来てくれる確信はない、俺達でどうにかしないといけないんだ……
「俺の魔法は少し特殊で、光の心を持つ者を癒し、闇の心を持つ者を蝕む。奴を封印している間は少しずつ奴の魔力を蝕んでいく……だから封印が解けても幾分か可能性は生まれる」
アイツの封印が解けた時の事まで想定して手を打ってくれたのか、でも自分の魔力を削ったって事は何かしらの副作用があるんじゃ……
「そして俺はもう君の前に現れる事は出来ない、俺は存在しては駄目なんだ。バレてしまっては全てが壊れる、君にも俺にも影響する……だから、これが最後だ」
精霊は少しだけ寂しげな表情でそう呟いた。
これで最後って……せっかくまた会うことが出来て色々聞きたい事も教えてほしい事もある、まだ全然話せてない、それなのにこれで最後って……
俺は貴方みたいに強くなりたいのに……
「どうしてですか……全部教えてください、最後なら尚更! そうじゃないと納得できない……こんな疑問ばっかり残して消えるなんて酷すぎます!」
「……俺は君の記憶の中に居る。思い出すんだ、俺の名前を……それが出来たら君と契約をしよう。約束する」
この精霊の名前……? 俺が知っている、忘れているだけ? 一体どういう事なんだ?
「では、皆を……頼んだ」
「待って……!!!!」
咄嗟に叫んで伸ばした手も虚しく、精霊は白い無数の羽を残して消えてしまった。




