森羅万象の記憶
暫くゼルさんの後ろをついて行くと、そこには見慣れた馬車が。白露さんとリリアンは既に馬車の中に乗っていて、退屈そうな顔をしている。
「おまたせ。さあ、出発するか」
ゼルさんは真剣な表情のまま放った。その一言で今まで退屈そうにしてた二人の表情にも緊張が走ったように見える。
――アンジュ崩壊の危機、か。その事件について何一つ知らない俺はどこか他人事のように感じていた。この時代に来てしまった以上他人事では済まされないのに。一体どうすれば……? この国は滅びてしまうのか?
「あ……」
そういえばあの時ルシファーが教えてくれた『この先悲劇とも言える事件が起こる。お前なんかにどうする事も出来ない、これ以上首を突っ込むな』ってもしかして……
やっぱりアンジュは崩壊しようとしている? 駄目だ、情報が少なすぎる。一早く呼び出してルシファーに相談しないと。
「どうしたんだ? イオリ」
「それが……俺の精霊がこの事を予知していたみたいで、もしかしたら何か詳しい事知ってるんじゃないかって」
もしルシファーとあの精霊二人でアンジュ崩壊の危機に立ち向かってくれてるとしたら……俺達も力になりたい。表情一つ変えずにあの脳筋オッサンを跡形も無く消し去った、あの強ささえあればどんな敵だって……
「イオリ……言ってはダメでござる」
「でも! もし封印を解かれた奴が悲劇を起こそうとしてたら……!」
そうだよ、本当はあの時フルル達に言ったようにルシファーから告げられた事は黙っておくつもりだった。だけどこれが事実なら協力し合わないと絶対にアンジュを救えないような気がするんだ。勿論この情報がデマであって欲しい、それが一番望む答えなんだが現実はいつも辛辣だ。
「ここであらぬ事を考えていても恐怖に呑まれるだけじゃ。事実はこの目で見ないと分からぬ、とりあえず今は落ち着くのだ」
「そうだ、崩壊の危機が来たら来たで止めるだけだ!」
ゼルさんの脳筋戦法はさておき、白露さんの冷静な一言に俺もフルルも安堵した。たまに手厳しい事をピシャリと言ってのけるけど、皆が混乱してる時にちゃんと冷静になれるように纏めてくれる。
ジリジリと照りつける太陽の下、ゆっくりと進み続ける馬車。こんなに暑い時期に戦闘だなんてできれば避けたい。
「あたしの黒魔術にかかればどんな大魔王だってひれ伏せるわ!」
「黒魔術使えないのにどうするつもりでござるか」
「うるさいわねっ!」
漫才のような二人のやり取りを見て更に頬が緩んだ。このチームはやっぱり最高だ、色んな性格の人が居て、それで皆それぞれ良さがある。俺を見つけてくれた人がこんなにいい人達で本当に良かったなってしみじみ実感する。
それに、今の俺にはハルもいる。あの時の俺とは格段に違う。魔力も気持ちも……
「そういや、イオリって俺の魔法見た事なかったよな?」
「確かに……」
「よっしゃ、今回は奮発してやる、出張大サービスだ!」
得意げに腕を組むゼルさん。そんな彼を指で突き白露さんは放った。
「私を巻き込むのはよしてもらおうか、暑苦しい思いをするのはもう沢山じゃ」
そういえばゼルさんは魔法剣を使うってフルルが言ってたよな、暑苦しいって事は炎系統か……? まあいずれにしてもカッコいい、俺だって魔法剣で敵をバサバサなぎ倒してみたい。それに対応できる体力さえあればの話だが。
「魔法剣ってどんな風に使うんですか?」
「 あ? んなもんバッってやってガッってやってドカーンってなるんだよ。あんま難しくないだろ?」
駄目だこりゃ……なんでここの人間は絶望的なまでに説明がアバウトなんだ? バッ? ガッ? ドカーン??? ……さっぱり理解できない。
ゼルさんの放った一言でフルルはぽかーんと大口を開け、アストロトさんは酷く頭を抱えた。呆れた表情で白露さんは告げる。
「こやつの戯言は聞くでない、語彙力が乏しすぎて話にならぬ。それに今回ばかりは相手が悪い」
「何だと?! ……アイツは封印されてる間、少しも老いてねえんだもんな」
力が衰えていない……そんな強大な相手とまた対峙する、そう考えただけでも気が遠くなる。きっとそれはここにいる皆分かってる事だ。
「すごく不気味な空ね」
アスタロトさんの静かな一言で皆は空を見上げた、言葉通り不気味なまるで悲劇を前兆するかのような深く黒い雲が広がっている。先程までは汗が噴き出るほどジリジリと太陽に照らされていたというのに。
「やはり情報通りあの森の中に居るようじゃ」
「今回の敵の情報を教えてくれませんか?」
俺の問いかけにゼルさんは一つ短いため息をついて語り始めた。
「俺の相棒ともう一人が命を懸けて戦ったんだ、そして命を懸けて封印した。二度とこんな悲劇を引き起こさないためにも……それが全部無駄になっちまったって事だ」
「奴は膨大な魔力を体内に秘めておる。あの時だって六人で消しにかかったというのに傷一つ付けられなかったのじゃ」
そんな敵相手にこの少人数でってかなり無理がある、というか不可能じゃないか? いくら国の危機だからと言ってそんな無謀な事……今更引き返せないのは分かってるが。
アスタロトさんと俺の練習がてら頑張ろうなんて考えていたのが馬鹿だった。何回死に戻りすれば倒せるんだ? いや……最悪四回だけじゃ足りないよな、最悪どころか足りる気がしない。
矢神がまともな奴だったら、あの長身男に手伝ってもらえば……まあ、前提としてあいつに頼るのは絶対にないか。
「勝算が見えないからこそ面白いんじゃないか」
ニイッっとゼルさんは怪しげな笑みを浮かべた、もしかしてこの人は戦闘狂なのか? たった一人で国を崩壊させそうになった相手と戦うのに、どこか楽しげな表情。
「魔法使うの何か月ぶりだっけなー?」
「三カ月は使っておらぬ、怠けているのではなかろう」
三カ月も魔法を使ってないのにその余裕っぷりか……本当に大丈夫なのか? ゼルさんの強さはアンジュ一だとは聞いているけど、まだその力を見ていない。
魔法剣と言われたら某RPGでしか見た事が無い、実際はどんな感じに見えるのか楽しみで仕方なかった。自分がまるでゲームの中に居るような感覚……何だかんだ元の時代の俺よりも充実してるんじゃないか? 毎日学校に行ってはバイトに行って寝るの繰り返しだった俺が、こんな凄いメンバーと一緒に戦える……
かと言って矢神への恨みは永遠に消えないけどな。
「霧が深くなってきた、ここから先は歩いて行こう」
ゼルさんの静かな一言、俺は息を呑んでそっと馬車をを降りた。
それにしても気味の悪い森だ。先に進めば進む程どんどん霧が深くなり肌寒くなっているような気がする。少しでも離れたら皆と逸れてしまう……まずいな、この状況。
それに、さっきから嫌と言うほど感じる強い魔力の様な何とも言えない気配。首筋にナイフを添えられたような感覚に襲われ、足元がガクガクと震える。
「そこにいるんだろ?! 出てこいよ!」
ゼルさんの呼びかけに答えるかのように足音が聞こえた。これほど強い魔力を放つ危険な奴……一体どんな見た目をしているのか興味が湧いてきた。それなのにその場を動く事すらできない程強い殺気のせいで顔が上がらない。気が付くと全身から冷や汗が流れ出て足の震えももっと酷いものになっていた。
「道に迷ってしまったんだ、助けてくれないかな?」
聞こえてきたのは驚くほど穏やかな男性の声、想像していた物と違いすぎる、もしかしてこの人は本当に遭難した人で……
そんな事を考えていると、目の前の霧が一瞬で晴れた。文字通り一瞬で……。
「……?!」
こいつ……ただの人じゃない。長い前髪のせいで片目が隠れてはいるが強く深紅に光る瞳。白い髪と不気味なほどに青白い肌、白蛇の様な男……
「テメエ……ふざけてんのか?」
静かな怒りを含めて男に詰め寄るゼルさん、やはりこの男が例の元凶のようだ。俺は未だに殺気から動けずにいる、このままじゃまずいのに……
「……! 君は……」
何かを思い出したように男がハッとする。長い間封印されていたせいか記憶が曖昧なのか? 見た目も俺と同じ位に見えるがやっぱりこいつだけ時が止まった状態だったんだろう。そしてゼルさんは更に続けた。
「とぼけるのも大概にしろ。何でオマエが生きてやがる」
強い恨みを滲み出すゼルさんに相違して、男は申し訳なさそうに口を開いた。
「覚えていないんだ……どうしてここにいるのか、君たちが誰なのか。……自分が誰なのかも」
「ふざけんな! 覚えてないとは言わせねぇ。オマエのせいで俺の相棒は……!」
本当に忘れているのかそうじゃないのかは分からないが、ゼルさんの今にも殺してやると言わんばかりの強い怒りにも男は俯いたままだった。
「膨大な魔力を必要とする程の封印を受けた者はその魔力の強さ故に何かを失う事がある。黒魔術の黙示録に書いてあったの、本当に記憶を失っているかもしれないわよ」
アスタロトさんの言葉にゼルさんは目を見開いた。
信じられないのも無理はない、こんな凶悪な魔力を持っている奴が記憶喪失になったなんて……いつ何を仕掛けてくるか分からないのに。
「でも、一つだけ覚えている言葉があるんだ。だからそれを求めて歩き続けている」
「その言葉、とは何じゃ」
白露さんの問いかけに全員が息を呑んだ。
「サリー。目が覚めた瞬間その言葉が思い浮かんだんだ……その人に会えたら、自分が誰なのか分かる気がして」
――矢神……?! サリーってこの時代での矢神の名前だったよな? こいつと何の関係が……まさか、矢神が封印を解いて……
「サリーってあのサリー様……?!」
「君! サリーを知っているのか?」
食いつくように近付いた男に驚きの表情を見せながらもアスタロトさんは答えた。
「え、ええ……あのディア―ブルの姫……」
「それ以上は!」
話を遮り叫んだゼルさんの声で何かに気付いたのか、ハッとするアスタロトさん。時既に遅しだったようで男は笑顔で呟いた。
「ありがとう、助かったよ。……またね」
「待って! 待ちなさいよ……っ!!」
必死に呼びかけるアスタロトさんの声も虚しく、再び何も見えなくなる程の霧が現れ男は姿を消した。そんなに慌てて一体どうしたんだ?
「……アタシのせいで、どうしよう」
「どういうことですか?」
状況が全く呑み込めず、問いかける俺に皆は「分からない?」という表情をした。
「理由は分からぬが彼奴は姫を探しておる、最悪姫が殺されるかもしれぬ。そしてもう一つ……彼奴と姫が手を組む可能性もあるのじゃ」
あんな凶悪な奴と矢神が手を組んだら間違いなくアンジュは終わりだ。それに殺されるって……あいつを殺すのは俺なのに、あんな奴に先回りされるわけにはいかない。
「行こう、ディア―ブルへ」
冷静に呟いたゼルさん、俺達も頷き馬車へと戻る。
一体あの男は矢神とどんな関係があるんだ? 矢神が封印を解いたにしても、あの男の言い回しには何か違和感を感じる。封印を解いたのが矢神なら名前だけじゃなくて鮮明に矢神の事を覚えているはずだ。だとしたら封印を解いたのは他の誰か……もしくは自然に解けたかになるわけだが。
問題なのはそっちじゃない、もしあの男と矢神が手を組んだらそれはもう世界の終わりだ。あの時笑顔で血を飲んでいた矢神を見て改めて分かった、アイツは本気で世界を壊しにくるかもしれない。そんな矢神が一度アンジュを崩壊させた男と手を組んだら……俺達じゃ太刀打ちできない。
「彼奴は一体何が目的なのじゃ、よりによって何故あの姫を……」
「アイツが探してるのはあの姫じゃないかもしれないぜ?」
「それはどういうこ……――っ! そうじゃな……そうかもしれぬ」
ゼルさんと白露さんの会話の意味が分からず頭をフルで回転させる。確かに矢神じゃないサリーなんてこの世にはうじゃうじゃいるかもしれないが……あんな邪悪な男が探してそうなサリーなんて矢神しかいないと思うけどな。
この件について知らなさすぎる俺は、あんまり首を突っ込み過ぎない方がいいのか? かえって二人の邪魔になる可能性だって十分にある訳だ。
「アタシがサリー様を守らなきゃ……」
俯きながらガタガタを足を震わせるアスタロトさん。大丈夫だろ、アイツには長身男とガキが付いてるし強力な精霊だって付いてる。なにもアスタロトさんがわざわざ守ってあげる必要なんてないさ。
まあ、矢神に復讐するつもりの俺が言うのもなんだが、アイツはそう簡単に死なないような気がする。だから今回の件では安心ともいえるが、俺にとっては大問題でもある。どうやったら簡単にアイツを倒せるのか。いや、簡単になんか殺すものか……
「イオリ? さっきから怖い顔してどうしたでござるか?」
「あ、いや……アンジュが崩壊するかもしれないって考えただけ何だか怖くなって」
俺の放った嘘で皆まで静まった。皆も同じ気持ちなんだろう、嘘を付いた自分を恨みたいほど罪悪感が襲い掛かってくる。俺だってこんな平和な国が亡ぶなんて嫌だ。……でも例えこの国が滅びようとも絶対に俺は死なない、矢神を殺すまでは。
こんな腐った考えの俺が、こんな国の為に戦おうとしている皆と一緒に居て良いのか? 俺が復讐にしか目が無い奴だって知ったら皆はどんな顔をするんだろう、考えたくもない。
ひょっとして俺は皆の事を利用しているだけなんじゃ……いや、そんな事はない、これ以上は考えないようにしよう。
そして俺達は二度目の城門を潜ろうとしていた。




