【回想編】それは世界の終わり
その姿はまさに“悪魔”だった。
二人の悪魔の対峙……あまりの恐怖に顔は真っ青になり立ち止まって手が震えていた。
隣にいる白露も、相棒も……ただただ呆然と立ち尽くして空を見上げる事しかできない。二人の悪魔はお互いを見つめ合い、ビクともしない。そんな時間が暫く続いた。
息を呑むことすらままならない緊迫した空間……身体中を駆け巡る恐怖心。俺が皆を守らなくちゃいけないのに何もできねぇ。
体を動かそうとした瞬間に電撃が走ったような威圧を感じる、一歩でも動いたら殺される。そんな空気だ。
「くっ……動けねぇ、でも……俺が倒さねぇと……」
「無理だゼル……どんな想定を計算しても奴には勝てない……一体どうすれば……」
どんな戦闘の時でも全てのケースを想定して戦略を練って導いてくれた、そんな相棒が冷や汗を流しながら恐怖に声を震わせていた。
――これはもう、覚悟するしかないんだ。
「でもな、相棒。勝つか負けるかじゃない、命がけで全力を出してぶつかる……それだけでもやってみないと分からないだろ?……な?」
あれ、涙が……
そうだよ、本当は死にたくねぇよ……白露の事一生守るって誓ったばかりだ、相棒とももっと冒険して……王子の傍で仕えていたかった。こんな所で終わりたくねぇ……
どちらにせよ俺達はもう長くない。ここから逃げる事も出来ない、二人の悪魔のどちらかでも動きだしたらもう終わりだ。それなら最後までぶつかって生きるんだ、少しでも長く……。
「そう……だな」
俺と相棒は再び空を見上げた。
片方の悪魔は紛れも無く俺達の仲間……俺達を守るために命を懸けて立ち向かってるんだ……自分の魔力の一万倍はある悪魔に向かって勝負を挑んでるんだ。
『覚悟しろ……討魔!光焔剣!!!!』
詠唱を終えると、俺の周りに無数の剣が現れた。それは炎を纏い悪魔へと次々襲い掛か……
「何で……」
悪魔の周りに見えない壁でもあるかのように、俺が放った剣は全てパラパラと儚く散った。そんな事実とは裏腹に俺の魔力は段々と消費されていく。魔力の高さには自信がある。いや、アンジュでは一番高い筈だ。そんな俺でさえ一度で汗が噴き出るほど魔力を消費する奥義が全く通用しないとは……
悪魔にぶつかるどころか触れる事さえできない……
「ゼル!!!!!」
ただ事ではない叫び声に驚き振り返る、取り返しのつかない絶望に陥った蒼ざめた表情をした相棒。その視線の先には悪魔の放ったであろう巨大な波動……
――しまった! 見えなかった……
俺は死を覚悟して目を閉じた。途端辺りに響く大地を引き裂くような轟音。
「死にたくない……」
――……生きたかった。
一切痛みを感じず、ただただ不思議に思い目をゆっくりと開くと、そこには見慣れた少女の姿が。
そう、片方の悪魔だった少女が傷だらけで倒れていたんだ。
……?! まさか俺を庇って……?
「サリー!!!」
悲痛に満ちた声で叫ぶ俺の相棒、俺はまだ何が起こったのか分からずにいた。
少女に駆け寄る相棒に続いて俺も少女の傍にしゃがんで肩を揺すった。
「おい! サリー!! 何で俺なんかを庇ってんだよ……こんな傷だらけになってまで、なぁ……」
呼びかけてもどれだけ強く肩を揺すっても開かない瞳。
嘘だ、嘘だと言ってくれよ……
「どうして俺は二度も大切な人を奪われるんだ……醜い悪魔のせいで……」
ごめん相棒俺のせいで……。謝りたいのに口から言葉が出てこない、まだ諦めちゃ駄目だ。
――こんな悪魔に勝てるのか……? ただの人間の俺達が?
「わたしは大丈夫、死んでなんかないよ……だけどそれも時間の問題」
ゆっくりと瞳を開き涙目で諭すように語り始めた。安堵と同時に「時間の問題」という言葉にまた絶望を感じる。
こんだけ体がボロボロなんだ、俺だったらとっくの昔に死んでる。納得するしかなかった。
「だからね、最期にあの悪魔を封印する。どうせ最期なら皆に恩返しがしたいんだ……」
「やめろ……やめるんだサリー、最期なんて言うな……」
相棒が必死に投げかけるがサリーの決意は揺るがない様で後悔のない真っ直ぐな瞳だった。俺がもっと強かったら、皆を守れる存在だったら……今更後悔したって遅いしどうにもならないのは分かってる、でも……
「全魔力……解放」
静かに呟いたと同時にサリーの身体は光を放った。
全魔力開放、それは体内に秘めた全ての魔力と引き換えに魔法を放つ最終奥義。
「……くそっ! ヘブンザプリズン!」
相棒の詠唱と共に俺と白露は光の壁で囲まれた。
一体何を考えているんだ……?
「ならば俺にお供させてくれ……最期はサリーと迎えたいんだ、叶えてくれるな?」
相棒はゆっくりと歩み寄り、サリーの手に自分の手を添えて呟いた。
「相棒! サリー……やめてくれよ……俺達を置いて逝くなんて……やめろよ!!!!」
「ゼル! よせ……私達には見守る事しかできぬ……二人が望む道を否定するでない……」
「そんな事言ったって……こんなの黙って見過ごせる訳ないだろ?」
「私だって平気な訳がない……! こんなに一緒に過ごして、これからもそうだと信じておった。それなのにこんなの……平気な訳がなかろう……」
カタカタと震えて涙を流す白露をそっと抱きしめた。最初からここにいる全員ここで死ぬんだって分かってた。でも二人が俺達を守るために……それなら俺も一緒に連れてってくれよ、でも……でも!
「相棒!」
「ゼル……今までありがとう、俺に心の温かさを教えてくれて、ちゃんと叱ってくれて……お前と別れるのは辛い。でもゼルは生きてアンジュを守らなくてはならない。――…………頼んだぞ」
そんな事言われたらもう何も言い返せない。コイツは全部分かってるんだ……俺の気持ちも、どうするべきなのかも。
止まる事を知らず次から次へと溢れてくる涙で相棒の姿が見えなくなっていく。
「駄目、貴方は残らなきゃ駄目……この手を放して、今すぐに……!」
「もう分かってるだろう、手遅れだって、あと五秒もすれば俺達は……。だから一緒に」
一層強く光を放つ二人を見て、もうどうにも変えられない、抗えないんだと知る。強く光の壁を叩いてもビクともしない、きっと絶対に出られないように魔法をかけたんだ。俺がここから出たらどうするか相棒は分かってるから。
「もう、貴方ってば本当に……」
呆れた様な涙声と共に視界は真っ白になり、何も見えなくなってしまった。




