倒れゆく仲間の前で
「……という訳で俺はあの悪魔を封印した時の事を全てこの目で見た。今でも鮮明に思い出せる、あの時の事……」
涙を流しながらも真剣に一から説明してくれたゼルさんに俺たち全員は言葉を失っていた。白露さんも当時の事を思い出したのか俯いて一言も発さない。
「そんな事とは知らずに疑ってしまってすみません」
「いや、いいんだ。いずれ話さなきゃならない事だった……」
罪悪感が襲い掛かってくる。一刻も早くあの男をどうにかしないとこの世界は本当に終わる。改めて思い知らされた。
史上最悪の悪魔をこの手で……
「準備はいいか? この白と黒の薔薇を同時に抜けば全てが始まる……もう逃げられねぇ」
全員は静かに息を呑んだ。片手に二本の薔薇を収めるゼルさんを見守る事しかできない。もうどうにでもなれ、どちらにせよ俺達は知りすぎた。もう他人事ではいられないんだ……
スッと薔薇を引く手先、同時に心臓がビクリと高鳴る……これから先何が起こるのか、分からないからこそ怖い。二度と戻れない地獄か、死か……
「大丈夫でござる、イオリ……怖くないでござるよ」
フルルが俺の肩にそっと手を置いて微笑んだ。そうだ、弱気な所なんて出しちゃ駄目だよな。何があっても諦めなかったらどうにかなるさ、きっと。
「ああ、大丈夫」
薔薇を抜いた花瓶から煙が溢れだすかのように辺り一帯が漆黒に包まれる。
大丈夫だ、何があっても俺達は……
「随分早かったんだね」
突如背後から聞き覚えのある声が。こいつ……いつの間に背後に?! 俺たちがここに来る事を知ってましたと言わんばかりの口調だ。暗闇で視界が不自由だからか数十倍不気味に感じて悪寒がした。
「俺達はお前と戦うつもりはない、危害を加えないと約束する。だから姫を返してやってくれ!」
ゼルさんの叫びと共に視界が真っ白になる。その明るさに目が眩むが、徐々に明らかになる矢神の変わり果てた姿……長身男が剣を抜くのは同時だった。
「――……っ?! 貴様……ッ!!!」
いつもの生意気そうにほくそ笑む矢神はもうどこにもいない。荊の蔦で縛られた血まみれの青白い肌……誰がどう見ても死体だった。
コイツ……矢神を殺しやがっ……そうだ、何故矢神は生き返らない? 俺と同じ輪廻転生を持ってるなら何らかの形で生き返っていてこの場に死体は残らないんじゃ……? まさか何度も何度も殺され本当に死んでしまったのか。
「僕は正義の味方なんだ。この子は僕の知ってるサリーじゃない、それに“悪魔”なんだよね? 殺しても目を覚ますから封印の荊でこのままにしてるけど……消した方がいいかな?」
表情を一切変えないままニコニコと述べ続ける男、コイツには感情が無いのか? 人違いだっただけで殺すなんて虫酸が走る。
この荊を壊したら矢神は転生できる。だがそれでいいのか? 今この男に刃向っても大丈夫なのか……? 感情に任せて行動しても良い事なんてないのは痛い程分かってる、でも……一体どうすれば!
『我が幻影の魔剣に司りし悪魔、生贄の魂を食らい姿を現せ……』
「おい! やめるんだ!」
ゼルさんが止めにかかった時にはもう遅く、長身男の刀は紫の紋章を映し出した。そこには573の数字……一体何を現しているんだ?
「精霊魔法なんかじゃ僕は倒せないよ? それはこの子の姿を見たら分かるよね……?」
痛いほど分かる、矢神でも勝てないなら俺に勝算なんてないって事は……長身男も精霊を使えるのは想定外だったが……
「この魔法は精霊魔法などではない、俺は姫に仕える時に悪魔に魂を売った。最強の悪魔を従えるために……俺の魂を人質に生贄を捧げている……そんな生半可な気持ちで姫に仕えている訳ではない!!」
何故そこまでして矢神に……きっと573は殺した人の数だろう、俺には理解できない。
「だったら殺し合いの始まりだね」
――男の笑顔が真顔に変わった瞬間、既に全てが終わっていた。
「なっ……」
俺達は言葉を失った、さっきまで俺たちの前に立っていた長身男が消えていたのだから。
そして矢神の縛られた荊の隣に移動していて男は一ミリたりとも動いていない。
――何が起こったんだ。
俺達は二人から目を離す事は無かった。というより二人から目が離せなかったというのに……いつの間に全てが終わったのだろうか。
長身男の恨み、憎しみは目に見えるほど伝わった。あれは間違いなく今までの魔法とは違う本気だ、という事も。それなのに一瞬で掻き消され文字通り無かった事になった。最初から荊に捕えられていたかのように、ごく自然にそこに縛られている。
その光景に男は恍惚の表情を見せ高らかに笑った。
「ふはははは!!!!! 僕の前では全ての者が跪く!! 僕を止める者は……今すぐ眠れ」
目視できるほどの魔力、この量は尋常じゃない。コイツの近くにいると駄目だ……魔力で体が圧迫されているような感覚だ。
「く……っ……!」
「アスタロトさん!」
苦痛に顔を歪め押し潰されるように倒れ込んでしまうアスタロトさんを助けに行きたいのに……放っておきたくないのに、何故体が言う事を聞かないんだ? どうして動かない……まるで鉛の様に動かない。
コイツの魔力の前では動く事すら出来ないのか? もうどうする事も出来ない。
そしてフルルまでもが倒れ込み静かに目を閉ざした。こんな時なのに……俺まで体が限界を迎えそうになってきた。
この感覚……前にもどこかで……
目を閉じたら終わるって分かってる、閉じちゃ駄目なんだ。でも逆らえなくてこれからどうなるか恐怖に包まれながら意識が遠のいていく。
また俺は死ぬのか……?
「まずいぞ……俺達と違ってイオリには暗黒に染まった魔力の耐性が無いんだ、このままじゃ死んじまう!」
「そうは言ってもこんな規格外の量の魔力を止める事など簡単にはできぬぞ!」
白露さんとゼルさんの声がうっすらと聞こえてきた。暗黒魔力の耐性……? 俺以外にはあるって事はアスタロトさんとフルルは助かるって事か。それならいい、死ぬのは俺だけでいいんだ。
どうせ俺は生き返れる、皆が無事ならそれでいいんだ……でも生き返ったところでどうする、この流れを変える事なんて出来るのか? 俺は皆を守れるんだろうか。
「この魔力を止める方法などない……諦めるしかない」
「くっそ! 俺達はまた……」
◆◇◆
いつもの様にふと眠りから覚めた、今日もまた皆で馬鹿みたいな話して、アスタロトさん達と魔法の特訓して……早く起きて皆に挨拶しないと。なんて考えながら重い瞼をゆっくりと開く。
――だがそこに広がっていたのはいつもの日常でもなんでもなくて、まさに地獄だった。
「ゼルさん……白露さん……フルル? ……アスタロトさん……っ」
皆ぐったりと横たわって意識がない、皆無傷で眠っているように見えるがゼルさんだけは頭から大量の血を流しながら倒れ込んでいる。
どうして俺だけ……いや、俺はきっと一回死んだんだ。
この感覚知ってる、最初ここに飛ばされた時もそうだった。いつもと変わらない目覚め、死んでから転生するまでの間の記憶が無い……
「あれ、君もこの子と同じで死ねない身体なのかい?」
「そんな事はどうでもいい、どうして皆を……!」
涙を浮かべて必死に対抗してみてもこの男の表情は恍惚に満ちている。
駄目だ、コイツに何を言っても通じない。だって人間の気持ちが分からない悪魔だからだろ? 矢神や長身男達の事を悪魔だと罵ったがそんなのは比じゃない、異常だ。
「大丈夫だよ、死んではないから。……でも放っておくと死んじゃうかもね」
「絶対させない!」
「冗談だよ、僕の望む世界には君たちが必要なんだ。だから殺しはしないけど利用させてもらうね」
フフッっと汚く笑う男に悍ましい程の憎悪を感じる。
俺がもっと強ければ……皆を守れるくらいに強ければ、今頃こんな風にはなっていなかった。
神様、俺をこんな見知らぬ世界に飛ばすんなら少しくらいチート機能付けてくれてもよかったんじゃないか? 家から全然でなくてオタクで根暗な俺にはこんな世界ハードすぎたんだ。せめてもの情けで俺以外の仲間を助けて下さい……頼むから……。
「少し喋り過ぎたね。君はどうせ死ねないなら……おやすみしようか」
男の表情が真顔に変わった瞬間、時空が止まった。荒く呼吸をしていたゼルさんの身体も、風に靡いていた白露さんの髪の毛も全て停止して見えた。それは不自然に全てが固まった。
もちろん俺の身体もビクともしない。瞬きすらできない、心臓も止められたのか? だけど不思議と苦しみはない、時空自体が止まってるから心臓が動かなくても、呼吸できなくても、瞬きしなくても生きていられるのか。
そんな空間なはずなのに……男は俺の目を見て微笑み指をパチンと鳴らした。
「ぐっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
胸をバリバリと引き裂くような言葉にならない傷みと首を絞められて死ぬ間際に助かったかのような息苦しさが突如襲い掛かってきた。あまりにも突然すぎて頭が追い付かなくてパニックになる。涙が止まらない、神経が悲鳴を上げてる。
……こんな痛い思いが続くくらいならいっそ殺してくれ。
「フフッ、死にたい?この子も同じ事言ってたよ、殺しなさいって。でも死ねないなんて可哀想だね」
俺だってこんな痛くて苦しくて死にそうな状態が続くならいっそ殺してくれって思うさ、でも俺しかいないんだ……俺がどうにかしないと駄目なんだ、だから……
「俺は死ねない、足掻いて皆を守る!」
男は新しい玩具を見つけたかのように好奇心に溢れた顔をした。不思議でならないだろうな、自分が死にそうな状況なのに絶対勝てない相手に抗って勝算があると信じてる。自分でもどうかしてると思うよ。
さっきゼルさんに話を聞いてその魔法の存在を知った。俺なんかが使ったってどうにもならないのは分かってる。でも今俺が出来る最大の事を……!
『――……全魔力、開放……』




