腹黒王子様が修行をつけましょう。
「と、ところで誰なのよ!」
アスタロトさんの声が一面に響く。その顔は相変わらず真っ赤、口説かれる事に慣れていないんだろう。フルルもうんうんと首を縦に振る。確かにいきなり現れて息を吐くように口説かれてしまったら焦るのも無理ない。
「自己紹介が遅れてごめんね、僕はハルバード。槍斧を操る精霊だよ」
地面に跪いて頭を下げるハル、その姿はどう見ても王子様。悔しく思いながらも俺にはこんな事夢でもできないと妙に感心した。女子はこういう男が好きなのか? 全く理解できないが参考にさせてもらおう、実行する気は更々無いがな。
「イオリの精霊だったでござるか! フルルでござる! そしてこのお方はアスタロト様でござるよ」
尻尾を振りながらニコニコと自己紹介をするフルル。……もう懐いてやがる、完璧に。アスタロトさんの顔もまだ少し赤い。ハルもにこやかに「よろしくね」と挨拶をした。
透き通った青空、緑が綺麗な中庭、バックには大きな白銀の城。そして見た目も言動も完璧な王子様に可愛いケモ耳の女の子と天使の様に美しい女の子。映えてるな……。場違いなのは俺だけだ。
「それで、これから何かするつもりなのかい?」
ハルの質問でハッと我に返る。茶番が長すぎたせいですっかり時間が無駄になってしまった。
「あー、このアスタロトさんは黒魔術を習得したいらしいんだけど……どうにか協力できないか?」
「そういう事ならお安い御用、こう見えて僕は意外と強いんだ。心が晴れるまでいくらでも付き合うよ」
優しく微笑むハル。色んな意味で安心できないが俺より強そうなのは確かだ。気は進まないがアスタルトさんの為に頼るしかないのか?
「ああ、頼んだ」
溜息交じりに告げるとハルはそっと目を閉じた、男にしては長い睫がひらりと風で揺れる。一体これから何が起こるんだろうと俺はゴクリと息を呑む。
『心に宿りし槍斧、相棒にして鏡。力を求める者の元へ姿を現せ』
静かに淡々と行われる詠唱。そしてハルの伸ばした両手は眩しい程の光を放つ……
そして徐々に具現化した槍斧、これがハルの使う武器……槍の先端に大きな斧、その反対側には鋭い突起。槍の様に敵を突く事も、斧の様に敵を切り裂く事もできる。その柄の長さから敵を薙ぎ払ったりもできそうだな……
「この武器は何でござるか?」
「これは僕の元々の姿なんだ、だからこの武器の名前もハルバードだよ」
つまりこれはハルでありハルじゃないって事か、自分の元の姿を使って戦う精霊とは……面白い。見た感じ武器の汎用性も高そうで威力もそこそこ高そうに見える。
「使いたい魔法が使えない原因は自分の魔力にある。きっと君は魔力が足りていない、その上適性もないとなると……まずは魔力を向上させよう!」
ハルはニコッと笑い、槍斧を構えてみせた。自分にも黒魔術が使える可能性がある……そう告げられてアスタロトさんの目も徐々に輝きを帯びる。
何はともあれ良かったのか……?
少なくともここの誰よりも魔法の知識を持ってそうで安心した、言い出しっぺの俺に関しては全くと言っていい程無知だしな。情けない話ではあるが、この件はハルに委ねるしかないか。
その方がきっとアスタロトさんも……
「さあ、君の全力を僕にぶつけておくれ!」
ハルの放った一言にアスタロトさんの表情は一変し、静かで真剣な空気になる。アスタロトさんはゴクリと息を呑み、目を閉じて口をそっと開く。
『我に仕えし氷の悪魔……我の行く手を阻むものを一掃せよ。――……天魔氷結!!』
カッと目を開くと同時に辺りの空気は氷点下の世界に変わる。さっきまで生き生きと生い茂っていた木の葉も一瞬で凍りつき、霜が降りた様に変わり果てていた。
でもそれだけじゃ終わらない。アスタロトさんはハルの本体をも凍りつかせようと更に力を込め始める。このまま勢いを増し続けると、いずれ俺やフルルまでも凍ってしまう。
「さ、寒すぎるでござるー!! 変身ノ術!」
ガチガチと歯を鳴らしながら震えていたフルル、状況が呑み込めずにいるうちに一瞬で俺の視界は真っ暗になった。そして肌に触れるフワフワとした感触……これは?
冷静になって一歩引いてみる。フルルが居たはずのそこには寒そうに丸まった白熊が……
変身魔法を使うとは聞いていたが……何故白熊……ってかこれフルルだよな? 野生の白熊じゃ……ないよな?
「フルル? 何でいきなり変身なんて……」
「このモフモフ毛皮がないとダメでござるー……忍者は寒さに弱いんでござるよ!」
いつもの謎理論を吹っかけられ一つ溜息を落とす。俺だって変身して寒さを凌げるならそうしたいさ。……にしても、もう限界だ。寒い、寒すぎる。
「……空間を斬る」
氷点下の世界で遠のいていく意識の中、ハルは静かに呟いた。
そして凍てつくような氷の世界を舞う……槍斧を得意げにくるくると回転させながら。その絵は見惚れるほど絵になる、フワフワと舞う金色の髪、長い睫……何もかも悔しく羨ましい程に。
優しく開かれた瞳とは反対に、勢いよく槍斧は振りかざされ地面に叩き付けられる。
「寒く……ない」
今まで凍えてしまうのではないかと思う程低かった気温は、いつも通りの温かさに戻っている。そして驚くことに一瞬で凍りついた木の葉の霜も綺麗さっぱり無くなっていた。
一体ハルは何をしたんだ? あの瞬間に何が起こった、アスタロトさんの魔法が一瞬でかき消されるなんて……
俺が思っていたよりもずっと、ハルは強い精霊なのかもしれない。
「な……っ! あたしの世界を壊した?! ……一体どうやって」
「練習だからか尚更詰めが甘いよ、こんなんじゃ簡単に壊されてしまう。本気で相手を凍死させるつもりでかかって来ないと僕には勝てない」
確かに、よくよく考えてみたら俺やフルルに気を使ったのか、少し手を抜いていた様な気もする。本気であの温度までしか下げられないのなら敵を倒すなんて正直無理、だって凡人の俺でさえ何とか耐えれたんだ。
かと言ってハルを本気で殺しにかかるなんて……アスタロトさんには出来ないだろう、難問すぎる。
「そんな事言われても……」
「君は黒魔術を使いたいんだよね? 精霊一匹殺しにかかれない優しい人が黒魔術なんて使える訳がないじゃないか」
ハルの言う事は正論、確かにそうだが……辛辣すぎる。
「さあ、悔しかったら全力で消しにかかっておいで」
優しく微笑むハル。……もう俺はハルが腹黒スパルタ王子にしか見えなくなっていた。
腹黒悪魔系王子の微笑みはアスタロトさんの顔を更に真っ赤にさせた、それもまた別の意味で。先程よりも数倍近く顔は真っ赤に染まり、イライラからか頬をプクリと膨らませている。
「悔しいわ……」
アスタロトさん……やっぱりハルに頼んだのが間違いだったか? いや、でも俺なんかが教えてあげられる訳も実戦に付き合ってあげられる訳もない。
ハルには申し訳ないが帰って……
「こんな精霊があたしよりも悪魔ティックだなんて」
瞳に涙を浮かべながら呟く。
……え、そっちかよ。
「どうしてなの?! 悪魔の羽を隠して王子様やってるの? なんて邪悪な男……」
一気にハルへと詰め寄り息を突く暇もない程の勢いで質問攻めを始める。まあハルが腹黒なのは間違いないと思うが。
そんな興味津々な姿に苦笑いを浮かべるハル。王子キャラとして悪いイメージがついたな、ざまぁ。フルルも白熊姿のままハルの顔をまじまじと見つめる、いつになったら元の姿に戻るんだ?
「どうやったらあなたみたいな悪魔になれるの? 教えて頂戴」
いつの間にか涙も乾き、先ほどとは打って変わって目をキラキラと輝かせているアスタロトさん。本当にいつもめんどくさそうな奴に憧れるのはどうにかならないのか……
「うーん……僕は悪魔じゃないんだけどな……あ、上司の恋人が悪魔だよ」
「そんな事はいいのよ、あなたのその腹黒さが憧れなの」
「君意外と失礼だね……」
そんな二人の茶番を一歩離れた場所から眺める俺とフルル。こんな事にもう慣れすぎているのか、白熊姿のままニコニコと眺めている。さっきの矢神の事もあり、俺も徐々に慣れ始めていた。
「教えなさいよ!」
アスタロトさんの必死な声とハルの苦笑いが暫く続いた、流石に痺れを切らしたのかハルはアスタロトさんから一歩身を引いた。
「そ、そうだ! 用事を思い出したんだった! イオリ、また呼んでおくれ」
ハルはそれだけ言い残すと煙と共に姿を消した。精霊は自分で勝手に姿を消すことも出来るのか……。
求めていた返答ももらえないまま取り残されたアスタロトさんはまた頬を膨らませて不服そうに顔を歪める。
「イオリ!」
聞き覚えのある男性の声に振り替えると、そこにはやはりゼルさんが。急いで探してたのか額からは汗が流れていた。一体何事かと困惑する俺を余所に、ゼルさんは続けた。
「今から大事な戦闘に出る、イオリ達も付いて来るか?」
只ならぬ真剣な顔から、この前のクエストとは訳が違うんだろう。そんな大切な戦闘に俺なんかが出ても良いのか?
「大事な戦闘って……」
「三十年くらい前だったかな、アンジュは一度崩壊しそうになったんだ。その時封印した奴がまた現れたらしい、俺も詳しい事情はこれだけしか分かってない……だから確かめに行く」
アンジュを崩壊させようとした奴……それ程強力な相手と戦う? 敵に向かって剣すら抜けない俺が?
「俺には……」
「行きましょ」
俺の言葉を遮って代わりに返答したのはアスタロトさん。考えもしなかった返答に驚きを隠せずにいる俺の方を振り返る。
「契約、結んだでしょ? 皆で強くなるって。大丈夫よ、このあたしが居るんだもん」
ニコッと笑ってみせたアスタロトさんに俺は何故か安堵した。そうだ、強くならないと。あの精霊にもう一度会うために……。
戦えないじゃなくて戦うんだ、皆命がけで戦ってる。それなら俺も……
「ゼルさん。俺達も行きます」
ゼルさんは俺の顔を見てフッと微笑み歩き出した。俺達三人もその後を追う。
これから先、どんな事があっても、例えまた死んだとしても俺は諦めない、這ってでも強くなる。
……矢神を殺すために。




